公爵令息の婚約者探し

カユウ

第1話

 ゆったりとした BGM が流れる店内。食後のコーヒーを一口飲み、俺は口を開いた。


「なあ、美佳。もう、別れよう」


 唐突に切り出した別れ話に、目の前に座る美佳の目が丸くなる。


「金目当て、だろ?付き合って1ヶ月になるけど、俺の金のことしか見てないのなんてバレバレ……っ」


 突然立ち上がった美佳が、俺の顔にコップの水をかけてきた。一瞬のできごとに驚いているうちに、美佳はさっさと荷物を持って店を出て行った。今までの経験から、もっと騒ぐかと思ったのだが。あわててタオルを持ってきてくれた店員に礼を言い、顔をふく。多少時間をあけてから支払いを済ませ、店を出た。


 ここまでが、覚えている前世の記憶の最後だ。自分でも信じられないのだが、どうやら転生してしまったらしい。それも、異世界に。生まれ変わった俺は金髪碧眼で、すっとした鼻筋。左右のバランスが取れている整った顔立ち。つまりは、イケメン。前世の顔は良くも悪くもない平凡顔だったことを考えれば、自分の顔がイケメンであることには違和感しかない。それに、なぜ異世界転生しているのやら。


 8歳の誕生日。5歳の誕生日の夜、前世を思い出したんだった。あれから丸3年。さまざまなことを勉強してきた。その中でも難しかったのは、俺自身の地位が貴族だと自覚すること。この国に5,000家ほどあるという貴族の中で5家しかない公爵家の次男であるという事実を受け入れることが一番難しい勉強だった。


「マルス、ちょっといいかい?」


 珍しく父が声をかけてきた。マルス、というのは今世での俺の名前だ。


「今度我が家でお茶会を開催することになってな。8歳になったマルスにも、客を迎えるホストの一人として参加してもらうよ」


「えっ!……僕も、ですか?」


「そうだよ。マナーの講師たちから、マルスなら問題ないっていうお墨付きだからね」


 にっこりと笑みを浮かべ、俺の頭をわしゃわしゃと撫でる父。父にバレないようこっそりとため息をつき、気持ちを切り替える。


 そして、マナーの講師たちに、ホストとしての心得や立居振る舞いを学んでいると、あっという間にお茶会の日になった。


「あ、マルス。今日招待しているのはマルスの婚約者候補とその両親だからね。あとで気に入った子を教えておくれ」


 お茶会が始まる直前に投げかけられた父の言葉に、俺は頷きを返すしかできなかった。それぐらいびっくりしたんだから。


 集まったのは、公爵家が選んだ婚約者候補たち。見事に上位貴族しかいない。お茶会が始まってからの俺は、ホストの一人として招待客に声をかけて回る。だが、どの親子とどんな挨拶をしても、第一印象は金目的や地位目的ばかり。なんとなく、前世で悩まされてきた自称親戚や自称親友、金目当てで近づいてきた女性たちの姿がちらつくのだ。前世とは関係ないというのに、彼ら彼女らの姿がちらつくたび、俺の気が滅入っていく。


 俺の気持ちが滅入る以外に大きな問題は出ず、お茶会が終わった。招待客をすべて見送ったところで、父がワクワクした顔でこちらを見る。


「マルス、どうだい?気に入った子はいたかな?」


「いえ、どの方にも惹かれませんでした」


「それは、どうしてかな?ホスト役をこなしながらでも、相手の人となりを見るくらいはできただろう?」


 ゆっくりと首を左右にふると、父に一歩詰め寄る。


「父上。家族のことが関わるときは母上に相談するように、と強く母上から言われているのをお忘れですか?このお茶会の招待客名簿、母上に見せていませんね!?公爵家のお金や地位が目当てなのが丸わかりのやつばっかで、気に入るわけがあるか!!」


 どうやらこのイケメンの父は、家族のことが関わるとポンコツになってしまうのだ。家庭で見せる姿と仕事で見せる姿は大違い、と母から聞いてはいるのだが、いまいち信ぴょう性に欠けるんだよな。


「え、あ、いや、ちゃ、ちゃんと見せたぞ……お茶会の招待客として」


「婚約者候補って言ってない!?」


 あまりのショックに崩れ落ちた俺。いつの間にか執事に担がれて部屋に戻されていた。我に返った俺は、ポンコツな父の所業を母に訴えることにした。家族会議や紆余曲折を経て最終的には、自分の婚約者候補は自分で探す、ということに。うーん、自分で婚約者を探す上位貴族の子息って俺くらいじゃないだろうか。


 母のつてを頼り、他の貴族が主催するお茶会に何度か参加させてもらったのだが、成果は出ていない。仮にも公爵家の次男。ホスト役の家よりも爵位が高いので、参加者全員から挨拶を受ける。そこまではいいんだ。挨拶が終わってから話しかけてくる人は、いずれも金目的、地位目的。そういう人たちばかりを見すぎたせいか、一目見ただけでわかってしまう。こんな直観を身につけたくはなかったな。そう独言ながら、お茶会にいる中でも金目当て、地位目当てっぽくない印象の人にこちらから話しかけにいく。しかし、二言、三言話すと、やんわりと避けられてしまうのだ。解せぬ。


 まっとうそうな人たちに避けられる原因がわからぬまま、お茶会に参加すること数度。成果が出ない俺は、父に連れられて王城に来た。婚約者候補を集めたお茶会以降、懐疑的な視線を父にむける俺へのアピールらしい。確かめずともわかる。発案は母だ。だが、家族がいる前で父は仕事モードになれるのだろうか。婚約者候補の選定を見る限り、不安しかない。父がどんな仕事をしているのかを見られるだけでも、将来の俺のためになるだろう。そう思っていた俺の前に、エリザベート第四王女が現れた。城内の散策ということだったが、たぶん母の手回しによるものだろう。初めのうちは父を交えて会話していたが、すぐにエリザベート第四王女と俺との会話になっていった。ここまで話した限り、俺の直観では、エリザベート第四王女は金目当て、地位目当てになることはなさそうだ。この心の声が聞かれたら何様って言われると思うが、俺が心穏やかに生きていくためには、エリザベート第四王女に婚約者になっていただくしかなさそうだ。


 それからの俺は、エリザベート第四王女を婚約者としてもらうための行動を始めた。相談を持ちかけたときの母のドヤ顔には内心イラッとしたが、背は腹に変えられない。肝心のエリザベート第四王女の婚約者がまだ決まっていないことは、父に確認した。


「本当ですか!?それでしたら、ぜひ第四王女の婚約者に立候補いたします!」


 ポンコツになってしまうわりになかなか首を縦にふらない父を、俺は熱意で押し切った。ようやく父の了承を得ると、用を作っては王城に行き、エリザベート第四王女に挨拶をすることにした。心理学で言うところの単純接触効果を狙っての行動だ。もちろん、エリザベート第四王女だけでは狙いがバレバレなので、許される限りの王家の方々にも挨拶をすることを忘れない。


 そして、母からの助言に従い、挨拶をした回数が10回を超えたあたりで、お茶会への招待状をエリザベート第四王女に手渡しした。事前に、王城に詰める近衛や執事など、王家への贈り物を確認する部門のチェックを受けた招待状だ。母が言うには、王家の身を守るため、手紙一つであっても基本的に手渡しされることはないそうだ。だが、基本的にっていうことは、こうやって事前に根回しをしてチェックを受けておけば手渡し可能、ということでもある。


 後日、第四王女からお茶会へ参加する旨の手紙をもらった俺が舞い上がったのは言うまでもない。


 お茶会に向け、できる限りの準備を手伝う。手伝うと言っても、8歳の子供ができることなんて限られているのだが、我が家のメイドや執事たちは手伝わさせてくれた。これも母の根回しの結果なんだろう。


 そう思いながら、メイドと一緒に茶器を選んでいると、父からのお叱りを受けた。


「マルス。お茶会の準備はメイドや執事たちの仕事だ。雇い主である我々が、彼らの仕事を奪うような真似をしてはいけないんだよ」


「父上が言うことはわかってます。……でも、エリザベート第四王女との初めてのお茶会なのです。いてもたってもいられないのです。この気持ちはよくないことなのでしょうか」


 父の言葉にうつむき、落ち込んだ風を見せる。仕事の領分が分かれているということは、その領分を担当している人はみんな、それぞれの道のプロだ。だからこそ、お茶会の準備を手伝わせてくれるメイドや執事たちは、雇い主である公爵家次男の俺の言う通りにしよう、という判断は絶対にしない。そういう人材を選んで雇っているからだ。だが、俺の素人なりの意見に耳をかたむけてくれる。よりよいものにしようという気持ちが共有できているからだと、俺はそう信じている。


「ふぅ……そういうことであれば、今回は許そう。だけど、今回だけだよ?」


「はいっ!」


 落ち込んだ風の俺を見て、父の中の何かが刺激されたのだろう。今回だけという条件で許された。家族に甘い父であれば、認めてくれるだろうという算段はあったが、本当に許されると嬉しいものだ。


 そして迎えたお茶会の日。エリザベート第四王女をお迎えし、穏やかに進んでいく。そろそろお茶会も終わりというときを狙い、俺は椅子を立つ。そして、エリザベート王女殿下に深々と頭を下げた。


「エリザベート王女殿下。最後にお伝えしたいことがございます。ぜひ、私の婚約者になっていただけないでしょうか!」


「……はい」


 どれくらいの時間がたったかはわからない。しかし、エリザベート第四王女の声が耳に届いたとき、俺は嬉しくて嬉しくて涙が止まらなくなってしまった。


 婚約を願い出てから10年後の今日、俺たちは結婚式をあげる。公爵家ではなく、俺自身を見てくれる妻とともに、地に足つけて歩いていこう。花嫁衣装を身に纏ったエリザベートを見て、俺は一人心に誓った。

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