第41話 側室の制度

 パーシヴァル様と暫く廊下の隅でくっついている内に、震えが収まってきた。


 側室——この国では、王家の中でも国王陛下と王太子殿下には側室を指名する権利が認められている。


 ただし、それは正妃がいること、その正妃に子の兆候がない事、側室に迎え入れた家を必ず重用する事が大前提で、王太子殿下には正妃がまだ居ない。また、指名する権利であって、必ず受け入れなければいけない訳ではない。拒否した事でその家になんらかの罰を与える事もできない。


 揶揄われた、とやっと理解できたが、それでも王家の命令にあのような態度で返してしまってよかったのだろうか、とか、助けてくださったパーシヴァル様になんとお礼を言ったらいいのかとか、そもそもなぜここにパーシヴァル様がとか、頭がいっぱいで言葉が出てこなかった。今日は私が脳停止だ。


「あ、の……どうして?」


「王宮に母上とミモザが来ていると聞いて、少しだけでも君の顔が見たかった。後は……怖がらせてすまない。フレイ殿下は、私の幼馴染なんだ」


 馬車まで送る、と言われてパーシヴァル様の腕に手を置いてゆっくりと歩きながら、話を聞いた。


「殿下は王妃様の気質と帝王学によって、小さな頃から不自由な事の方が多かった。王妃様は……今は女性社会の王であらせられるが、殿下はまだ何の権限もない。会議での発言も必ず通る訳でもないし、正妃が居ないから女性も好きにできない。当たり前の話だが、スキャンダルにもなる」


「……それと、パーシヴァル様が幼馴染なのに、何か関係が?」


 パーシヴァル様はなんとも言えない微妙な笑みを浮かべて、少し遠くを見た。


「我が家の肉体の作り方は初対面の時に説明した通りだ。近衛騎士団長の息子と同い年の殿下として、まぁ交流は多かった。私は態と太っていて、その頃は私に比べて殿下はこう……チヤホヤされて、私を見下していたのだけど、今は私が先に結婚しただろう? 君のような、とても可愛らしい女性と」


 王太子殿下は知性と力を感じさせたが、パーシヴァル様と同い年で、小さい頃からパーシヴァル様をそばで見てきて、拗らせた感情の上に先に私とパーシヴァル様が結婚した……ことが、嫌だった?


「もしかして、王太子殿下は、パーシヴァル様ではなく私にヤキモチを焼いていらっしゃる?」


「たぶん。あれでも一応賢く聡い方だ。君があそこまで過剰に怖がるとは思っていなかっただろうから、すぐに手も口も引っ込めた。後で王妃様から雷を落とされるだろうね」


 私が告げ口をするから、と冗談めかして笑うパーシヴァル様に馬車まで送ってもらうと、お義母様に向かってパーシヴァル様が事情を説明した。パーシヴァル様は、まだ訓練してから後で帰るらしい。


 帰りの馬車の中で、お義母様に謝られた。


「ごめんねぇ……、王太子殿下と出会すとは思っていなかったの。困った方だわ……あの方はね、昔からパーシーが好きで仕方ないのよ。ミモザちゃん、次から王宮に来る時はずっと私がついているわ。一人にさせないからね、怖かったわね」


 お義母様にも慰められて、私はやっと少し涙が出た。怖かった、けれど、パーシヴァル様がきてくれた。


 それにしても、パーシヴァル様が好きだから、と私にちょっかいをかけるのはどうなのだろう。子爵の家の元引きこもりだから、側室制度への理解が浅いと思われたのだろうか。


 すこし、腹も立ってきた。カサブランカとの一件があってから、私は少しずつ怒ることを覚え始めた気がする。


 パーシヴァル様を私にとられたと思って、あんな風に権力を翳すような真似をされて、やられっぱなしは嫌だ。


 この嫌だという気持ちがどこからくるかと思ったら、なんてことはない、私もパーシヴァル様が好きだからだ。独占欲だ。


「お義母様、知恵を貸して欲しいのですが……」


「あら、もちろんよ。何をするの? 大丈夫、王太子殿下が拗らせているのは王妃様が一番ご存知だから、非礼に当たらない線なら私がわかってるわ」


「では、次の次のお茶会に招かれる時に……」


 私とお義母様の作戦会議は、屋敷に帰ってからも続いた。


 可憐な花、と殿下は仰っていたけど、私はミモザ。オジギソウで、雑草でもある。


 可憐なだけじゃない所を、ちゃんと見せ付けなければ気が済まない。


 怖かった分、私も少し意地になっていた。

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