2章4話 大きな決意

 とりあえず男湯の暖簾を上げて中に入る。

 ウルも気にせずに入ってきたから一応、パンツだけ脱がないで先に風呂場に向かった。若干、ウルが悲しそうな顔をしていたけど何か理由でもあるのかな。もしかして……ウルはブリーフ派なのか。


 悪いけど俺は昔からトランクス派だ。

 ブリーフなんてモッサリするだけだし、股間の形が浮き上がるしで良い事なんて無いだろ。……まぁ、昔の記憶なんて少しも無いんですけど。ただブリーフを履きたいという気持ちには少しもならないな。これで分かる事は俺の前世は将軍では無かった事だけだ。


 というか、今更だけどウルにも服とかがあるべきなのだろうか。それこそ、最近のペットには服を着せるものだと聞く。……いや、実物は知らないけど菜奈と話をしていた時に嬉しそうに動物談義をされたからな。雌となれば尚更、見た目には気を付けた方が良いかもしれない。


 ここは一発、ウルの服狙いでガチャを……いや、それは今いる場所や状況を整理してから決める事だ。こういう時に何も考えず本能のまま動くのは確実に首を絞める結果になってしまう。それに服を着せてしまったらウルのモフモフを楽しめなくなっちゃうだろうが。そんな死活問題を許せるわけもない。


「うーうん……やはり、モフモフ。モフモフは全てを解決する」

「……ガゥ?」

「あ、もちろん、ウルの良さはモフモフだけじゃないよ。ただモフモフがある事によって魅力が何十倍にも引き上がるだけさ。本当だよ、うん」


 抱き締めながら何を言っているのか、と自分でも思ってしまうが事実だ。モフモフが無ければウルでは無いかと聞かれれば答えはノーだし、そしてイエスでもある。両立しているからこそ、このウルの愛らしさが一際目立つんだ。


「そ、そんな事はどうでもいいだろ。今は温泉を楽しもうじゃないか」

「グルゥ……」


 そんな訝しむ目を向けなくても……。

 まぁ、俺からすればウルの魅力がどうとかはどうでもいい話だからね。一緒にいるうちに良さを延々と語っていくつもりだから勘違いされたとしても挽回できるチャンスは多くある。


 だから、今は適当に流して……この日本人の心でもある風呂を楽しむだけだ。いや、日本人の心というのは少し語弊があるか。こういうのは一人ではなく誰かと楽しむからよく感じるんだ。ウルがいる手前、そうやって言い訳をしておこう。


 本来なら先に体に湯でもかけるのが正しいのだろうけど、生憎と既に生活魔法で体を清くしたばかりだ。先に体を洗えと文句を言うオジサンも周囲にはいないだろうから……。


「ウェーイ!」

「アウッ!」


 ここは本能に任せて大きな浴槽に飛び込む。

 プールみたいに深くは無いせいで軽く腰を打ったけど、何となく子供が飛び込みたい気持ちが分かったな。これは確かに癖になる何かがある気がしてしまう。背徳感というか……少なくともサウナに狂った爺に文句を言わせる価値はある代物だ。本当にいるのかは知らんけど。


 そのまま壁に背を付けてウルを引き寄せる。

 いつものフワフワとした感触は無い。それでもウル本来の柔らかさを味わえて個人的には好みな、いや、大好きな感触だ。やっぱり、温泉というのは一人で入るものではないんだろうな。




「……グルゥ?」

「ううん、なんでもないよ」


 心配そうに顔を見上げてきた。

 大丈夫、ただ温かい湯に浸かって思い出してしまっただけだ。城に残してしまった菜奈、そしてウルと一緒に戦った新島との殺し合い……どちらにも大きな後悔が残っている。




 一人で大丈夫なのだろうか……。


 手を取っていたらどうなっていたのか……。


 もちろん、後者は勘が否定したから良い方向には進まなかったのだろう。それでも最後に見せたアイツの顔は少しだけ……本当に少しだけだけど信じても良いような気がした。もしかしたらアイツも俺と一緒で心の中では孤独を感じていて……。




 きっと菜奈と出会えなかった俺がアイツなんだ。

 女遊びをする、ウルを半殺しにする、池田を肯定する、俺を殺す……言葉だけなら役満、プラスの感情も湧かないほどに甚だしい嫌悪感が芽生えるけれど……どうしてか、憎めはしないんだよな。どこかで心の底から信用できる人に助けて貰えれば結果は変わっていたのではないかと思ってしまう。……でも、池田を肯定するのは確実にダメだな。


「……暖かいな」

「グルゥ!」

「うん、ウルのおかげだよ。一人なら確実に味わえなかった感情だ」


 俺は生きている、五感が働いている。

 これは生きている事の大きな証明だ。あの時にウルという掛け替えのない勝利への一手が引けなければ味わえなかった……そして、こうやって独りを感じずに済んだ大切な存在でもある。


 もう少しだけボーッとしていたい。

 そんな感情も湧いてくる。……だけど、そんな事が許される程の余裕は今の俺に無い。俺が動かないでいれば菜奈が、グランが……勇者達によって嫌な目に遭うんだ。


「……ウル、俺はさ。本音を言うと……少しだけ、本当に少しだけ世界征服と聞いて胸が跳ねたんだ」

「ガルル……」

「うん、別にアイツに感化されたわけじゃないよ。それでも俺が望む世界って……もしかしたら敵を多く作るものなのかもしれない。それを未然に回避できるのなら大義を掲げた方が楽なのかなって思ったんだ」


 菜奈を守りたいっていう強い気持ち。

 恐らく俺の記憶が無くなった事と関係が無く、菜奈に対しての何かが俺にとっては大きな地雷になっているんだろう。だから……どうしてもあの子を守りたいって気持ちが先行してしまう。


「でも、俺はこうやって微かな幸せを楽しむ日々を味わいたいんだ。やっぱり、俺程度には世界なんて大きなものは身に余っちゃうよ」


 菜奈がいて、ウルがいて……もしかしたら他にもたくさんの仲間ができるかもしれない。その人達と楽しい生活を送りたいだけ……そこに世界がどうとかの面倒な理由は要らないよな。やはり、俺と新島は相入れそうに無いや。


 世界なんて面倒だし邪魔なだけだ。

 名誉も名声も要らない、俺が欲しいのは俺が大切に思える何かだけ。この両手から零れてしまって悲しみに囚われてしまうくらいなら最初から否定して拒否した方が楽でいい。


「……次は殺す。逃げの一手すら取らせずに殺してやるよ。それがアイツの認めた者として為せる最高の返しだ」

「グルルゥ!」

「ああ、その時には今回と同じくウルの力が必要不可欠になる。新島が勇者一人の力を尊重するのなら、俺は一を多く集めて千を超えてやるだけだ。一×一が計算式通り一になると思うなよ」


 グランの言葉、そして新島の言葉。

 確かに新島の戦闘技術が天才と呼ばれるべきものなのであれば……あの程度では俺には勝てない。戦闘における柔軟性に関しては誰よりも自信があるんだ。それがある時点で……俺を高々、一だと表せるわけも無い。


「俺は、俺達は一で留まるような存在じゃない。千程度の数値なんて簡単に超えてやるさ」

「グルゥ! グルゥ!」

「うん、そのためには明日からももっと頑張らないといけないな。まずは俺もウルも雑魚相手には確実に負けないと言えるだけの力が必要だ」


 ウルの頭を軽く撫でて湯に顔を沈める。

 どのような選択肢を取るにしても力が確実に必要になってくる。今なら『力が欲しいか』なんて謎の問い掛けに対して肯定してしまう人の気持ちが分かってしまうよ。でも、見せかけだけの力では駄目だ。手に入れるなら確実な俺の力で無ければいけない。


「はぁ……何の因果か運良く目が覚めてしまったんだ。明日からは今まで以上に頑張らないといけなさそうだな」


 俺が生きている事が新島達にバレれば……。

 その時に新島は俺を放っておこうとは思わないはずだ。それでいて菜奈を救うとなれば時間制限だってある。それも爆発するのがいつ分からないうえに一年二年と長くは無い事だけが分かる最悪な代物だ。


「……俺を舐めるなよ、クソ勇者。何がまたなだ。次に会う時はそんな馬鹿げた事を口にできないようにしてやるよ」


 俺は負けず嫌いなのかもしれない。

 天才だとか、秀才だとか……それで一纏めにされて調子に乗っているアイツが嫌いだ。勇者の力で暴れる事しか出来ないだけの、技術の欠片も無い力のゴリ押しは受けていて気分が悪かった。


「さて、もう少し浸かってから寝ようか。ウル、もちろん一緒に寝てくれるよね」

「ガゥ!」

「そっか、よかった。ウルのモフモフを楽しみながら寝られるなんて最高じゃないか。それにウルの良い匂いも嗅いでいられるなんて……」


 くー、それだけで明日の頑張る気力になるよ。

 未来は分からないし、過去がどうとか正しい選択も分からない。だけど、選んでしまった以上は、選び続けるしかない以上はそれに沿って生きていくしかないんだよな。それが俺の選んだ道、世界と共に生きる道だ。

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