君は僕に似ている
人生
類は友に興味を示す
――喪服姿の女性は色気がある。
そんな不謹慎なことを誰が最初に口にしたのかは知らないが、事実、ふとした好奇心から立ち寄ったとある資産家の通夜で見かけたその女性は、ある種の芸術作品のような色気を漂わせていた。
彼女こそ、資産家の妻でありいまや未亡人となった
これは直感だが、僕は彼女と気が合うだろうと思った。
名探偵――を名乗り、彼女に近づいた僕は数日後、美しい夜景が見えると評判のレストランで彼女とディナーを共にしていた。
彼女は酒を頼まない。透明なグラスには水が注がれていて、軽く口づけて喉を潤す程度に飲み込む。テーブルの元あった位置にきれいに置かれたグラスには、口紅の跡は見られない。未亡人ゆえか、化粧も嗜み程度に抑えられている。
服装も、外食のために軽く着飾ってはいるものの、「男と出かける」ための装いでは決してない。徹底したその未亡人ぶりには感心するが、それでも彼女自身の持つ、素の魅力は隠しきれていない。
ナイフとフォークをつかい巧みにステーキを切り分け、音もたてずそれを口に運ぶ。食事の所作には彼女の育ちの良さが垣間見え、何気ない会話の中にも話し相手を立てる謙虚さや言葉遣いの丁寧さなど、まさに淑女と呼ぶに相応しい一面を覗かせる。
彼女といると、心地が良い。事件の捜査のためと、その家に立ち寄った時もそれを強く実感した。きれいに整頓され、汚れ一つ見られない清潔な部屋。人によってはそうした完璧すぎる部屋に緊張を感じるのだろうが、僕にとっては実家にいるような安心感さえ覚える居心地の良さがあった。
音もなくフォークを置く彼女。その位置も、測ったように正確に元あった場所だ。今や僕と彼女の手元は鏡写しのような様相を呈している。お互い、食事は済んだ。そろそろ本題に入ろう。
「それで?
僕に疑われていると承知していながら、彼女は余裕の笑みを浮かべている。探偵を名乗る男を招き入れたのも、自らの潔白を信じて疑わない――あるいは、世間にそう周知させたいがためなのだろう。こうして僕に付き合っているのもまた、自らの潔白を証明するためだ。
「ええ、順調ですよ夜嶋さん。恐らく今、僕と貴女の心音は限りなく同期している」
「不思議なことをおっしゃるのね。それはつまり、お互いに平常である、ということかしら」
「一説によると、赤ちゃんの心音は、近くにいる母親の心拍と同期するそうです。誰かと居て心地が良い、と感じるのも、相手と自分の心拍が同じリズムを刻んでいるゆえかもしれません」
彼女は、僕と似ている。彼女の所作が、性格が、その心拍までもがそれを証明している。脈絡もなくおかしなことを口にする僕を前に、表情一つ変えず微笑んでいる。
「事件の進展を伺いましたね」
「ええ。世間ではやはり殺人鬼、ノーバディの仕業と言われているようですけれど、片無さんも同じ見解で?」
「いいえ、僕は模倣犯の仕業だと思っています」
「というと……? もう犯人に目星が?」
微笑む彼女に、単刀直入に告げる。
「僕は、貴女を疑っています。そしてその直観は、いまや確信へと変わりつつあります」
「それは、なぜかしら?」
「勘でしょうか」
「勘、ですか」
「ええ、なんとなく、です」
最初はそう、なんとなく疑わしいと思った。しかし行動をともにするにつれ、同じ時間を過ごすにつれ、彼女は僕とよく似ているという事実に気が付いた。僕の経験と、僕だけが知る一つの事実によって、その答えは導き出された。はじまりの直観が、感覚的、また論理的に正しいという確信を得た。
僕だけが知る事実とは、つまり――
「僕は、殺していませんからね。つまり、ノーバディの仕業ではない」
「それは――」
「貴女なら、僕と同じように殺せても、今はもう不思議じゃない」
胸が高鳴り、リズムが乱れる。緊張する彼女の鼓動が早まったなら、再び僕らは同期する。
君は僕に似ている 人生 @hitoiki
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