第42話 馬鹿息子(※王妃視点)

「で、貴様は、初対面の女性に対し、事前情報だけでその女性自身を見もせずに、『側室になれ』とからかったとか?」


「…………はい」


「恥を知れ!」


 赤い天鵞絨張りの椅子に腰かけ、私の前に跪く不肖の息子を叱りつける。


 1年前まで外国に勉強に行かせていたが、帰国してからはその勉強の成果を発揮し、外交方面でよくやっていたと思った。大人になって帰って来たな、とも。


 もちろん外国だからと我が国の評判を落とさせるような真似はしない。馴染みの宰相の息子と護衛騎士も付けて、頭の上がらない乳母を筆頭に侍女も揃えて、監視下に置いていた。帰国してからも続けるべきだったかもしれない、と少し悔やんでいる。


 ミモザ嬢は素晴らしい才能の持ち主だ。だが、彼女の経歴と生い立ちを聞けば、まだ社交界という海に一人で泳ぎ出すには心細い稚魚であることは明らか。花も開き切っていない蕾のようなもの。


 側室制度についてはずっと昔に法として定められて、今の所形骸化している。子を成せない状況というのは、その法ができた時以降起こらなかった。幸運なことに、だ。まぁ、いくらか前の時代には、貴族の中でも家の存亡が怪しい場合などに、形だけ側室として迎えるという事をして、王家より援助を受ける例もあったが、それもこれも王室と貴族社会の互助作用の為の制度だ。


 しかし、かならず貴族ならば……特に女性ならば家で習う事である。王太子について、まだ社交界に出たばかりのミモザ嬢がよく知らないのならば、正妃がいたのかどうかを考えるだろうし、居なかったと知っていたとして、王室からのそのような申し出に対しさぞ怖い思いをした事だろう。


 女を食い物にするようなこんな法など壊してしまいたいが、それでも子を産めるのは女の身体だけで、いつどこで王家の血が途絶えるか分からないとなれば残しておかねばならない制度だろう。忌々しいが。


「お前がパーシヴァル殿に抱えている複雑な感情は理解しているつもりだが……何故、彼の妻にちょっかいをかけた」


 部外者だぞ、と睨みつけると、気まずそうにフレイは目を逸らす。


「……あのパーシヴァルの妻ならば、さぞ強い女性だと……母上に似たような、女性なのではないかと」


「馬鹿者」


 二度目になるが、こうとしか言いようがない。


 私が今のような強さを手に入れるまで、そこには様々な経緯と経験があった。側室ではないにしろ、国王の寝所に女性を送り込む利権を狙った貴族は少なくない。夫は嫌がっているが、寝所にまで娘を送ってよこす事ができる貴族を蔑ろにした場合、余計に面倒なことになる。国王のお手付き、というのも売り出し文句になるというのだから、王制というのも碌な物じゃない、とは思うが、私が王妃になってすぐに夫はその事を私に打ち明けた。


 共に戦う戦友である夫のために、王妃がすべきはでしゃばる事ではない。夫の目が届かない所を、私が補佐することだ。そういう目的で、私は社交を盛んに行っている。それは集まって賛同してくれた手腕のある女性たちもみなそうだ。


 私は子を一人しかもうけられなかったが、フレイは私と夫の両方の血を継いだ子だ。賢く聡く、健康でもある。安心しているが、困ったことに、パーシヴァル殿絡みの事にだけは精神年齢が10程下がってしまうようだ。


 苦笑した私に何を思ったのか、フレイは口を開きかけ、その言葉の幼さに口を閉じるを何度か繰り返した。


「よい。正直に言え」


「はい……。正直、納得できぬのです。小さな頃は私の方が優れていましたし、育ってからは……同等だと思っています。ライバル、と言えばいいのでしょうか……彼がいずれ近衛騎士団長になった時、私は守られるのに恥ずかしくない王でありたいと思っています。そういう点で、心の中で競っている……つもりでした。帰国して、忙しくしている間にパーシヴァルは結婚し、私は少なからずショックを受けたのだとは自覚しています……、そして今日、母上の茶会にその細君が招かれていると知り、様子を見に行けば……一体、パーシヴァルは何がよくて、その、問題のある子爵家の娘と結婚したのか……」


「お前は本当に大馬鹿者だな。よい、もう聞きたくもないし、お前のそのパーシヴァルコンプレックスを自分でどうにかしろ。あぁいや、たぶん……」


 私は息子に甘い方だとは思っていなかったが、甘かったかもしれない。しかし、ミモザ嬢は一見は手折られるだけの小さな小花に見えて、あれだけの刺繍をする女性だ。知恵が回らぬことは無いだろう。


 何より、一芸を持つ女性、そして、夫に愛されている女性は強いという事を、うちの馬鹿息子は知らないらしい。まぁそこは仕方が無い、経験せねば分からぬことだ。夫に叱られた方が分かったかもしれないが、私が育てると言ったのだから夫に口出しはさせない。


「たぶん、なんでしょう?」


「お前はきっと、ミモザ嬢の外見しか知らぬのだ。風説で知った外側しか。度肝を抜かれて反省しろ。私はミモザ嬢とパーシヴァル殿の味方だから、私に泣きつくなよ。以上、下がって良い。――トードレニア」


「はい、王妃殿下」


 息子の側付きの宰相の息子、トードレニア・バンクスを呼ぶ。新緑の髪を長く伸ばした知性を感じさせる青年は、今回の息子の行動はちょっと目を離した隙に、と言っていたが、きっとこの結果まで分かっていて野放しにしたのだろう。だから、馬鹿息子に付き合ってお説教を聞いていたのだろうが、それで手心を加える程優しくはない。


「フレイがミモザ嬢に次にちょっかいを出した時、お前が側にいなければ、私の権限でお前の家に手を入れる。任を解く権利は無いが……バンクス夫人はどうなるかな?」


「……肝に銘じておきます」


「よろしい」


 パーシヴァル殿に対して我が子のフレイが拗らせているのは分かるが、トードレニアはトードレニアでフレイを玩具のように思っている節がある。


 お見通しだぞ若造が、と態々忠告してやらなければならない。困った若者たちだ。


 二人が下がったあと、私はミモザ嬢にもらったハンカチを広げた。使いやすいように中心には控えめな生地と同色の刺繍を少し。縁取るように色は2色だけで、綺麗な靴と城の庭を表すような蔓草模様を刺繍してある。


 ふつう、図面を引かずにここまでの刺繍は無理だ。今までも編み物やレースの上手い女性はいたが、刺繍は初めてである。


 彼女たちはシャルティ伯爵夫人と同じように、事業という形では市井に貢献できない。だが、この美しさや感性、そして技術は、市井にこそ広めていくべきだ。


「さて、どうするか……」


 次の茶会は私もちの、アレックス・シェリルの茶会だ。その次……まずは、ミモザ嬢がどう反撃に出るのかを楽しみにしよう。


 きっと何か面白い事をするはずだ。でなければ、シャルティ伯爵夫人が娘をそこまで可愛がるはずがない。そして、娘にするはずも。


 一先ずは、シャルティ伯爵夫人からの手紙を待つことにした。

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