バトルは幕があがる前
篠騎シオン
演出兼脚本家
役者にとっての戦場は舞台の上だ。
けれども俺たち演出にとって、バトルは幕があがる前に起きる。
練習の時にこそ、俺たちの戦場は広がる。
「だからですね。ここの直感という部分なんですが、ただしくは直観だと思うのですよ。探偵が自分の経験から推理しているのですから、観る方のちょっかんではないですか?」
面倒な役者の脚本への文句を受け付けるのも俺の仕事だ。
今回はまだ俺がかいた本だからいいが、これが有名な脚本家先生が相手だったりすると非常に調整に苦労する。
今回の舞台では自分の本だから、簡単。
そう思っていた。
コイツに会うまでは。
「生意気言うな。この探偵はな。論理的な推理をもとにして事件を解決してるんじゃないんだ。第六感で先に犯人を言い当て、そのあと証拠を集める話だろ。本読んでないのか? 探偵という言葉だけで、その漢字が間違いだと決めつけるのはよせ」
なんでもかんでも難癖つけやがる。
しかもそれが十分に本を読みこんでいない指摘と来たら、頭にくるのもしょうがないのではないか。
それに、本を書いた以上俺にも多少のプライドやこだわりがある。
こういうとき、ああそうだね、君の言うとおりだ、とかわせるおおらかな心があればいいのかもしれないが、理解していないが故の難癖には演出が屈してはならない! と思う俺は間違っているだろうか。
「でも探偵が推理せずに、第六感で言い当てるのっておかしくないですか?」
「あのなぁ? お前は本の根幹から否定するのか。そんなにこの役が気に入らないか?」
そして問題はもう一つある。
コイツが主役だってことだ。直感で犯人を言い当てる探偵役その人。
面倒ったらありゃしない。
しかも難癖付け野郎のくせして、売れっ子で期待の新人役者と来た。
俺に断る権限があったのなら、オーディションの時点で落としてたさ。こいつが出来ないやつなのはそれこそ直観でわかったからな。
ただ、まあ、残念ながら大人の事情、スポンサーの意向というのがあった。
イチオシだったんだよ、コイツが。
何を思って推していたんだが俺には全くわからない。もしかしたら金持ちのボンボンかもなんてことも考えたが、それでこの状況が変わるわけではない。
「なんですがこのブレブレなキャラクターは主人公はもうちょっとちゃんとさせるべきです」
「どこがぶれてるのかっていうのを具体的に教えてほしいな」
顔はいたって平凡。
軽く立稽古をしてみた感じ、演技もとびぬけるものはないし、もっというと違和感だらけ。
一体、コイツの魅力は何だ。
演出はより物語と役者の魅力を引き出す指導を目指す。
演出の腕次第で欠点さえも、上手く使えば魅力になったりする。
でも、その欠点が難癖っていうのは使いようがない。
今のところ演出としての俺のコイツへの評価は、平凡かそれ以下だ。
スポンサーの金払いの良さがその評価を助長していることは否めない。
「お前な、それがぶれてる、おかしいっていうなら、お前の演技はどうなんだよ。一貫性がなさすぎやしないか」
「それは、おかしいものをちゃんと正してもらわないと、僕も演技が出来ないからです!」
売り言葉に買い言葉になってきている。
俺は大きくため息をついて、心を落ち着けた。
出来ないってんじゃ仕方ない。主役降板でスポンサーにまで降りられたら困るしな。
俺は、大きな決断をする。
他の役者に断りをいれ主役以外は休みとして、ソイツの難癖と向き合うことにしたのだ。
数時間、ソイツの難癖を、演出、そして脚本家の立場からいちいち論破していった。
その指摘、難癖におっと思うようなところは一つもない。センスのひとかけらも感じられない。
でもでもだってと相当ねばられたが、直観に始まる難癖は数時間ののちになんとか出尽くしたようで、ソイツはついに押し黙った。
勝った、と心の中で泣きながら右手のこぶしをあげる。我慢しているが涙もあふれてきそうだった。
数時間しゃべり続けた俺は、ぜえはあしながらソイツに言った。
「もうないか? 十分か? いいか、難癖つけるのはいいが他の役者にも迷惑かかるからな。タイミングを選べ?」
「はい、わかりました。すみませんでした」
俺の言葉にソイツは素直にうなずいた。
論破されてムッとしているかと思いきや、それは予想以上にさわやかな顔だった。
おっ? 難癖付けていたのに、随分とすっきりした態度だな。
俺はそう思いながら、ソイツに「今日は帰れ」と指示をする。
ソイツはおとなしく従って礼をして練習場から出ていった。
帰るのを見届け俺は練習場の鍵を閉め、飲み屋でストレス発散してから家に帰る。
これが飲まずにやってられるかってんだ。
「嘘、だろ」
次の日の立稽古中。
二日酔いの頭を抱えた俺の口からつぶやきがもれる。
それは驚き。そして混ざる喜び。
なにもかもが、変わっていた。
違和感だらけの演技も。
ぱっとしないセリフ回しも感情移入もすべてが。
これこそ売れっ子期待の新人役者そのものだという、輝いた演技だった。
一瞬、影武者か、昨日のやつとは別人かとも思ったが、何度確認してもソイツは昨日の難癖野郎そのものだった。
まるで、俺のかいた本の中からそのまま飛び出してきたような探偵の演技に、俺は心底驚き感動する。
つまり、そういうことだったのだ。俺はやっと理解する。
コイツは難癖をつけていたわけではなく、本当に一つ一つのセリフの意図や表現についてうまく理解することができていなかった。
本という文章から物語を、心情を読み取る力が足りないのだ。
その代わり、難癖、つまり対話を通してわかってしまえばその辺の役者とは一線を画すような演技が出来る。これが、難癖つけ人気新人役者の真相ってことだ。
「なんつーめんどくさい役者だよ」
役者に向いてるんだが向いてないんだがわからない適性だなこれは。
俺はつぶやく。
それにだ。気になることはまだある。
今こいつが売れてるってことは今までの作品でも俺がしたように、監督や演出がこいつの疑問に最後まで向き合ってきたってことだ。
そうじゃないとコイツに売れる演技なんてできっこない。
この本は時間としては30分。舞台としては短いほうだ。
それで昨日の苦労かと思うと、2時間いや、もっと長い劇やドラマだったとしたら。
俺はぶるりと震える。
過去の演出家たちよ、ご苦労痛み入ります。
「そりゃ金払いがいいわけだ」
思わずつぶやいた俺の言葉にみんなが振り向く。
俺は恥ずかしくなって頭をかきながら、俺の直観もまだまだあてにならねぇ、と心の中でごちる。
そして先の言葉をごまかす意味も込めて大声でみんなに活を入れた。
「よし、みんな気合入れていくぞ!」
「おう!」
問題は一気にオールクリア、見通しは明るい。
なんとしてもこの舞台を成功させようと俺も気持ちを切り替えるのだった。
バトルは幕があがる前 篠騎シオン @sion
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