鬼畜、駆逐、つまり手詰

「どうした? さっきから逃げ回ってばっかじゃねーか。正々堂々、殺されろよ」

「おいおい、俺はその女から誘われたんだぜ? 殺すことはないだろう?」

 座席を挟んで、俺とアギトは向かい合う。彼の背後には、彼に庇われるように、セイナが佇んでいる。

「そんな訳ないだろ……! 潔く罪を認めて死ね!」

 アギトの斧が振り下ろされる。俺は広い通路側に飛んでそれをかわす。

 間一髪、真後ろの座席がまとめて抉り取られている。

 斧を振っただけでそんな奥まで届くのか?

 疑問が浮かんだ瞬間、目の前に回り込んだアギトによって頭を掴まれ、地面に叩きつけられる。

 厚手の絨毯が敷かれているにも関わらず、カブトの側面がひしゃげた。

 速い……いや、違う、先に回り込んでいた。斧を投げて陽動、俺の動きを誘導したのか。

 そして、『殺す』と言ったことさえ陽動、本当の狙いは、俺を素手で拘束することか。

 脳筋のおっぱい星人かと思ったら、頭脳戦も出来るのかよ……!

「さて、お前を牢獄にぶち込む前に、その素顔を見せてもらおうか」

「やめておけよ、後悔するぞ」

「公開されるのは、神官を犯そうとした、お前の罪だ」

 そう言ってアギトは俺にのしかかったまま、カブトに手をかけ、外す。

 あまりにも手応えなく外れたことに、アギトが面食らう隙に、俺は体内に溜め込んだ水圧で、首から先を飛ばした。

「な……⁉︎」

「え……?」 

 アギトとセイナの驚きが重なる。しかし、それ以上の言葉が出てくることはない。 

 ここに潜入する時、商人を殺したのと同じ技だ。

 俺はセイナの顔に、体の一部を貼り付け、呼吸を奪う。

「セイナ!」

 倒れ込むセイナ。それを見たアギトは俺への拘束を緩め、彼女の元へ向かおうとする。

 もちろん、それを許す俺ではない。

 意識はこっちに残してある。飛ばした頭と違い、本体である体は、かなり自由に動かせる。

 切り落とされた腕から、ロープのように伸ばした体を出し、アギトの足に巻きつける。そのまま地面に引き倒し、全身を巻いて拘束する。

「これ……は⁉︎ スライム⁉︎」

「ご名答。実は俺、スライムでした」

 俺は立ち上がってセイナに向かって歩き、彼女の顔面のスライムを剥がす。彼女は意識を失っているだけで、まだ息はあった。

「さて、正体がバレてしまった以上生かしてはおけない、が、俺の目的はお前らを殺すことじゃない、だから取引をしよう」

「取引だと……? 誰がスライムなんかと!」

「んん? かつて人間がスライムとした取引を忘れたのかな? 地下に住まわせ、他の種の『捕食』を禁じ、子供を道具として差し出させた、取引を」

「それはお前らが、危険だからだ」

「その通りだ、だから俺は全てのスライムと他の生物を解放するために、『精霊」の力を手に入れる。そうすれば、スライムは他の生物を『捕食』せずに済む。だから協力しろ。精霊を見つけ、俺に喰わせることに」

「そんなこと……出来るわけがないだろう!」

「論理的には可能だ。しかし、倫理的には許されないだろうな。だが、お前に選択肢はない」

 俺は気絶するセイナの腕を持ち上げて立たせる。

「おい……何をする気だ」

「この女の体内に、俺の一部を入れた。任意で発動できる毒みたいな物だ。協力しなければ、内側から食い破る」

「やめろ!」

「なら協力しろ」

 ハッタリだった。

 たしかに人間の体内に自分の体を入れることはできるが、ある程度時間が経つとコントロールを失う。そして人間の脳以下のサイズに意識を移そうとすると、自我が消える。

 そもそもセイナの体には何も入れていないし、入れたとしても、ただ彼女が腹を下す程度だろう。

 ただし、アギトに対しての、脅しの効果は十分だった。

 普段狩っている割りに、スライムの生態への知識はあまりないようだ。

 アギトは、力なくその場に跪いた。

「分かったよ……協力する。だが、俺も彼女も『精霊』の居場所なんか知らない。ブレイズ……勇者なら何か知っているかも」

 やはり鍵になるのは勇者か。彼から聞き出すのも、簡単ではないだろう。

 しかし、勇者パーティの人質が二人も手に入った。これからは、俺は安全な場所から行動できる。

 念のため、アギトにも枷を嵌めておこう。

「口を開けろ。お前にも入れる」

「クソ……体内で呪い殺してやる……」

 そう言いながらも素直に従った。セイナの命には変えられないのだろう。

 その時だった。

 どこからか飛んできた光の矢によって、俺の腕が貫かれた。

 これは……魔法か⁉︎

「アギトさん! ご無事ですか! 今、その化け物を排除します!」

 正面の扉から入ってきた、勇者パーティの魔法使い、マジェスティーが杖をこちらに構えていた。

「ダメだジェスティー! 俺もセイナも、このスライムに体の一部を入れられた! 内側から食われちまう!」

「大丈夫です! スライムにそんな力はありません! この前、偉大な魔法使いの方から聞いた話です!」

「そうなのか……⁉︎」

 まずいことになった。

 その偉大な魔法使いとは、他でもない俺のことだ。

 つまり、彼女はスライムの生態に非常に詳しい。

 俺と長老の知識を持っているのだから……!

 アギトが俺を無視して通り過ぎ、セイナを守るように前に立つ。

 人質は使えない。

 マジェスティーナは扉を背にしたまま、慎重に俺に近づいてくる。

 逃走も難しい。

 二体一、挟み討ち。

 正直な話、俺には神官を除いて、勇者パーティの人間と正面から渡り合える力はない。不意打ちで人質を取らなければ、アギト一人にすら勝てないのだ。

 どうする? 

 考える暇はなかった。マジェスティーが床に転がる手斧を俺に向かって投げ、避けたのをアギトがキャッチ、後ろから切りかかられる瞬間に、戦いは始まった。

 いや……戦いには、ならなかった。

 予想していたとはいえ、善戦することもなく、俺は一方的に嬲られた。

 アギトの斧は、次々と俺の鎧を切り裂き、弾き飛ばしていく。

 そして露わになったスライムの体に、マジェスティーの光の矢が正確に突き刺さる。

 避けられない。

 意識を司る器官を、身体中に流し、致命傷を避けてはいるものの、鎧がなくなることで必然的に逃げ場はなくなっていく。斧か、矢か、どちらかが当たれば、それで終わりだ。

 絶え間ない攻撃と同時に、二人から、罵声を浴びせられる。

「あの商人が姿を消したのは、お前の仕業か! さては、俺の情報を聞き出し、用済みになったから始末したんだろう! 仲良くなったのに!」 

「あの偉大な魔法使いを消したのもあなたですか⁉︎ さては、スライムに詳しいから目障りだと思い、殺したのでしょう! 尊敬していたのに!」

 こちらの方が精神的にはキツい。


 どっちも、俺だよ。


 こんな状況で、そんな戯言が信じてもらえるはずもない。

 例え真実でも、もっとマシな命乞いをするべきだろう。

 結局のところ、見た目が全て。俺が、二人と、良好な関係など築けるはずがなかったのだ。

 話し合いすら出来ない。命乞いすら認められない。

 これが、スライムに転生した者の宿命なのか。

 俺は、手に脳みそ大のスライムを作り、天井付近のステンドガラスに向けて投げる。

「な……逃げるつもりか! マジェスティー! 撃ち落とせ!」

「ダメです! 私の位置からだと、シャンデリアが邪魔で狙えません!」

 今は、この場を乗り切り、生き残る!

 一度は脱出に成功した教会だ、今度だって、逃れて見せる。

「私に任せて! 『十字の投槍クローチェ・ジャヴェロット』!」

 ステンドガラスに触れる直前、投げた俺の体は、槍と化した錫杖に貫かれ、空中で磔にされる。

 投げたのは、気絶から復帰したセイナだ。

 なるほど……こんな『奇跡』もあるのだな。

 回復以外にも、充分使えるじゃないか。持っている錫杖を投げているところを見ると、一度きりの大技のようだが。

 死にゆく俺の体には、勿体ない技だ。

 空中の体が燃えて消えるのと同時に、地上の体も、力なく崩れ落ちる。

 空っぽになった鎧が、乾いた金属音を立てて転がる。

 アギトとマジェスティーナは、セイナの元へと駆け寄っていた。

 これで良い。

 ローション商人と、スライムに詳しい変装の名人の魔法使いの仇であり、セイナに手を出した謎のスライムを、勇者パーティーが連携して倒す。

 これで、どこからどう見ても、一件落着……。


「全員、動くな」


 剣先のように、冷たく、鋭い声が、教会内に、静かに響き渡る。

 同時に、通路の上を、突風が走り、生じた気圧差によって、カーペットを、捲れ上がらせる。

 勇者……ブレイズ・ブレイバー!

 声を上げる間もなかった。

 ダミーを窓に放り投げ、注意をそちらに逸らしている間に、液状化し、カーペットと一体化していた俺は、なすすべなく、風に持ち上げられる。

 『神風の勇者』ブレイズ・ブレイバーは、剣先をこちらに向け、静かに技を呟く。

「ブレイズ・アーツーー『つむじ風』ーー」

 俺を中心として、竜巻が生じる。

 台風とは違い、目が最大の渦中。

 俺は、無数の刃と化した高密度の風に切り刻まれる。

 スライムをミキサーにかけたら、おそらくこんな有様になるのだろう。

 回る視界、バラバラになって遠のく意識の中で、最後に目に入ったのは、

 セイナを抱き抱える戦士、その腰についているポーチに収まった。


 小瓶に入った半透明の液体だった。

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