情報、特定、きっと趣味
この世界、本はまだまだ貴重らしい。
俺の、宿に宿泊できる程度のはした金では、ロクな物が買えない。
そのため、図書館に足繁く通うことになった。
幸い、図書館に出入する人間の多くは、全身をローブで包み、大きな帽子を被った魔法使い達だったので、俺の擬態もやり易かった。
勤勉な魔法使いのフリをして、図書館に居座り、本を読み漁る。
怪しまれる要素は、皆無だった。
筈だったのに。
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「あの……隣、良いですか?」
「え? ええ、どうぞ」
いつものごとく、図書館のテーブル席で読書をしていると、一人の魔法使いに声をかけられた。人相は分からないが、声からして女性だ、それも若い。
そして、隣に並んで座られる。
なぜ? 館内はそこまで混んでない。どうしてわざわざ俺の隣を選ぶ?
カモフラージュのために難しい本を山積みして、他人を近寄らせないオーラまで出していたというのに。
まさか……俺の正体を見破った? 魔法の力とかで?
しかし、どうやらそうでないようだ。その女性はそれっきり、何も行動を起こさなかった。
話しかけてすら来なかった。
そのまま閉館の時間になり、一応別れの挨拶だけして、解散した。
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俺はその日、自室でスライム状に戻って布団に潜り、その女性の行動の意味を考えた。しかし、分からなかった。
なので、忘れて眠ることにした。
しかし、何かが引っかかる。あの声、どこかで聞いたことががあるような。
いや、気のせいだな、俺に、若い女の魔法使いの知り合いはいない。
そもそも人間に知り合いなどいない。この前の、戦士の件は、不慮の事故みたいな物だ。
そう、たまたま勇者パーティーのメンバーと出会っただけで……勇者パーティー?
メンバー、魔法使い、若い、女性。
「マジェスティーじゃねーか! あの女!」
ドン! と、隣から壁を叩かれる。それ以上の驚きに、俺は身を跳ねさせていた。
なんでまたよりによって勇者パーティのメンバーに出会うんだ! 誰かの策略か? こうすれば面白くなると思っているのか? ふざけるな! こっちは命がかかってんだぞ!
いや、やっぱり俺の正体を見破っているのか? あの若さにして勇者と行動を共にする魔法使い、相当の実力者じゃないのか?
しかし、幼馴染がいるというだけで仲間になれた女神官とか、下半身で動いている戦士とかがいるからな、あのパーティー。ポンコツ説もありうる。でないと困る。焼かれて終わる。
このまま図書館に通い続けるのは危険か……? しかし、あそこ以上に情報が得られる場所はないし、未だ精霊に関する情報はほとんど得られてないし……。
「そうだ! いいこと思いついた!」
ドン! と、もう一度壁ドンされる。今度は、それに驚いて身を縮ませる。
変装すればいい。いや、元々変装以上のことをしてるんだけど。
服のストックはまだある、そして、俺は取り込む水分量を調整することで、体型も変えられる。
服も体も別人となれば、もう安全だろう。
俺は安心して眠りにつき、翌朝早く、また図書館へと向かった。
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「あ……またお会いしましたね」
「え……あの……どうして俺だと分かっんですか?」
翌日、俺は別の席に座っていた。そして、またもや彼女、マジェスティーに声をかけられた。
声でバレたのか? いいや、昨日はほとんど喋っていない。そもそも今日だって、返事をするまで声を発していない!
黙秘を決め込むべきだった。ちくしょう、なんで素直に返事しちゃったんだ? 心細いのか?
いや、やはり彼女には正体を見破れているのか? だとしたら詰みだ。きっと今頃出入り口は、警備兵によって固められているのだろう。
そうなれば、コイツを人質にとってまで、逃げなければ。
そう思い、帽子と顔に巻いた布の間からマジェスティーを覗き見る。
彼女は、とてもおどおどしていた。明らかに、挙動不審だ。その落ち着きの無さは、俺以上の隠し事をしているんじゃないかと思うほどだった。
「すまません……昨日と全く同じ本を、しかも続きから読んでいましたので……もしかして、同じ人かな、と。その姿は、変装の魔法ですか? 凄い技術です」
「あ、ああ、なるほど、そういうことね、うん、そう、変装。あまり人に見られたくない性分でね」
正体を見破られるより、ある意味怖かった。
昨日並んで座って、読んでいる本のタイトルのみならず、ページまで見られて、覚えられていたとは。
何者なんだ、この女は?
しかし、俺を完全に魔法使いだと思い込んでくれたのは好都合だ。多少変な挙動をしても、事故で素肌を見られても、『魔法』といえば片付くのだから。素晴らしい、魔法、万歳。
で、声をかけた目的は?
「私もです! 私、目立ちたくないんです。なのに、勇者パーティーに引き入れられて、嫌でも注目を集めて……あ、自己紹介がまだでしたね、私、マジェスティー・マギカと言います。勇者パーティで魔法使いをしています」
「うん、知ってる」
彼女はどうやら、俺の変装魔法(という名の力技の擬態)に興味を示していたらしい。
それれ2安心してか、反射的に応えてしまったここに激しく後悔する。
彼女を知ってることにしちゃダメじゃん!
魔法使いのフリはできても、知り合いのフリはできないぞ!
そう思ったが、その心配は無用だった。
「ですよね……やっぱり私、すっかり有名人ですよね……」
マジェスティーは顔を伏せ、分かりやすく落ち込む。
帽子によって顔が完全に隠れたことで、俺はようやく思い至った。
どうして昨日、すぐに、彼女が草原で出会ったマジェスティーだと気づけなかったのか。
あの時とは、衣装が全く違う。つまり彼女は、彼女もまた、変装しているのだ。
自分が、有名人である、勇者パーティーのマジェスティーだとバレないように。
見つかりたくない、シンパシー。
俺の、周りの目を気にする挙動が、暗に彼女に伝わり、共感を得たのだろうか。
なんだ、戦士の時と同じじゃないか。
案外俺が勇者パーティーに入ったら、上手くやれるのかな? なんてことを裏では思いながら。
俺は彼女と会話を続け、ちゃっかり精霊の情報を聞き出すつもりだった。
「スロボロウさんは、精霊について研究していらっしゃるのですね……確かに、精霊達の持つ能力の魔法による再現は、多くの魔法使いの悲願でもありますからね」
「そうなんだよ、マジェスティーさん、君は精霊の力を得ることってできると思う?」
「できると思います。ですが、それは禁忌、許されることではない」
「そうだよな……『精霊喰い』のように」
「え? 『精霊喰い』をご存知なんですか⁉︎」
「あれ? 有名じゃないの……?」
「あまりにも内容がショッキングなため、国によって一般人には存在が秘匿されているんですよ。私も名前くらいしか知りません。お願いします! 私にもそのまま『精霊喰い』の情報を教えて下さい、対価として、こちらも知っていることをなんでも教えますから!」
「ええ……知って大丈夫? 国に口止めとして殺されたりしない?」
「何言ってるんですか、そんなの……覚悟の上です、全ては、魔法を極めるため、命なんて安いものです」
その彼女の気迫に、すっかり押されてしまった。
俺は、長老の持つ知識を披露した。すると彼女は目を輝かせて食いついた。
そしてすっかり心を許した彼女は、精霊についての、おそらくそれもおいそれと人に伝えてはいけないであろう情報を、話しれくれた。
「彼らの本体は地の果てに住んんでると言われています。私たちの前に姿を表すこともありますが、それは『妖精』という、彼らの生み出した分身に過ぎません」
「えっと、分身は当然複数いるとして、その本体の精霊ってどのくらいの数がいるの?」
「自然の数だけ存在しているそうです」
「無数にいるんだ……それなら多少食べても影響なさそうだけど、なんてね」
「彼らは自然の守護者、あるいは化身とも呼ばれています。『自然』そのものの消滅が他の生物に及ぼす影響は計り知れません、それに、一番の問題は、そのスライムが、精霊の住む場所にたどり着いたことだと思います」
「確かに、手当たり次第に食い尽くしたりはしなかったのか」
となると、その『精霊喰い』の目的は、やはり俺と同じ。
スライムに、自然から直接力を得る能力を付与すること。
自然の無闇な消滅は望んでいないのか。
しかし……精霊を喰うこと以前に、探し、見つけ出すのに骨が折れそうだ。今なら骨もあるのだ、他人のだけど。
「勇者でも分からないのか? 精霊のいる場所」
「分からないかどうかが、分かりません。元より寡黙な方ですし、仮に知っていても、人に話したりしないでしょう」
「うーん手がかりなしか……」
「すみません、お役に立てなくて」
「いやいや、それだけ見つけるのが難しいってことが分かっただけでも十分だよ。それで、マジェスティーさん、君は……俺に何か話したいことがあるんじゃないか?」
「え……?」
なんて、メンタリストさながらのコールドリーディングを披露したが、これにはちゃんと、目的と理由と根拠がある。
目的は話題を変えるため。その理由は、俺が精霊を追い求めているという印象を薄めるためだ。こう彼女に目をつけられては、今後この格好で動きにくくなる。
そして、彼女が何かを抱えていると思った根拠は、当初の挙動不審な態度もさることながら、勇者パーティー関連の話題を避けている気配があったからだ。
自分が有名にになった元凶だから? それならそれで、愚痴の一つや二つも出そうなものだ。
俺はそこに、深く触れられたくない何かがあると、まあ、適当に予想した。
結果、大当たりしてしまった。話題を変える、どころか、話題に巻き込まれた。
「そうなんです、実はずっと悩んでいることがあって……私の周りの人には話せない、勇者パーティーの人には、絶対に」
予感がする。多分、戦士と、似た感じの、ドロっとしたやつだ。
「人間関係……とか?」
人間の悩みのほとんどはそれだと思う。これまたコールドリーディング。
「はい、アギト・アックスってご存知ですか? 男の戦士の」
「ああ、知っている」
怪しげな商人からローションを買い占め、好意を寄せいている幼馴染みと、夜な夜な行為に及んでいる。などという、当事者以外知り得ないことも知っている。
まさか、そいつからのセクハラだろうか? あり得そうだ、いい薬が手に入ったとかなんとかで。マジェスティー、押しに弱そうだしなぁ……。マジかよアギト、最低だな。
「実は……彼のことが好きなんです」
「やめとけ」
「え?」
「あ、いやその……聞いた話では、アギトは女神官のセイナにぞっこんだとか……なんとか」
「ええ、知っています。彼女に気があることも、その、あの、関係を持っていることも……でも私、どうしても彼に振り向いて欲しくて」
うっっっっわぁ……。
勇者パーティー、ドロドロどころが、デロデロになって一つになりそうだった。
魔法使いは戦士に、戦士は女神官に、女神官は勇者に惚れていて、戦士と女神官は幼馴染で肉体関係を持っていると。そして魔法使いはそれを知っていると。
「私は勇者様からスカストされたんです。実は彼の『求め』に応えてしまったこともあって、でも私の心は勇者の親友であるアギトに向いていて。勇者様とセイナさん二人にも申し訳が立ちません」
待て、ややこしくするな!
え? 一周した? セイナが求める勇者は、魔法使いを求めている?
しかしその勇者と戦士は幼馴染?
そして『求め』に応えるって、つまり肉体関係を結んだってこと?
最早、精霊の存在以上に、勇者パーティーが崩壊しないことが不思議だった。
「……なるほど、大変なんだね」
俺のできた相槌は、情けないことに、それが限界だった。
「それで、アギトにどうすれば振り向いてもらえるか? セイナにあって私にないものは何か? って考えて、思い至ったんです。おっぱいだって」
「何だって?」
その後しばらく彼女の愚痴を話半分右から左に聞き流していたのだが、そのワードは聞き捨てならなかった。
「アギトさんはセイナさんのおっぱいに惚れ込んでいるに違いありません、だから、私も彼女と同格のおっぱいでアピールすれば、戦える」
戦士といいコイツといい、人を外見で判断しすぎではないか? 彼女に至っては、外見どころか読んでいる本て識別しやがったからな。
セイナも勇者に一目惚れしていなかったか? これで、勇者が魔法使いをスカウトした決め手が見た目だったら完璧だな。
ああいや、まだ確認していないことがあった。
「ええと……その結論に至る前に、君はアギトのどこに惹かれたのかな?」
「分厚い胸板です」
「ああはい結構です」
面食いどころか表面食いだな。スライムは内面までしっかり喰うと言うのに。
「だから私も釣り合うように、大きなおっぱいを手に入れたい、いいえ、胸に入れたいんです! そこで、あなたの変装魔法を伝授していただけないでしょうか? それほどの体格の変化、胸を盛るくらい造作もないはずです!」
まさか、最終的にはそのお願いをするために、変装した俺に声をかけたのか? だとしたら相当計算高い。その計算を別のところに使え。
確かにスライムの能力を持ってすれば造作もない、逆に凹ませることもだってできる。しかし、俺にはその必要性がない。
そして、彼女の体を操作できるものではない。
「一つ確認したい、本当におっぱいの大きさが、アギトの向ける愛情の大きさになっているんだな?」
「はい、私とセイナさんの間にはそれほどの驚異的な差があります。セイナさんは日頃から目立つ格好をしていますから大体大きさの予想はできると思います。どうぞ、触って、私と比べて下さい」
「いや、触りはしないよ」
スライムだってバレるから。
「ではご覧になって下さい」
「落ち着いて下さい」
本当に脱ごうとした彼女を止める。ここ、図書館。
「え? 触りも見もしないで大きくできるんですか⁉︎ 流石です! 『精霊喰い』を含め、スライムの知識も深い、あたなはまさに大魔法使いです!」
「え? えっと……」
アレ? いつ依頼を引き受けたことになったんだ……?
今更断れる雰囲気じゃない。しかし、これ以上関わって恩を売るのも、貸しを作るもの、今後の活動に支障をきたしそうだ。
援助できる、ギリギリのラインで落とし前をつけよう。
「ちょっと待っていてくれ、今、良いものを作ってくる」
「……? はい」
そう言って俺席を立ち、トイレの個室に籠ると、余分な腹の一部を千切り、整形する。
形、大きさ、そして感触。布越しであれば、これで十分騙せるだろう。
内食わぬ顔で彼女の元に戻り、二つの柔らかい半球状の物体を差し出す。
「なんですか? これ、スライムみたいで気持ち悪い……あ、でもこの形って、もしかして」
「そう、偽乳だ。この前『買った』スライムを加工して作った。色は再現できなかったが、肌に張り付き、ある程度形を変えられるようにできている。服の上からなら、本物と見分けがつかないだろう」
「なるほど! 確かに持って見ても、す、すごい出来です。ずしりとした重みに、ポヨンとした弾力……見分けどころか、触っても遜色、いえ、私のオリジナル以上の感触です!」
「それなら良かった。是非、役立ててくれ」
「はい! ありがとうございます! そうだ、素顔をまだお見せしていませんでしたね……」
そう言ってマジェスティーは、深く被った三角帽子のつばを押し上げて見せる。
その後、俺の顔を見せるような流れになったが、適当な理由をつけて回避し、解散した。
********************
俺は宿泊場所に戻り、受け取ったお礼の金を金を机に置いて布団に倒れ込んんだ。
疲れた、大変な一日だった。情報のためとはいえ、自分を偉大な魔法使いと偽るのは流石に骨が折れる(しかもそろそろ腐敗が始まってきている、代わりを見つけなければ)。
しかし、予想外の情報も得ることができた。マジェスティーナの素顔を見て、確信した。
戦士が本当におっぱい星人かどうかは分からないが、勇者は恐らく面食いである。
少なくとも俺の価値基準では、彼女の顔立ちは、女神官よりも、遥かに可愛かった。
実は勇者パーティーの一員となる以前から、その美貌により、十分有名だったのではないかと予想する。
いつどこで誰に、どう見られているかを全て把握するのは不可能だ。
俺も、魔法使いへの擬態は今日までにしようと思う。
同じ格好で、同じ場所にいるだけで、命取りになりかねないのだ。
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