第15話 パーシヴァル様の憂鬱

「パーシヴァル様?」


「…………はっ、すまない。何かな?」


 ここの所、パーシヴァル様の様子がおかしい。頻繁に脳停止するようになり、私との会話も中々続かない。


 夫人に言わせれば、私が垢抜けてきた、という証明らしいが、私は最近やっと伯爵家の人たちの前でどもらずに話せるようになったばかりである。


 今はお茶会に向けてのお茶の訓練中だが、毎日朝にはドレスを吟味し、侍女のアドバイスも聞いて髪型を決めてもらい、届いた宝飾品をつけて化粧をしている。


 そのせいかな? と、思うのだが、それなら顔を合わせた時に脳停止するはずだ(実際、最初の3日程はそうだった)。


 最近は、お茶会のこと、本の事を話している時によく脳停止されている気がする。やはり自分の母親の本の話というのはちょっと恥ずかしかったりするのだろうか。


 とはいえ、私の実家の話を進んでしようとは思わない。私の話す練習なので、私が話を振る事になるのだが、つくづく私は話題の引き出しが少ないと思う。


 たまには聞き手に回ってみようか、とパーシヴァル様の青い瞳をじっと見て微笑んだ。


「今日は、パーシヴァル様のお仕事の話をお聞かせくださいませ」


 と、彼はまた片手で目元を覆い、顔を逸らし、最終的に両手で顔を覆って膝まで頭をがっくりと下げてしまう。脳停止だ。重症の方だ。


 ちなみに、軽症の時は復活に1分程、重症の時は……ちょっと時間とかでは無いようで、とりあえずお茶を飲んで茶菓子を齧り復活を待つしか無い。


 この脳停止癖の事を最初に知らなかったら、私は落ち込んでいたに違いない。


 私の話がつまらなかったから、とか、卑屈に考えていた事だろう。しかし、待つのは得意な方で、私は気も長かった。でなければ、あの姉……いや、カサブランカの相手は務まらない。


「……君が、笑うと……」


「はい?」


 お、今回の復活はとても早い方だ。5分経っていない。


 茶器を置いて振り向くと、真剣な顔を赤くして、パーシヴァル様は私を真剣に見つめていた。


「君が笑うと、嬉しそうにすると、私は最初に君を見た時の事を思い出す。目の前の洗練されていく君の可愛さにもようやく目が慣れてきてくれたのに、君がずっと好きだったものを前にした時と同じ顔を向けられると、胸が……苦しい」


 驚いて目が丸くなった。


 こんなに素敵な男性なのに、女性に対する免疫力が無いのもあるのだろうけれど、私が好きな本を買った時の事を思い出して、胸が苦しい?


 ちょっと待って欲しい。その時の私は芋女全開の読書オタクそのものだったはずだ。なのに、未だにそれを可愛いと思っているのか。


 と、理解すると今度は私が恥ずかしくなった。これは今日のお喋りの練習は失敗だ。俯いて照れてしまった。もう喋れそうにない。


 そっと私の手に大きくて無骨な手が重なる。恐る恐るそちらを見ると、まるで縋るように私を見ている。


「ミモザ、ひとつ約束を……誰に求婚されても、私以外を選ばないと」


 いきなりそんなところに話を飛ばさないで欲しい。求婚されるのはあり得ないし、私は嫁いできたのだ。もう少し社交界慣れするまで保留しているだけで。


 どうやらこの人はそれを忘れているようだ。急におかしくなった。


「私は貴方の妻になりにきたんですよ、パーシヴァル様。あり得ない話でこれ以上心配されないでください」


「……公爵や、殿下に求婚されても?」


「当たり前です。……私は貴方の妻ですよ。最初に会った時に仰った事をお忘れですか?」


 私は照れながらも顔を覗き込んで微笑んだ。


「私が君の夫だ、と。私も言いましょうね、私が貴方の妻です」

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