どんなものより

行為の最中も事後も、彼女はひたすら泣いていた。

なぜ泣いているのか推し量ることも不躾な気がするが、彼女に拒絶の色は感じられなかったので、怒っているのではないだろう。


「ありがとう」


泣きながら微笑んだ彼女は、今までに見たどんなものより美しかった。


「身体、辛くないか」

「ううん、平気」


いつのまにか彼女から敬語が外れていた。

同い年である以前にかつてのクラスメイトなのだから、最初から敬語なんて使わなくてよかったのに。

俺がそう言えば、彼女は笑って言ったのだ。

「わたしのこと、覚えてるか自信なかったんだもの」

だから俺は彼女の目を見て言った、

「俺はずっと理沙のこと覚えてた」



「ね、隼人くん。わたしがどうして隼人くんに殺してほしかったのか、わかる?」


「……無難だから?」


「ふふ、残念。正解はね、最期くらい好きな人の手で逝きたかったからだよ」


「す、き?理沙が、俺を?」


そうだよ、と言って彼女は俺の手を両手で包む。その手が震えているのは俺の見間違いではないだろう。


「初めて会った時から、ずっと好きだった」


ひとつの情景が広がる。

高校の図書室で背伸びして本を取ろうとしている理沙、

後ろから手を伸ばしてその本を取ってあげた時の真っ赤な耳。

顔は本で隠していたから見えなかったけど、おそらく耳と同じく真っ赤だったはずだ。

短く、小さな声で礼を言って走り去った後ろ姿。

そのあと教室に入ってきた俺と目があって、また本で顔を隠していたり。

まさか同じクラスだったとは、と二人で笑った休み時間。


俺はすべてを鮮明に覚えていた。

思えばこの時にはもう彼女に惹かれていたのだろう。


「俺も」


「…………え、」


驚いて目を見開いたままの彼女を抱きしめて、耳元で囁いた。


「さっきまでの理沙は、俺が殺した」


だから、


「ハッピーバースデーだ」



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ワンナイト・ディレクション 各務ありす @crazy_silly

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