第17話 無能な偵察


「ロートヴァルト辺境伯の様子を見てきて欲しい……か。」

クライス中央都市からロートヴァルトまでは遠い。その道中、ルイスはため息をついた。

 国王をはじめ宰相達はジクフリードに婚約破棄されたハンナの様子が気になるようだ。

ーー何を心配しているのやら。こっちには聖女がいると言うのに。

訳がわかないと首を横に振る。内密の調査という事で、ルイスは一人だけ馬に乗ってロートヴァルトに向かっていた。

遠い道のりもあと少し。

ロートヴァルトはもう目に見えるところまで来ていた。しかし、ルイスは嬉しくなさそうで、眉間に何重もの皺を刻んだ。

ーーこんな所に、何故私が……。

ルイスは、ハンナのことを可愛そうだと思っていた。だからと言って関わりたいとも思っていない。遠巻きに同情しているくらいが丁度良い距離感だと、ルイスは思っているのだ。

ルイス=ボートシャフター。

彼は「古王の国」との境界を守るボートシャフター公爵家の次男で、ジクフリードやナディアと同じくハンナとも古い付き合いだった。

しかし、ボートシャフターは貴族街の土地。その土地を治めるボートシャフター公爵家は貴族の中でも王家に連なる血筋であった。

高貴な血筋の自分が、何故田舎貴族と仲良くしなければならないのか、とルイスは幼い頃から不満であった。

なのに、ハンナは誰よりも早く地位を手に入れた。

それがまた、三人とハンナの溝を深めてしまったのだった。

辺鄙な田舎で魔物の出没する領地。それがルイスのロートヴァルトの印象だった。

ーー魔物なんて、汚らわしい。

こんな所に長くいたくないルイスは、さっさと終わらせてしまおうと、渋々ロートヴァルトに足を踏み入れたのだった。どう見ても魔物なのに、誰一人恐れてもいないし、嫌そうな顔もしていない。魔物も魔物で、襲いかかってくる素振りも見せない。



 ロートヴァルト辺境地。

 そこは、ルイスが想像していた土地とは全く違う平和で長閑で、そして、歪な土地だった。

ーー何だここは……。

町には農作業から帰ってきた領民達が楽しく談笑する和やかな姿が見られた。

しかし、歪なのはその輪の中に、魔物も混じっていた事だ。目立たないよう平民の服を着て、物陰に隠れながら街の様子を観察していたルイスは驚愕した。

「あら。ハンナ様。」

領民達が、人も魔物もみんな手を振っている。そんな彼らに駆け寄ってきたのは、ルイスもよく知るハンナであった。

 楽しげに談笑に加わるハンナを見て、ルイスは目を丸くした。

 ジクフリードに婚約破棄されたとはとても思えない明るい様子だった。

ーー何故……。婚約破棄されたんだぞ。何で楽しそうに生活出来るんだ。

その光景は、ルイスには信じられなかった。

しかも、ハンナの後ろには若い男性の姿があった。優しげな瞳でハンナをじっと黙って見守り、ハンナが話しかけると楽しそうに笑って話す。ハンナもハンナで、その男性と楽しげにおしゃべりしている。ルイスは不思議なものを見るような思いで見つめていた。

地味で何の突出した才能もないハンナが、ロートヴァルト辺境伯という地位を手に入れたのに、見た目は変わらず地味なまま。そんなハンナは婚約破棄されて当然だと思っていた。なのに、もうすでに新しい男性と仲良くしているなんて、ルイスには信じられなかった。

ーーあんな女だったなんて。

ルイスは汚いものを見るような目でハンナを見た。

 魔物と触れ合い、新しい男性を侍らせて楽しげに暮らしている。

 ルイスの目にはそう映ったのだ。

ーー早くクライスに戻って報告せねば。

ルイスは逃げ出すようにロートヴァルトを後にするのだった。


 そんなルイスの様子をずっと見ていた者がいたのだが、その視線にルイスが気付くことはなかった。



「ロートヴァルト辺境伯は魔物を従えていた。いつ攻められてもおかしくはないほどの戦力だった。そして婚約破棄されたばかりだと言うのにハンナは既に恋人を作っていた。」

「それは本当か?ルイス。」

「ああ。この目で見てきた。」

「まあ。なんて卑しいのかしら。」

クライス中央都市に戻ったルイスは、一目散にジクフリードのところに駆け込んできた。

仲睦まじく談笑していたジクフリードとナディアは焦ったルイスの様子に目を丸くした。

そして聞いた話が、ハンナの、ロートヴァルト辺境地の事であった。

「つまり、ハンナは男漁りの激しい女だったわけか。」

「きっとジクフリード様に に振られた事でプライドを傷付けられ、魔物の軍勢を率いて攻め込もうとしているんですわ。」

二人はナディアの意見に同意した。

「……きっと、私が聖女になったのも、このためだったのね。」

「ああ。今こそ魔物の土地・ロートヴァルトを完全制圧するとき!ロートヴァルト辺境伯を撃ち落とそう!」

ジクフリードの言葉にナディアは力強く頷いた。

そして、ルイスも信頼しきった眼差しで、ジクフリードを見つめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る