第10話 殺意

 二人がようやく話し始めた頃、セバスチャンはイムレに食事を出した。するとイムレは、じっとオムレツを見つめた。

「卵……。」

 そして真剣な眼差しでハンナの方を見つめた。

「卵は……?」

「目の前にあるではありませんか。」

 タロウが横から答えた。

 イムレは顔を青くして前のめりになって問いかけた。

「まさかこれが……?」

 ハンナはタロウを睨みつけた。タロウは満足そうに笑っている。もはや完全に面白がっている。

「いえ。違いますよ。」

 仕方なくハンナは否定した。するとイムレはかっとなってハンナを睨みつけた。

「では卵は!卵はどうした!」

「お、落ち着いて。」

 あまりの気迫にハンナは目を丸くした。

 しかしイムレはハンナの言葉で落ち着くどころかますます鋭く睨みつけてきた。怒気に満ちた目に、ハンナは思わず唇を噛み締めた。

 ハンナの後ろから、タロウが恭しく頭を下げて申し出た。

「卵は別室に保管しております。ご安心下さい。」

「いや。今すぐ返してもらおう。」

 イムレは聞く耳を持っていなかった。もう頭の中にはあの卵のことでいっぱいなのだ。

 タロウはため息を付いた。

「イムレ様。落ち着いて下さい。」

「だから卵を!」

 イムレが言い終わる前に、ハンナはガタンと音をたてて椅子から勢いよく立ち上がった。そして背筋を伸ばし、イムレを見下ろした。

 少女に似つかわしくないその気迫に、イムレは思わず口をつぐんだ。

「ここはロートヴァルト。私の言葉に耳を傾けない方は魔物であろうと人間であろうと、容赦しません。」

 ハンナはぴしゃりと言い切った。

 その言い分は何も間違っておらず、イムレも反論出来なかった。

「申し訳ない。だがあの卵は大事なものなんだ!」

 今にも飛び出していきそうな様子はなくなったものの、どうしても卵のことが気になるらしい。

「理由をお話ください。あの卵を追いかけて、このロートヴァルトに魔物が攻め込んで来ました。私はこの地を守る者として、あの卵を見過ごすことは出来ないのです。」

「魔物が……卵を……っ。」

「安心して下さい。魔物はもう攻め込んで来ません。けれど、魔物にとっても大事な卵だと聞きました。」

「……魔物と話したと?」

 ハンナははっとして口を手で覆った。

 人間の言葉を話せる魔物は少ない。しかしハンナはどんな魔物とも意思疎通することが出来る能力者である。

 ハンナの能力を知る者は少ない。

 この屋敷に仕える従者の中でもタロウやセバスチャンを含め数人しか知らない。他の従者や領民は何となく勘付いている程度だ。国内でも残りは国王しかこの能力を知らない。

 イムレのような見ず知らずの人物に知られていいようなものではないのだ。

 イムレは怪訝そうに眉間に皺を寄せた。

「貴方は人間か?それとも魔物か?」

 ハンナは胸を痛めた。

 ハンナもイムレの立場であったら、同じ質問をしたのかもしれない。魔物と話せる人間なんて、気味悪いと思われても仕方ないのだ。

 だからこそ、ハンナの能力は秘密にされてきた。

 ハンナはイムレの目を真っ直ぐ見て問いに答えた。

「人間よ。」

 イムレも、ハンナが嘘をついているようには見えなかった。しかし、なかなか卵を渡そうとしないハンナに苛立ちを覚え始めていた。

「ならば何故魔物の肩を持つ!」

「いいえ。私は中立。どちらも贔屓していません。貴方が理由を話さないから、私は卵を渡せないと言っているのです。」

「あれは魔物が持つべきものではない。今すぐ返してもらおう!」

「いいえ。話をしてくれるまではお返しできません。」

 ハンナは断り続けた。

「ならば……。」

 しかし、イムレは話すつもりがないらしい。

 途端、イムレから魔力が漏れ出した。

 勇者の国で魔法を使える者がほとんどいないため、ハンナは目を丸くしてイムレを見つめた。魔力が漏れ出すほど強い魔力を初めて見たのだ。

「ならば力づくでも取り返すっ!例え領主であり、命の恩人である貴方を倒してでも!」

 はっきりと殺気を帯びてハンナを睨む。

 初めて向けられる感情に、ハンナは反応する事が出来なかった。

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