第11話 猫ですから。
婚約破棄された時のジクフリードの冷たい目、絶交を宣言した時のナディアの見下す目。思い出すとぞくりと背筋に悪寒が走るあの目とはまた違う、イムレの目。
譲れない思いを胸に戦いを挑むような騎士の目だ。貴族として生きてきたハンナには無縁のものだったが、ジクフリードやナディアの時のような嫌な感情はない。しかし、そこには確かな殺意が宿っていた。
ハンナはその殺意に恐怖した。
しかし、イムレの殺意はすぐにタロウに寄って抑えられた。
イムレはただ殺意を向けて脅してきただけで、ハンナに何かしてきたわけではないのだが、タロウはその殺意を感じ取ると、イムレの首を絞め、両手の手首を握りしめた。身動きが取れないどころか、上手く息もできないイムレは苦しそうに顔を歪めた。
あまりに一瞬の出来事だった為、ハンナには何が起こったのかわからなかった。イムレの苦しそうな表情を見て、慌ててタロウを止めに入った。
「タロウ!少し力を緩めて!イムレ様はまだ怪我が治ったばかりなのよ。」
「殺意を向ける元気があるのですから、平気ですよ。」
しかし、タロウはますます力を強めていった。
「ぐっ……。」
イムレは歪んだ表情のまま、タロウを睨みつけた。
「タロウ。」
今度はハンナの声に怒気が混じっていた。
「離して。」
「…………。わかりました。」
主人であるハンナの命令に従い、タロウはゆっくりとイムレを解放した。ようやく息が出来る様になったイムレは、咳き込むようにぜいぜいと呼吸した。
「ハンナ、優しすぎるぜ。」
「ピーちゃん、いつの間に……。」
「グルルルルル」
「メェまで。」
いつの間にか、ハンナを守るように、ピーちゃんとメェがそばに立っていた。
タロウはイムレを解放したものの、警戒は解いておらず、じっとイムレを見つめている。ピーちゃんもメェも、タロウと同じくらい鋭くイムレを睨んでいた。
囲まれて逃げ場を無くしたイムレはため息をついた。
「不思議だ。何なんだここは。」
そして、ピーちゃんとメェをじっと見つめた。
「ケルピーとメアか。どっちも強力な魔物じゃないですか。しかもロートヴァルト辺境伯を護っている。」
すぐに二人の正体を見破ったイムレに、ハンナは驚いた。
「ハンナ様、貴方はつくづく不思議な方だ。魔物を従えるとは。どうやら能力者のようですね。」
ハンナはびくりと体を震わせた。
そんなハンナの様子を感じ取ったピーちゃんとメェはハンナを隠すように、イムレとの間に立ちはだかった。
「もう何もしませんよ。と言うか、手も足も出ませんから。」
そう言って後ろで静かに立っているタロウを見た。
「特にあの執事には。」
「ははは。」
タロウは笑って誤魔化した。
「いやあ本当に猫とは思えない身のこなしですね。これでもかなり鍛えているはずなのですが、全く動きが見えませんでした。」
「イムレ様。猫は人間の何倍も運動神経が良いのです。素早く動けて当然ではありませんか。」
そして、タロウは不敵に微笑んだ。
「私、猫ですから。」
絶対に猫じゃない。
イムレはそう確信するのだった。
「落ち着きましたかな。」
今までずっと黙って静観していたセバスチャンがイムレに声をかけた。イムレは肩をすくめて苦笑した。
「見苦しいところをお見せしました。」
「では、まずはお食事を済ませください。」
そう言われてようやく、食事がまだだった事を思い出した。
「イムレ様。お話の続きは、食事の後でいたしましょう。」
「はい。すみませんでした。」
ハンナはにっこりと微笑み返した。
まだハンナのそばでイムレを威嚇しているメェと、メンチを切っているピーちゃんを連れて、ハンナは部屋を出て行った。二人は納得していないようだったが、ハンナに引きづられて出ていくのだった。
しかし、タロウだけはイムレのそばから離れなかった。
「タロウ殿は、いいのですか?」
「ええ。私の今の仕事はイムレ様の監視ですから。」
そう言ってタロウはにっこりと笑った。
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