密売、密会、とても不純

 俺の商売は密かに繁盛した。

 自身の体の一部を切り出し、ペースト状の液体へと変化させ、瓶に詰める。

 硬度、粘度を変化させ、バリエーション増やす。

 それだけで、この国、いや、おそらくこの時代唯一にして随一のローションの出来上がりだ。

 この時代の人間でも、その使用目的を即座に汲み取り、俺の存在は秘匿された。

 一方で、口コミにより噂が広がり、聞きつけた客によって店は繁盛した。

 こんなに上手く行くとは。正直、この格好でのこの活動は、試験的な意味合いが強かった。

 身分を問われることなく、すでに怪しいため過度に怪しまれることなく、ある日消えても特に違和感を与えない。

 ローションを売る行商人は、王国内潜伏のためのいい隠れ蓑だった。

 とは言え、まさか、あの男が客として来るとは、予想だにしていなかった。



「オススメを一つくれ」

 時刻は深夜、病的なまでに周りの目を気にしながら、ソコソコと買う客がいた。

 いやまあ、この店に来る連中は大抵そうなのだが、この男の場合、姿を見られたくない事情が、単なる羞恥に止まらない。

「はい、毎度あり……」

「なあ、頼むから俺がここに買いに来てるって噂は流さないでくれよ……?」

「はあ、私はあなたを存じ上げませんが、有名な方なのですか?」

「そうか、お前、他国の行商人か。なら安心だ……。いや、なんでもない、これからもよろしく頼むよ!」

「それはどうも」

 お前が良くても、こちらが安心できたものではない。

 その男は、俺の見間違いでなければ、勇者パーティーの一員、戦士の男。名前は……アギトとか言ったか? だった。

 王国内で英雄扱いされ、偶像化、下手すると神格化されているような人物が、こんな、用途が一つしかない道具を買っているところを見られたくない気持ちは理解できる。

 そんな男が、夜な夜な相手に困ることがないのも、想像できる。

 全く羨ましいことで。


 それからというもの、アギトはほとんど毎晩のように、次から次へと、全種類試すように買っていった。

 よほどの色好をなのか、それとも単なる物好きなのか。

 どちらにしても、俺としてはあまり好ましくない常連客だった。 

 ただでさえ、身バレの危険があるから、固定の客がついて欲しくない。

 なのにアギトは、同じ心境のはずなのに、いや、だからこそなのか。

 全集類制覇する頃には、すっかり俺に気を許していた。


「実は俺、好きな女がいるんだ……同じパーティーで神官をしている、セイナって子なんだけど」

「……」 

 俺は、ついうっかり吹き出しそうになるのを堪える。

 おいおい、勇者パーティ内で恋愛かよ。

 大丈夫なのか? いやでも、釣り合う相手ってそれぐらいしか居ないのか? いまいち勇者パーティーの身分というかが分からない。国王の許可を得てモンスター討伐の任務に当たる、国家公務員専門職みたいなイメージなのだが。まあ、今はどうでもいいか。

 今は、アギトの突然始めた恋バナを最後まで聞くとしよう。いずれ、戦うことになるかもしれないし。弱点とか、んー、この情報だけで弱点になりそうだが、知っておいて損はない。

 あんまり得も無さそうだけど

「幼馴染でさ……勇者パーティーに引き入れなのも俺なんだ、一緒にいたくて」

「純愛ですなあ」

 そんな簡単になれるのかよ、勇者パーティー。やっぱ公務員と違うのか?

「けど、彼女が勇者パーティーに入った目的は俺じゃない。ブレイズ・ブレイバー。『神風の勇者』に近づくため……いや、アイツと結ばれるためだ」

 ドロドロしてきたな。スライムみたいに。

「俺なんかじゃアイツに敵わないって分かってる、それでも、セイナを手にする夢を叶えたいって思ってる」

「それで……どうしてローションをしこたま買うんです? まさか、実力行使に及ぶつもりでは?」

 実力行使というか、実力行為というか。勇者パーティーで強姦事件など、国家レベルの問題になりそうだ。

「人聞きが悪いな……同意の上でしているよ」

「ああそれなら……同意の上? 誰と?」

「彼女と」

「彼女とは?」

「セイナに決まっているだろう」

 はあ⁉︎ え? おま、え? 

 何? もう既に肉体関係まで発展してるの? 

「でも、彼女の体は手に入っても、心は手に入らない。俺を見てないんだ。まるで、俺を勇者の代わりの道具のように見ている……そんな気がするんだ」

 純愛じゃないじゃん。

 大丈夫か? 勇者パーティー。亀裂の入った薄氷より脆そうな関係性だぞ。

 まて、まだ話が繋がってないぞ。

「それで……どうしてローションを」

「ああ、このままでは彼女は永遠に手に入らない、だから、もっと気持ち良くさせて、俺に意識を向けさせるんだ!」

 そんな手段で大丈夫か? 心の問題を肉体で解決するより、もっといい方法があるんじゃないのか?

「だから頼む! 俺にとっておきのローションを調合してくれ!」

 素直に伝えるべきか? もうやめなさいと。

 第一、道具に頼っていても、お前の力にはならないんじゃないか? 彼女の中での優先順位が、

 お前<ローション<勇者

 になるだけじゃないのか?

 しかし、そんな気を効かせる義理はない。迷走するだけしてもらって、内部からパーティーが崩壊するなら結構、お前が潰れるのも結構、改心して、俺と手を切るのが理想。

 いいぜ、スペシャルなやつを調合してやるよ。

「まだ試作品の段階なので、効果や安全性に難がありまが……よろしいですか?」

「ああ、最近マンネリ化してきててな、刺激の強いやつがいい……これは?」

 マンネリ化って、そりゃ毎日してたらなぁ。

 アギトは、赤い液体の入った小瓶を、傾けながらしげしげと眺める。

「ほんの少し、香辛料を混ぜ込んでみました。ピリッとした刺激と、発汗作用、血行促進が期待できますよ」

「ほほう……? ついでに舐めた時、味もするしな」

「……」

 凛々しい顔でキツい下ネタをさらりと言うな。

「ありがとう! 相談事を聞いてくれて、俺のために、こんなものまで調合してくれて……お前はもう親友だ! そうだ、顔くらい見せてくれよ」

「ええ……あなたのご尊顔の前で披露できるような物ではありませんよ、それにもうすぐ別の常連客が来る時間ですよ。素顔は、また次の機会に」

「おっと、それはいけねえ。じゃあまた今度な! 約束だからな!」

「ええ、毎度ありー」

 俺は走り去っていくアギトの姿を眺めた。

 親友……か。果たして、俺の本当の姿を前にしても、同じ言葉が出て来るかな?

 ともあれ、その日を最後に、俺は永遠に店仕舞いをすることに決めた。

 金は十分手に入った。これを元手に、服を買って、本を買って、泊まる場所を確保しよう。

 全ては、精霊の情報を得るためだ。

 それに、特定の人間、しかも勇者パーティーと親しくなるのはあまりにも危険すぎる。

 メメント・モリ。死を忘れるなかれ。

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