どんなものより
行為の最中も事後も、彼女はひたすら泣いていた。
なぜ泣いているのか推し量ることも不躾な気がするが、彼女に拒絶の色は感じられなかったので、怒っているのではないだろう。
「ありがとう」
泣きながら微笑んだ彼女は、今までに見たどんなものより美しかった。
「身体、辛くないか」
「ううん、平気」
いつのまにか彼女から敬語が外れていた。
同い年である以前にかつてのクラスメイトなのだから、最初から敬語なんて使わなくてよかったのに。
俺がそう言えば、彼女は笑って言ったのだ。
「わたしのこと、覚えてるか自信なかったんだもの」
だから俺は彼女の目を見て言った、
「俺はずっと理沙のこと覚えてた」
*
「ね、隼人くん。わたしがどうして隼人くんに殺してほしかったのか、わかる?」
「……無難だから?」
「ふふ、残念。正解はね、最期くらい好きな人の手で逝きたかったからだよ」
「す、き?理沙が、俺を?」
そうだよ、と言って彼女は俺の手を両手で包む。その手が震えているのは俺の見間違いではないだろう。
「初めて会った時から、ずっと好きだった」
ひとつの情景が広がる。
高校の図書室で背伸びして本を取ろうとしている理沙、
後ろから手を伸ばしてその本を取ってあげた時の真っ赤な耳。
顔は本で隠していたから見えなかったけど、おそらく耳と同じく真っ赤だったはずだ。
短く、小さな声で礼を言って走り去った後ろ姿。
そのあと教室に入ってきた俺と目があって、また本で顔を隠していたり。
まさか同じクラスだったとは、と二人で笑った休み時間。
俺はすべてを鮮明に覚えていた。
思えばこの時にはもう彼女に惹かれていたのだろう。
「俺も」
「…………え、」
驚いて目を見開いたままの彼女を抱きしめて、耳元で囁いた。
「さっきまでの理沙は、俺が殺した」
だから、
「ハッピーバースデーだ」
ワンナイト・ディレクション 各務ありす @crazy_silly
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