蕾を握り潰す
遊月奈喩多
第1話 光はもう途絶えて
その日は、昼前からひどい雨が降り続いていた。少し頭が痛くて、気分もなんとなく優れなくて……そのうえ胸のなかに積もっている焦りやモヤモヤもそろそろ限界に達しようとしていた。
そういう気分のままでいたせいで最初は何かの嫌がらせなのかと思ってしまったが、すぐにそんなはずはないと思い直した。
だってこの子はそんな意地の悪い子じゃない。どこまでも素直で純粋で、嘘なんてつけなくて、笑顔が眩しくて、人懐っこくて、わたしの言うことならなんでも信じてくれるような……そんな太陽みたいな子だったんだもの。
だから、ほら、起きて?
今日はあなたの大好きなシュークリーム買ってきたんだよ、今日はいつもみたいにちょっとだけじゃなくていっぱいなんだよ? だから……ねぇ。
* * * * * * *
初めてその子を見たのは、春の公園だった。
風に舞う桜の花びらをぼうっと見上げていた彼女は、わたしに気付くと『こんにちは、おねーさん!』と笑いかけてきた。
信じられる? この誰も彼も信用ならないご時世に、まったく知らない大人であるはずのわたしに屈託のない笑顔を向けてきて、挨拶までしてきてくれたのだ。誰も彼も信用できなくて、信じていた人もあっさり裏切ってくるようなこのご時世に……。
『わぁ、おねーさんどーしたの!? どこか痛いの!?』
『え……、』
彼女の言葉でわたしは自分が泣いていたことに気付いて。頭を撫でてくれた温かさに心の中の何かが壊れたような気がして、まるで彼女よりも小さな子みたいに泣きじゃくってしまっていた。
『泣いちゃってもいいんだよ、おねーさん。よしよししてあげる、いっぱい泣くとね、ちょっとすっきりするんだよ? だからおねーさんも、泣いちゃっていいよ。いっしょにいてあげるからね』
舌足らずな幼い声が、胸に沁みた。そして彼女は言葉通りそのままわたしの頭を撫でながら優しく、優しく声をかけて続けてくれていた。そんな出会いが、わたしの心に深く食い込んで離れなくて……たぶんわたしは
その女の子とは、それからもたびたび会うことがあった。
彼女はいつもとても明るい笑顔でわたしを受け入れてくれた。家族の話をしていたり、家のテレビで見た番組の話をしていたりする彼女は本当に愛らしくて、だからこそ、少しその服装がみすぼらしいのが気にはなっていた。あと、詳しい年齢はわからなかったけど、どんな日どんな時間に行ってもその場所にいるのはどうしてなのだろう、とも。
なんとなく……
――あんたって手ばっかりかかってほんと邪魔
――あんたがいるせいであたしがどんだけ苦労してると思ってるの?
――はいはい全部あたしの責任あたしの責任
――もうさ、いなくなればいいのに
振り切ったつもりの過去が、その女の子を見ていると甦ってくる。それが痛くて、
聞けばなんでも教えてくれそうだったけど、どこか踏み込みきれない日々が続いたあるとき、それは訪れた。
『は? なんで勝手に外出てるわけ?』
どこか疲れたような雰囲気のある人だった――そう思った途端、その女性はいきなり女の子の頬を力強く叩いたのだ!
唖然として見つめるわたしの前で目に涙を滲ませる女の子。その様子に少しギョッとしてから、女性は膝を曲げて、『さ、帰ろう? お外は危ないからね』とわたしを睨みつけた。そしてそのままわたしに歩み寄ってきて。
『うちの子が迷惑かけませんでした? この子しつこいから、捕まって大変だったでしょう。ごめんなさいね』
時折
それから、彼女が公園に姿を見せることはなくなってしまった。
だから、わたしは。
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