護衛、同行、なんの因果

「交代の時間だ、後は俺に任せろ」

「え? マジ? 早くない? ラッキー! じゃあ後よろしくね」

「ああ」

 そう言って、足の先から頭の先まで金属板で覆う、プレートアーマーを着こんだ男が、門兵の仕事を引き継ぐ。

 というか俺だ。

 このプレートアーマーは当初から目を付けていた格好だ。

 見えず、脱げず、外骨格として体を外側から支えてくれ、いざというときの戦闘にも向いている。

 しかし、すぐにこの姿になれなかったのには理由がある。

 まず、プレートアーマーを買うための金が必要だったこと。

 正規ルートで門兵になれば国から鎧が支給されるらしいが、試験や面接などで必ず正体が露呈してしまう。だから、鎧持参の非正規ルートで採用を受けた。

 この非正規ルートでの採用は、傭兵崩れのゴロツキや他国からの亡命者が多いようで、下手に素性を聞かれたりしない。国境付近で、国防という危険な任務さえこなせれば、そいつが何者でもいいらしい。例え、人の鎧を被ったスライムでも。

 まあ、流石に正体がバレたらタダでは済まないと思うが、幸い同僚同士の馴れ合いなどはないので、その心配はなさそうだ。

 次に、情報が必要だったこと。『精霊食い』はもちろんのこと、この国や他のモンスターのことも知っておかないと、到底潜入など出来ない。

 この姿だと、外には出歩きやすいが、国内、特に図書館などは行きにくい。間違いなく悪目立ちしてしまう。

 そのため、金と情報をある程度得た今だからこそ、こうしてプレートアーマーで門兵をしていられる。

「おい待てそこのお前、止まれ。行商人か? 交易証と顔を見せろ、よし、通れ」

「そんな適当でいいんですか? 私が悪巧みしているかもしれませんよ?」

「その時はなるべく派手に頼む」

「ええ……? 門兵はまともな仕事につけないロクでなしが多いって聞いたけど、これほどとは……」

 そんなことを言う商人を追い払うように国内へ通し、俺は考え事を再開する。

 これからどう動くか。

 国からの脱出は簡単だ。『待てお前! 怪しい奴め!』などといいいながら地平線に向かって走ればいい。しかし、再度侵入するとなるとそうはいかない。

 なので、国内で済ませる用事はできる限り済ませておきたい。例えば、いずれ障壁になるであろう勇者の実態とか。

 この目で本人を見て、二人もパーティーメンバーと会って話しているのに、『ブレイズ・ブレイバー』という本名、『神風の勇者』という異名、『面食い』という汚名しか知らない。

 あとは、寡黙とか言っていたな。元よりそういう性格なのか、それとも、人に話せないような重大な秘密をいくつも知っているから、迂闊に人と話せないのか。

 知りたい、しかし、聞き出せるような知り合いがいない。 

 変装を変えたことで、アギトやマジェスティーとはもう話せないしな……。

 その時、門を通り、国外に出ようとしている人影を見つける。

 女性一人で、もう日の沈んでいる時刻。非常に怪しい。

 義務的に、形式的に、俺は呼び止めた。

「おい、そこのお前、何者だ。こんな時間に、何をしている」

「はあ⁉︎ 見て分かんない訳? その兜の目は節穴かしら? 勇者パーティーで神官をしているセイナよ、これからレベル上げのためにモンスターを狩りに行くの」

 いた、勇者の知り合い。なんという偶然だろうか。

「……一人で? こんな時間に?」

「そうよ、何か文句ある?」

 文句はないが興味はあった。どうして一人でこの時間なのか?

 納得していないという俺の雰囲気を感じ取ったのか、彼女はその理由をぶっきらぼうに話し始めた。

「私は戦闘向きじゃないって思ってるでしょ? そうよ、私はただの回復役。私だけパーティーの中でレベルが低いの。だけどこのままじゃみんなの足を引っ張っちゃう、だからこうして内緒でレベル上げしてんのよ、これで満足?」

「ああ、理解した」

 ちょっとした嘘をついていることも。

 気にしているのは、みんなの足を引っ張ることではなくて、勇者の足手まといになることだろう?

 健気なもんだ、どうぞご勝手に。

「それじゃ、くれぐれも心配してついてきたり、手助けしたりしないように」

 そう釘を刺し、さっさと行ってしまった。

 俺は同僚に腹痛だと告げ、早く上がったフリをして、こっそり彼女を尾行した。

 絶好のチャンスだ。彼女から勇者の情報を聞き出す。

 例え、多少手荒な真似をしても。

 スライムが拷問にも使えると、身を持って教えてくれよう。


********************


「いや……いやあああ! 誰か! 助けてええええ!」

 目の前で倒れているセイナは、スライムの中に溺れ、悲鳴を上げてもがいていた。

「……」

 ちなみに俺は何もしていない。到着した時には、既にこうなっていた。

 視界が悪いとは言え、戦闘向きじゃないとは言え、スライムに負けるって、流石に弱すぎないか? 

 よくこれまで勇者パーティーの一員としてやって来れたものだ。大方、幼馴染のアギトに、散々介護してもらっていたのだろう。

 セイナは、スライムの大群に埋もれ、沈み、溺れかかっている。

 既にスライム達による消化も始まっており、ただでさえ生地が薄く、防御力の低い修道服に似た衣服が、満遍なく溶かされ、刻々とその布面積を減らしていた。

 着痩せするタイプなのか、こうして見て改めて、『その』大きさが分かった。

 なるほど、これは確かにアギトが夢中にるわけだ。

 流れ出る涙とスライムで顔をぐしゃぐしゃに汚したセイナは、ようやく俺の存在に気付き、声を張り上げて助けを乞う。

「見てないで早く助けてよ!」

「いや、さっき自分で、『手助けしないで』って」

「ごめんなさい強がりました! お願いです、助けて下さい! なんでも言うこと聞きますからぁ!」

 恥も外聞も捨て、そう懇願するセイナだった。

 この女に、プライドはないのだろうか?

 いや、プライドがあるからこそ、危険を承知で一人でレベル上げに来たのだ。

 別に助ける義理はないが、とてもよい言葉を引き出したので、一つ、命の恩を売っておくことにした。

『その女から離れろ』

 俺は、スライムにだけ通じる音で命令を発する。

 しかし、反応はない。そうか、ここにいるのは、言葉を解さない、生まれたてのスライムか。

 であれば、実力行使するしかない。

 俺は、仰向けに倒れたまま身動きが取れないセイナの胸の辺りに手を置く。この期に及んで凄い目で睨みつけられた気するが、気にかけず、そのまま鷲掴みにする。

 そして、自分の体から生成した液体を接着剤に、スライム達を貼り合わせ、セイナの体から一気に引き剥がす。

 まだ『捕食』がうまくできないのだろう、スライム達は、呆気なく取れた。

 このまま殺すのは忍びないので、近くの川に放り投げる。俺みたいに水中での生活に適応すれば、多少は長生きできるだろう。

「立てるか?」

「当然でしょ! 私は……勇者パーティーの一員なのよ!」

 そう言ってセイナは、錫杖を杖代わりに立ち上がるが、膝が大笑いしている。

 錫杖に両手で縋りつき、腰を後ろに突き出している格好は、その淫らな衣服も合わさって、ポールダンスをしているように見えた。あまりに情けない姿に、笑いそうになる。

 俺は、鎧の内側に隠していた、変装用の衣服を彼女に投げる。

「何よこれ」

「勇者パーティーの一員が、そんな格好を見られるわけにはいかないだろう? サイズは大きいと思うが、顔まで隠れ、体型も隠せて好都合だろう」

「そうね、よく分かってるじゃない。その理解力に免じて、あなたの服を、特別に着てあげるわ」

 どうしてそんなに偉そうなのだろうか。まあ一種の自己防衛手段だと思えば可愛いものか。

 服を着終わった彼女に、手を差し伸べる。

「今度は何よ」

「スライムと鉢合わせないルートを通る。暗闇で逸れないように、手を掴んでいろ」

 正体がバレるリスクが上がるため、触られることは極力避けたいのだが、別のスライムと戦闘になることはもっと避けたい。

 俺は精霊の力を手に入れて、全てのスライムを救うことが目的だ。同族狩りは、極力したくない。

「嫌。それにどうしてスライムのいる場所が分かるの?」

「長年門兵をやっていると匂いを覚えるんだ。ん? 今お前の真後ろに超デカいのがいるぞ」

「ひいっ⁉︎」

 セイナは俺の背後に回り込み、抱きつくようにして身を隠す。

 一瞬ドキッとしたが、そこは鎧が暑い場所だと分かり、安心する。

「嘘だ。それじゃあいくぞ、その体勢は歩きにくいからやめてくれ」

「信じられない! 私がどれだけ怖い思いをしたか……ゲフゲフン。いいわ、あなたが勝手にどこか行かないように、手を掴んでやる。

 終始そんな調子のセイナを引っ張って、俺は王国へと、人に見られないルートで戻った。

 彼女の姿を隠すため、という建前で、俺の隠密行動を正当化出来たのは、非常に好都合だった。


********************


「私……借りはすぐに返したいタイプなの……だから、なんでも言いなさい」

「ん?」

 王国内に侵入して、ひと段落ついたところで、彼女から突然そんなことを言われる。

 何を言い出すのかと思えば、なるほど、命からがら叫んでいた『なんでも言うこと聞く』を、しっかりと覚えていたようだ。 

 ならば遠慮なく、彼女の知っている勇者に関する情報を聞いてやろうじゃないか。

 しかし、突然勇者の話題を出すのも不自然だ。それに、この女の抱く特殊な感情を勘定すれば、有益な情報が得られる気がしない。

 となれば、婉曲的に聞かざるおえないな。

「そうだな……君が持ち、普段隠している、人に関する情報に興味がある」

「随分と遠回しに言うのね、意気地なし。……分かったわ、付いてきて」

「ま、待て、勇者パーティに引き合わせるつもりじゃないだろうな」

 こちらの意図を汲み取ってくれるのは話が早く、助かるが、会うのはまずい。戦士と魔法使いには、声を覚えられているのだ。商人から魔法使い、そして門兵への転職は無理がある。

 まあ人間からスライムへの転生ほどではないにしても。

「はあ? そんなことするわけないでしょ? どんな特殊性癖よ。人気の無い場所に移動するの、その方が好都合でしょ」

 なんと、そこまで理解が早いとは。それなら、人に聴かれたくないような話も、存分に聞きことができる。

 しかし特殊性癖とはなんのことだろう? もしや、勇者には特殊な嗜好があるのだろうか。それは知りたく無いんだが。

 俺は暗闇の中、セイナを見失わないように、狭い路地を進む。


********************


 辿り着いたのは、教会だった。

「え? ここは、ちょっと……」

「大丈夫、少し前にモンスターが入り込み、暴れ回ったとかで、今は閉鎖されてるから。中には誰もいないわ」

 入り込んだモンスターは俺のことだが、暴れ回ったのは神父だ。

 何の因果か、俺はその場所に、再び足を踏み入れることになった。

 教会にすっかり意識が向いていたせいだろう。俺は気づけなかった。

 少し前から俺たちを尾行する、一人の人間の存在に。

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