教会、誤解、やはり脅迫

 俺とセイナは、大聖堂の中央通路を並んで歩き、奥までたどり着く。通常そこには神父がいるはずだが、今は誰もいない。

 まるで結婚式のようだ。指輪の交換もケーキ入刀も、誓いのキスもないが。

 しかし、この場所なら人も近寄らず、壁が暑いため声も漏れない。内緒話にはもってこいだろう。

 そんなことを考える俺の目の前で、セイナは俺の渡した変装用の、魔法使いのローブを脱ぎ捨てる。

 スライムによって元々着ていた修道服を溶かされたままの彼女は、とても直視できる格好ではなかった。

 しかし、ここなら人に見られる心配もなく、何より、必要以上に俺に借りを作りたく無いのだろう。 

 ならば彼女の気の済むようにしよう。

 セイナは、どこからか膝掛け用と思われるブランケットを持ってきて床に広げ、そこに仰向けで寝転がる。

 え? 何してんのこの女。

 驚き、動きを止める俺に軽蔑の目を向けながら、彼女は焦ったい気持ちを言葉に出した。

「もう……何焦らしてんのよ。さっさと、気の済むようにしたら? それとも何? 中で引っかかって鎧が脱げないとか? 立派なんだか情けないんだか分からないわね」

 ああ、なるほど、そう言うことか。

 彼女は、盛大な勘違いをしている。

 『何でも言うことを聞く』とは、どの世界でも、『そういうこと』を意味するようだ。

 しかし、あいにく彼女の体に用はない。勇者のことを聞きたいだけだ。

「違う、そうじゃない。立て、俺も鎧を脱がない」

「立ったままするってこと? しかも着衣で? どんな性癖してんのよ……」

「その発想になるお前が言うな。それとも、アギトはそういうのが好みなのか? ローションプレイのみならず」

「……⁉︎ なんでそのことを知ってんのよ!」

 うん、どうせこれっきりの付き合いだ。穏便に聞き出すよおりも、脅迫した方が早い。

「しかしお前は彼に気がない。惚れているのは勇者の方だ、しかし、その勇者はスカウトした魔法使いと、肉体関係まで結んでいる」

「嘘でしょ……なんで私の気持ちまで知ってるの? それに勇者と魔法使いの肉体関係⁉︎ 嘘! 絶対に嘘よ!」

「俺が適当なことを言っていると? ところで、唐辛子入りローションの味はどうだったかな? しばらく、体に違和感が残ってるんじゃないか?」

「そんな……ことまで……」

 セイナは両手を足で挟むようにして、身を捩る。

 その反応。どうやら使った、というか、使わされたようだ。

 スライム相手に遅れを取ったのも、素顔どころか皮膚も見えない鎧の門兵相手に体を開いたのも、おそらくその特製ローションのせいだろう。

 全ての元凶は俺だけど。

「あなた一体何者なの? 何が目的なの? 私、体以上に価値のあるものなんて持ってないわよ」

 それは体に自信があるのか、それとも、それ以外がポンコツである自覚があるのか。

 何にせよ、ここま来れば後は簡単だ。

 情報を盾に弱みにつけ込み、この女を懐柔する。一つ一つ情報を得るよりも、最初に心を手に入れた方が楽だ。

「俺の正体は明かせない。目的は……いや、その前に、お前、『精霊』を知っているか?」

「当たり前じゃない。私神官よ⁉︎ 精霊の力なんて、いつも使っているわ……きゃ!」

 その言葉に、俺は一瞬我を失い、セイナを押し倒す。

「それは本当か⁉︎ 本当に……精霊の力が使えるのか?」

「なんで変なことを知っている割に、そんなことも知らないの? 私を含めた聖職者は『魔』の力を使う魔法使いとは違って、『聖』、即ち精霊の力を使って奇跡を起こしているの」

 聖職者、つまりも神父もか。俺を消滅させかけたあの力が、まさに探し求めていた精霊の力だったのか!

 まさか、そんな早くに手掛かりを見つけていたなんて、なんという不覚。いいや、気に病むことはない。今、目の目に、あるのだから。

「何? あなた、精霊の力が目当てだっったの? それならそんな仕事してないで、さっさと教会に行って洗礼を受ければ良かったのに」

「そんなことで、手に入るのか?」

「二度と魔法が使えなくなるとか、教会のルールに従うとか、色々と制約はあるけどね。簡単な奇跡なら、子供でも扱えるわよ」

「そうか……お前は、どんな『奇跡』とやらが使えるんだ?」

「体力・スタミナの回復に、怪我の治癒、後は毒とか呪いとかの解除。サポートがほとんどよ」

「例えば……自然から直接力を得るとか……は?」

 俺は、声の震えを抑えて聞く。もし、それができるのなら、俺の目的はほぼ達成したと言っていい。わざわざ精霊とやらを探し出して『喰う』までもない。その脳力を持つ人間を、『捕食』すればいい。

「何言ってんの? そもそも奇跡は『そうやって』力を得て起こすのよ」

 その一言で、俺の意思は決まった。

 目の前の女を『捕食』する。

 そうすれば、能力が手に入る。

 俺はセイナを組み伏したまま、ほとんど理性を失った頭を、兜の中で、『捕食』の形に変化させる。

 セイナに食らい付く直前、しかし、次の言葉で間一髪、思いとどまる。

「まあ厳密に言えば、自然から直接じゃなくて、妖精の力を借りているだけなんだけどね」

「……なんだ、その程度か」

 妖精とは、精霊から力を与えられた、分身のような存在だったか。

 ならば『奇跡』とは、自然から力を得た精霊の、さらに分身である妖精から、さらに一部だけ力を借りているに過ぎないのだ。

 そんな経由を重ね、薄まった力では、到底スライムの腹を満たすことなどできないだろう。

 やはり、大元の精霊を喰い、その能力を得なければ意味がない。

 全てのスライムを、『捕食』の衝動から救済できない。

「その程度って……これでも凄いことなのよ! 理性を持った人間だかこそ、妖精の力を貸してもらえるの、全ての生物の中で特別なの!」

「しかし、その『奇跡』だけで、飲まず食わずの生活を出来るわけじゃないだろう? だとしたら手に入れる意味がない」

「何それ……まるで、『精霊喰い』みたい」

「……!」

 知っっているのか⁉︎ 精霊喰いの存在を!

 当然か、同じ精霊の力を使う者同士、聖職者には知らされているのだろう。

 最悪の禁忌を犯した存在として。あの神父の過剰とも言える反応にも、説明がつく。

 尋問の目的が変わった。彼女から、『精霊喰い』の情報を引き出そう。

 俺はセイナの首を絞め、そのまま持ち上げる。

「……⁉︎ な、何……」

「『精霊喰い』について知っていることを全て話せ」

「彼女を離せ!!」

 その時、邪魔が入った。

 教会の正面の出入り口を開け放ち、一人の男が声を張り上げる。

 通路の奥まで突き刺すような、鋭い咆哮だった。

「何で、ここに……?」

「助けに来たぜ! セイナ!」

 勇者パーティの戦士であり、幼馴染に密かに好意を寄せる男、アギト・アックスだった。

「良かったなお姫様? 変態皇子が迎えに来たぞ。それじゃあ俺はこの辺で」

「待てよ鎧野郎。俺の幼馴染に手ぇ出して、ただで帰れると思ってんのか?」

 アギトは、手斧を構え、一瞬で間合いつめてくる。

 戦闘、索敵ができて、速度も速のかよ。

 俺の回避が間に合わず、左肘から先をを切断された。

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