第8話 以心伝心
魔物は、唸り声を上げて町を練り歩いていた。
黒い狼のような魔物は、人間を威嚇しながらゆっくりと歩みを進めていた。手当たり次第に人間を襲っているような素振りはなく、何かを探すようにふんふんとかぎ回っている。
魔物を見た領民達は慌てて家の中に隠れて静かに身を潜めているようだ。下手に魔物を刺激してはいけないとわかっているのだ。魔物と隣り合わせの生活を送るロートヴァルト領民の知恵であった。そのおかげで領民への被害は出ていないようだった。
魔物は、耳をピクリと動かし、前を向いた。
そこにはハンナが立っていた。
「こんにちは。どうしてここへ来たの?」
ハンナはなるべく穏やかに話しかけた。
しかし、魔物は唸るばかりだった。
魔物で人間の言葉が話せるものはほとんどいない。人間の言葉が話せる魔物というのは、かなり力の強い魔物の証だった。
しかし、ハンナは違う。
ハンナには他の人とは違う能力があるのだ。
それは普通人と会話することが出来ない魔物や動植物と会話することができる能力である。また、ハンナの言葉に動植物を始め、魔物さえも基本的には従う。この能力をもってして、齢十五歳という若さでこのロートヴァルト辺境地を任されているのである。
しかし、魔物はハンナの問いに答えようとしなかった。グルグルと唸るばかりである。
「お願い、教えて。私にほこの町の人達を守る義務がある。みんな突然やってきた貴方にとても怖がっているの。もし何かして欲しい事やできることがあるなら教えてほしいの。」
魔物はその場に座った。
『いくら貴方の頼みでも教えられない。そこをどいて欲しい。』
魔物の言葉は、ハンナにしか分からない。
こっそりと影から見守る領民達は、ハンナに向かって魔物がガウガウと叫んでいるようにしか聞こえていなかった。
「お願い。どうしてこんなことをするのか教えて。じゃないとどかないから!」
『グルルルルル……。』
ハンナに向かって牙を剥く魔物に、領民達は息を呑んだ。しかし出来ることは何もなく、ただただ祈るばかりであった。
ハンナはめげずに真っ直ぐ魔物を見つめていた。
そんなハンナに折れたのは魔物の方であった。
『アイツを追ってきた。』
「あいつ?」
『アイツの卵を取り返す。』
卵、という言葉でハンナは怪我を負っていた男性が魔物が追ってきた人物だとわかった。
「あの卵……貴方の卵なの?」
ハンナの問いに、魔物は首を横に振った。
『……ちがう。だが魔物にとって大事な卵だ。アイツが持つべきではない。』
「そう……大事な卵なのね。」
『そうだ!返せ!』
魔物は立ち上がり、威嚇の姿勢を取った。思い出して興奮してきたようだ。
そんな魔物を宥めるように、ハンナは話し始めた。
「その卵は今私が持っているの。」
『……っ。貴方が?』
魔物の声は動揺していた。ハンナには逆らえないが、どうしても卵は欲しいようである。
しかし、ハンナも譲れない。
タロウでさえ畏怖していたあの卵。
魔物の手にも、そしてあの男の手にも、危険なものなのかもしれない、とハンナは思ったのだ。
「私は彼からも話を聞きたい。魔物にとって大事な卵を何で持っていたのか、どうするつもりなのか。それを聞いてから、卵をどうするか決めたい。」
『グルルルルル……。』
魔物は納得していないようで、唸り声を上げている。
「お願い。待って。」
ハンナは力強く、そう告げた。お願い、と言っておきながら、譲る気持ちは全くないようである。
そんなハンナの態度に、魔物は折れるしかなかった。ため息を一つついて、ハンナのそばへと近寄った。そして、ハンナの前で座り込んでくうん、と鳴き声を上げた。
『貴方の頼みは断れない。』
「ありがとう!」
ハンナは思わず魔物の首に抱きついた。魔物も満更ではなさそうでハンナの顔に頬擦りした。
『貴方のそばにいよう。』
そう言って、魔物はハンナから離れた。
そして魔物はぽしゅん、と音を立てて変身した。
真っ黒な狼の姿をしていた魔物は、もふもふの羊の姿になっていた。ハンナはそんな魔物を抱きしめた。
「ふふ。貴方ももふもふね。名前はなあに?」
『私はメアという。』
「じゃあメェって呼ぶわね。」
その呼び名が気に入ったのか、メアはメェメェと鳴いた。
一件落着。
身を潜めていた領民達も家から出てきて、ハンナのそばに寄ってくる。子供たちはもふもふのメェを代わる代わる撫でていく。メェも気持ちよさそうに「メェメェ」と鳴いて喜んでいた。
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