2章3話 暖かい食卓
とりあえずウルを中に入れ次第、手足に洗浄をかけておく。折角のテントだから綺麗に扱いたいからね。スリッパとかも履かせるべきか、一瞬だけ考えたけど狼に履かせるスリッパはさすがに無かった。
中を見て驚いている間に風呂のボタンを押してからウルを上まで呼ぶ。勇者戦の時とは打って変わってトコトコ歩く姿がとても愛らしい。ステータスを見たら雌って書かれていたから人だったら間違いなく美少女だっただろう。
「今、お風呂を沸かしているから一緒に入ろう」
「ワフッ!」
「あ、はは、くすぐったいよ」
すっごく嬉しかったのか、飛びついて顔を舐めてきた。何だろう、ウル相手だったらウザったいよりも愛らしさが勝つから嬉しいな。……ただ、ウルが雌って言う時点で一緒に風呂に入っていいのか少しだけ疑問に思ってしまった。まぁ、ペットと一緒に風呂に入るだけだし問題無いか。
うーん、風呂が湧くまでどうしようかな。
特にやりたい事も無いし……ウルも疲れているようだから飯を先に食べるか。飯を炊いている時間は無いから肉を焼くだけでも悪くないかな。後は軽く野菜でも切っておくとか。
「おっし、ここで待っていて」
「グルゥ?」
「うん、少しだけやりたい事があるんだ」
食卓の近くでウルを座らせておく。
その前に折り畳み式の大きなテーブルを置いてキッチンへ戻った。肉を焼く程度なら短時間で終わるだろうし、野菜炒めは俺が食いたいだけだから軽くでいい。別に生で食えないわけでもないからね。
って事で、野菜を軽く洗ってから切る。
レタスともやし、そして人参だ。そこに椎茸を切っておいて……その間にフライパンにバターを落としておく。最初に人参ともやしを入れて軽く炒めてから椎茸を入れる。椎茸に火が通った辺りでレタスを入れて少しだけ強火で炒めて……塩コショウをかければ完成だ。
これを大皿に移してから倉庫から極上こんがり霜降り肉を出す。説明で見たら生でも食べられるらしいけど怖いから火は通しておこう。……油は肉が持っているだろうし、さっきのフライパンを使えば要らなさそうだ。バターの残りが薄くだけど付いているし。
ってな訳で、肉をステーキサイズに切っていく。骨付きのままだと焼くのが大変だからね。これも時短の一種だよ。骨付きのままマンガ肉のように味わいたい気持ちはあるけど今じゃない。
切り次第、フライパンに乗せていく。
一回で三枚は焼けるかな。その上から塩コショウを振って蓋を置いておく。これで多少は火が強くても焦げにくくなるはずだ。ある程度、火が通ったら焼き目を付けていけばいいし。
その間に肉を切って……おし、終わりだ。
後は全部、焼けば終わりだ。ウルもお腹が空いているだろうし焼いている肉は出してやるか。見た感じ焦げ目が付いていないだけで焼き切れていそうだからね。……油を引く前よりもフライパンに油があるのは気のせいじゃないよな。このまま揚げれそうな気がするんだけど。
「ほら、好きに食べな」
「グルゥ! ワフッ!」
「おー、よしよし。嬉しいのは分かったからゆっくり食べなよ」
大皿に肉を移して渡したら喜んでいた。
それで俺の顔を舐め始めるのはどうかと思うけど可愛いから許す。菜奈の時もそうだったけど可愛いはやはり正義だよ。……まぁ、勇者が可愛かったとしても許していなかっただろうけどね。何があろうと背後からの一撃はさすがに許せんよ。さすが勇者汚い。
ウルが食べている音を聞きながら肉を焼いて、塩コショウの肉と醤油で味付けた肉を分けておく。どちらを取っても間違いなく美味しいからね。ましてや、出してみて分かったけど極上こんがり霜降り肉って馬鹿みたいに大きかったからさ。俺もウルも満足いくんじゃないかな。
塩コショウからテーブルの上に置いて……って、ウルの目が獲物を狩るようなものになっている。まさかとは思うけど勝手に食い始めないよな。
「ウル、少しだけ待てよ」
「……グルゥ……」
「一緒に食べようってだけだよ。まだまだあるから出すまで待ってってだけ」
アレで終わりだと思ってしまったのか。
そんなわけないでしょうに。アレだけの量を俺が食えるわけもない。ただ単に一緒にゆっくり食べたいだけだ。……ただ、取り分けはさせてもらうけどね。
「おし、じゃあ、次はこれを食べてみて」
「グルゥ?」
「うん、違う味付けの肉だよ」
一枚だけ醤油焼き肉を出しておいた。
塩コショウでもアレだけウルが魅了されたんだ。恐らく醤油になるともっと目の色を変えるぞ。
「ハフゥーンッ!」
「はは、美味しかったかい」
「ガウッ!」
美味しさに悶絶していた。
この子って本当に可愛いな。それに面白いとなれば従魔になってくれて良かったって思えてくる。強くて可愛くて面白くて優しい……これは優良物件ですね。菜奈がいなかったら魅了されていたよ。
「じゃあ、これがウルの分ね。こっちが醤油、こっちが塩コショウ」
「グルゥ?」
「これは野菜炒めだよ。食べたかった?」
「ガウッ!」
へー、野菜は食わないと思ったんだけどな。
意外とウルは色んな物を食べたいらしい。もしかしたら魔物だからなのかな。いや、変異種だからって可能性もある。……まぁ、好き嫌いをされるよりはマシかな。
「これだけでいいなら食べていいよ」
「……グルゥ?」
「うん、さすがにアレだけの量は食べられないからね。ウルが食べたいのなら幾らでも食べていいよ」
七割くらい渡したせいで心配されてしまった。
と言っても、野菜炒めの大半は俺の皿に残っているし、油の多い肉は起きたての俺には重そうだからね。ウルが食べたいのなら別にあげない理由は無い。
「気にするな、俺の従魔だろ」
「ガウッ!」
「食った分だけ働いてくれればそれでいいさ。俺一人じゃできない事をウルにも手伝ってもらうんだからな」
今はまだ洞窟から出る予定は無い。
もちろん、早めに王城に戻って菜奈を助けたいけど今の俺じゃ力不足だからね。王城に行くという事は勇者と会うという事、加えて兵士達と戦闘になる可能性もある。グラン程の強さを持つ兵士がいないとは限らないから強くなるに超した事は無いはずだ。
「うーん、美味しいね!」
「ガウッ!」
これはウルが魅了されるわけだ。
口に入れた瞬間に消えていくような感覚、大トロとかを食べた時によく聞くような感覚がある。でも、それで食べた気にならないかって言われたらそうでは無い。難しいんだけど食べているけど食べていないみたいな感じなんだよな。
そこに醤油の香ばしい風味が重なって塩味がその後に襲ってくる。これで日本酒でも飲んだ日には幸福感から笑顔が漏れてしまうんじゃないかな。塩コショウでも美味いのに醤油でも美味しい。この後に野菜炒めを食べると口の中の油を中和させてくれるから……これは最高の組み合わせだ。
「……城での飯より美味いな」
「ガウッ! ガウッ!」
「はは、良いんだよ。肉ならきっと出そうと思えば出せるからさ。また出たら食おうな」
こういうのは一人で食べるべきでは無い。
好きな人だったり、気を許した相手と食べるからこそ、こうやって何十倍の旨味として味わう事ができる。別にそういうところでの欲とかは無いからねぇ。有っても菜奈とかを独占したい欲くらいかな。
黙々とウルと一緒にご飯を食べた。
途中で風呂が沸いた音が鳴ったけどウルは気が付いていないみたいだ。それだけ肉が美味しかったんだろうね。命をかけて戦ってくれたんだから良い御褒美になったんじゃないかな。もちろん、こんなのを渡さなくてもウルは俺に付いてきてくれると思うけどさ。
「アゥーン!」
「はは、美味しかったね」
さすがに食べ過ぎたのか、俺の目で見ても分かるくらい大きな欠伸をしていた。こういう姿を見せてくれるって事は気を許してくれているって事なのかな。軽く頭を撫でてから空いた皿達を下げておく。
このまま洗ってもいいけど……まぁ、生活魔法があるから洗わなくてもいいかな。食事の時間で魔力もそれなりに回復したし。それに風呂から上がったらどうせ寝るからね。残しておいても意味は無い。
「洗浄」
一言で皿に付いた汚れが消えるんだ。
本当に魔法ってすごいんだね。……固有スキルがガチャで良かったよ。そうじゃなかったら、こうやってウルと楽しくいられなかった。もちろん、菜奈と仲良くなる事もできなかっただろう。
「ウル! 風呂に入るぞ!」
「ガウッ!」
さっさと風呂に入って寝ますかぁ。
中に大きな風呂だったり、サウナもあるらしいからきっと楽しいはずだ。冷蔵庫を確認した時にコーヒー牛乳も見つけていたし上がったら飲むか。ウルには牛乳をあげればいいだろうし。
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