第16話 夢のようなお茶会

「本日は皆さまお集まりくださりありがとう。アレクサンドラ・シャルティとして、本日は最初に私の娘になる子を紹介します。――さぁ、ミモザちゃん、こちらへ」


 庭に面したサロンは陽光を取り込み、三つの丸テーブルには私特製のテーブルクロスが掛けられている。


 今日は私も、夫人の……いえ、アレックス・シェリルの『お針子の作法』をイメージした、色は淡い薄緑にふんだんに金の薔薇を刺繍したドレスでの参加となった。


 紹介された私は少し年上の夫人のお友達の前に緊張の面持ちで近付く。淑女教育のお陰で姿勢もよくなったが、緊張癖はやはり直りそうもない。


 こわごわと一礼してへたくそに微笑むと、夫人が私の肩に手を置いて皆さんに言ってくれた。


「今日のテーブルクロスはアレックス・シェリルの本がモチーフなのよ、彼女が刺繍してくれたの。ミモザちゃんも私のファンなの。ここからは、いつものアレックス・シェリルのお茶会として楽しんでちょうだい」


 そう言って、私と夫人は『星の洋燈屋』のクロスの席に着いた。


 ざわざわとお喋りが始まる。皆手元のテーブルクロスの端を手に取って眺めては、まぁ、とか、素敵、と褒めてくれているようで一安心だ。


 作者公認とはいえ、本は読む人によって解釈が違う。どう受け止められるか不安だったのも確かだ。


 そこからはお茶とお菓子とお喋りの楽しい時間だった。


 私に「どの本が一番お好き?」とか「刺繍は前からご趣味なの? 売り物にできるわ」などと声を掛けてくれるので、私は聞きながら精いっぱい丁寧に返した。どもらなかっただけマシというか、好きなものの話が遠慮なくできるなんて嬉しかった。


 余裕が出て来ると人の様子も観察できるというものである。


 一人、私と同じくらいの歳ごろの美人な女性がいた。たしか、紹介された名前は、メディア・ロートン様。伯爵家のご令嬢だという。


 とてもふてくされた様子で、一向にお喋りに参加しようとしない。何故かしら、と思っていると、隣に座った夫人がそっと教えてくれた。


「ロートン令嬢はね、息子を好きだったの。町の哨戒中に酔っ払いに絡まれていたところを助けられたらしいのよ。あの子は仕事だから覚えてないけれど、どうにもその時から王子様になっちゃったみたいで」


 困ったような夫人の説明は、他の方の今は最近の流行の話に掻き消される程小さな声だったが、私は不安そうに眉を下げた。


 と、視線が合う。強く睨まれて、私は慌てて視線を下に逸らしてしまった。


「あ、いっけなーい!」


 という声と共に、白に光沢のある白い薔薇を刺繍したテーブルクロスに紅茶が零された。


 声といい、わざとカップを倒したのは明白だ。


 私は初めて……カサブランカに抱いていたような嫌いという気持ちではなく……怒りを覚えた。勢いよく立ち上がる。


「ロートン令嬢!」


「な、なによ?! 不注意だったのよ、悪かったわね!」


 慌てて目を逸らしながら怒鳴り返された私は、それが嘘だと分かる。カサブランカが見栄を張る時に目を逸らす様によく似ていたからだ。


「私はともかく、夫人の……いえ、アレックス・シェリルの作品を汚すような真似はご遠慮くださいませ! 貴女もアレックス・シェリルのファンだから招かれたのでしょう?! 違うのですか!」


 後に夫人によって『ミモザちゃんに私愛されてるわ』事件として、伯爵とパーシヴァル様に語られるひと騒動となった。

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