閑話 残された者達
「フィラはいるか!?」
室内に慌てふためく大声が響いた。
グランの姿を見て最初は嫌な顔をしたフィラだったがすぐに考えを改める。ここまで焦るグランは何時ぞや振りか、そう思う程に今のグランの姿は普段とは違い過ぎた。
「何かあったんですか」
「あ、ああ……ナナは目を覚ましていたんだな。って、そういう話をしたいんじゃない!」
「はぁ、落ち着きな」
そう言ってフィラはグランの腹を殴った。
その威力はかなりのものだったようで殴られたグランは「うぐ」と潰れたカエルのような声を上げ腹を押さえる。それにより余計に苛立つフィラだったが殺気を感じ取ったからか、押さえながらもグランは続けた。
「勇者の手によってショウがどこかへと飛ばされてしまった」
意味の分からない言葉。
フィラは「はぁ?」と素っ頓狂な声を上げた。何を言っているのか本当に分からない。勇者と言えども他の転移者に手を出すことは禁止されている。もちろん、一部の存在は気にせずに行動していたが勇者は一度たりともそのような事はしなかった。そして何よりショウを連れ去る理由が分からないのだ。
「どこに、何で」
「そんな事が分かっていたらフィラの所まで来ていない」
「……確かにそうさね」
嘘をついているようには思えなかった。
だからこそ、フィラは考え込むように俯いてしまう。どうしても勇者の真意が分からないのだ。仮に一つあるとすれば勇者の仲間である池田をショウが倒した事くらい。でも、フィラは知っていた。
勇者にとって池田は大切な存在ではない。
そもそもの話、池田は勇者の仲間である事をいいことに自分の都合の良い扱い方をしていたのだ。勇者はそれを気にしてはいなかったが良い印象を持っていたとは思えない。ましてや、池田が倒されたというのに見舞いに来た事だってありはしなかった。だったら、ショウを攫った理由は何か。
「とりあえず、飛ばされた場所まで行きましょう。何か手がかりがあるかもしれませんし」
「そうだな……」
菜奈の言葉をグランは肯定した。
一見して平常に見える菜奈ではあったが、そのうち心中穏やかでは無い。自分が休んでいた時間のせいで大切な存在が連れ去られてしまったという事実。それのせいでウダウダと問答をするきにはなれなかった。現に既に杖を構えベットからは腰を上げている。
「それなら庭へ行こう。詳しい話は着いてからだ」
そう言ってグラン達は部屋を出た。
◇◇◇
「……確かに魔力の乱れがある」
ガーデニング前のベンチ。
そこに手を付けたフィラは目を閉じながら呟いた。小さな魔力の残滓ではあったが、確かにどこかへと流れる、いわゆる魔力の乱れが確認出来る。とはいえ、その残滓は本当に些細なもので魔力に関しては誰よりも知見のあるフィラだからこそ、三十秒とかからずに見つけられたものだった。
「その流れを追うことは出来ますか」
「……本当にアンタは無茶ばかりを言ってくれる。まぁ、少しだけ時間はかかるが出来なくはないさね」
「よろしくお願いします」
本当に無茶苦茶な頼み事ではあった。
それでも菜奈と同じくしてフィラも消えたであろうショウのことが、気がかりで仕方が無かったのだ。仮にショウが関わっていなかったとすればフィラも二つ返事で了承はしていなかっただろう。
「グラン、一つ聞きたいがどれくらい前にショウは連れ去られた」
「あー……多分だが半刻も経っていない」
「そんなに前かい。……これは骨が折れそうさね」
そう言いながらもフィラは笑みを浮かべた。
辛く厳しい時こそ笑え、そんな昔の教えを今でも守っているからだろう。それを知っているからグランも何も言及はしなかった。会話をするということはそれだけ脳のリソースを他の事へ割いてしまうという事。だから、グランは剣の鞘に手をかけたままで静かにフィラを見つめていた。
捉えたのは流れの末端、それを辿る。
難しく少しの予断も許さない程の繊細な工程を静かにこなして行く。ようやく半分は掴めただろうか、そこでフィラの表情が歪む。何か新しい魔力が現れ始めたからだ。同じ流れか分からない故に邪魔にも感じられるものではあったが、未だに尾は掴んだままではいる。
だが、笑えない理由が出来てしまった。
「御出迎えでしょうか」
「……勇者か」
傷だらけの勇者、新島が目の前に現れたのだ。
その姿を見るにショウと戦ったのは明白。大きな魔力がぶつかり合った香りも漂っていた。そして何よりも……新島の体にベタりと着いて離れない強い死の香りがある。何度も感じ自信を苦しめてきた死の香り、フィラは顔を強ばらせる。
「聞きたいことは山ほどあるが……お前の処断はグランに任せるよ」
「はは、処断ですか。……それなりには受けるつもりでいますよ。どういった罰を与えるかは王様次第ですからね。少し楽しみではあります」
「貴様……ッ!」
新島の胸元をグランは強く掴んだ。
その一言は大した罰を受けないだろうと言う驕りから来るものだと分かっていたからだ。自分の求めていた答えを持っているかもしれない、ましてや、久しぶりに共にいて楽しいと思えた存在を奪った新島を許せやしなかった。
「私を殺すつもりですか」
「返答次第だな」
「……貴方では無理ですよ」
グランの腕を新島は掴み返した。
その強さは間違いなく元の勇者とは思えないものでグランの額に汗が浮かぶ。すぐに投げ飛ばしたのはただの力勝負では勝てないと判断したからだろう。それを理解しているから新島はすぐに体勢を立て直しボロボロの服の襟首を正した。
「一つ聞かせて」
「何でしょうか」
今まで無言だった菜奈の一言。
それに対し新島は笑みを見せながら続きを促す。
「ショウさんをどこへやったの」
「教えませんよ……仮に知りたいのであれば仲間になれば気が変わるかもしれませんが」
「……そう、興味が無いわ」
嫌な笑みを浮かべる新島。
それを心底、気持ちが悪そうに菜奈は手で払う素振りを見せる。元から簡単に教えてくれるとは思っていなかったが、よりにもよって仲間に誘われるとは考えていなかった。そもそも気持ち悪いと感じていた新島の存在が、それ以下の何かへと変わったのは言うまでもない。
だが、一つだけ良かったこともあった。
それはショウが死んでいないという事実だ。新島はショウの行方を教えないと口にした。内心、分かってはいたものの確信に変わってくれただけでも菜奈にとっては心の余裕になる。胸をそっと撫で下ろしながらも大嫌いな男を視界に入れた。
「何故でしょうか。彼を見つけるための一番に効率的な方法は私と手を組むことですよね」
「連れ去った存在では無かったら、もしかしたらあったかもしれないわね。……いや、やっぱり否定するわ。貴方みたいな人と手を組むのは死んでも御免よ」
「うーん、残念。彼と同様に貴方も仲間に引き入れたかったのですが……本当に好かれたい人にはモテないみたいですね」
傍から見ても嫌われる理由は明白。
だというのに、本気で分からなさそうにしている新島に菜奈は恐怖すら覚えた。それと同時に感じたのは強い殺気。自分が誰よりも愛している存在を好かれたい人等と口にする、その行為自体が菜奈には許せなかった。
「人殺しは嫌いなのよ」
「ふふ、それは私ではなく彼に言うべき発言ですよ。私と彼は表裏一体、一皮剥けばどちらも同じです」
「あら、私を馬鹿にしているの。私は知っている、彼と貴方は似ても似つかないってね。仮に彼が悪魔だったとしたら貴方は悪魔より上のゴミ野郎よ」
どこが彼と似ているのだろうか。
余計に菜奈のイラつきを加速させてくる。別に人殺しであろうと菜奈には関係が無かった。それでもイラつきを覚えたのは同一視しようとさせる新島の言動からだろう。日本にいた時から新島を知っているために声を大きくして否定出来る。
「ゴミ野郎……ちょっとだけ傷付きますね」
「あの馬鹿女達に慰めてもらえばいいでしょ。まぁ、その時まで生きていられるか分からないけど」
これ以上の問答をすれば穢れてしまう。
そう感じた菜奈はサッと杖を構えて魔法の準備を始めた。やり方は分かっている、胸の高鳴りも何もかもを彼から学んでいるのだ。視界の端に感じる彼のためにも目の前の存在は消しておかなければいけない。そんな気持ちだけが菜奈の心を赤く燃え上がらせる。
「菜奈……それ以上、周囲の魔力を乱れさせたら私でさえもショウの行方は掴めないよ」
「それなら私が無理やりにでも探します。頼らずとも手はありますし……コイツはここで殺さないといけない」
「チッ……これだから腹黒女は好きになれないさね。ショウと会った時には全部バラしてやるよ」
フィラは大きな舌打ちをして空間魔法を使った。
対象はガーデニング、フィラにとっても大事な場所を壊させるわけにはいかないからだ。そしてすぐに杖を取り出した。その矛先に向くのは菜奈ではなく新島……それを見て新島は溜め息を吐く。戦うかもしれないとは思っていたが今か、と開き始めた首の傷に指を付けて二人を睨んだ。
「全部……ショウさんのため……」
風が吹けば消え入りそうな呟き。
その声と共に新島の体が一気に燃える。不自然な程の魔力の高まり、そして消えていく自身の光の鎧に新島の笑みが消えていく。一体何が、そう考えようとしたのも束の間、燃える炎の色が変化した。
新島も嫌な予感がしたのだろう。
その色は先程までの戦闘で嫌という程に新島に恐怖を与えたものだ。ましてや、ただの炎とは違い熱さを感じないのも恐れを助長させる。マズイ、そう思う前に新島の体は勝手に行動した。
「
「光よ集まり守れ!」
鎧に似た光の集合体からなる盾。
新島の中でも最高傑作に近いほどの秀逸なる技だった。咄嗟に考えついた自分を褒めたくなるほどのものではあったが無意味だったとすぐに気付かされる。紫色の炎によって溶かされていく姿は良くて時間稼ぎにしかならない。
だが、今はそれで良かった。
ショウとの戦いで見せた光の鎧、盾が燃え尽きる数秒のうちに作り出し炎を躱す。このまま戦ってもいい……例え戦ったとしても半々の確率では勝てる自信があった。それでも裏を返せば半分は負けてしまうということ、だからこそ、新島が取った行動は一つだった。
「転移」
「待て!」
あわや炎が顔に当たる直前。
そこで取り出した石を割ることが出来た。転移先は王国の城ではなくいつも訪れていたダンジョンの中。淡い松明の光だけが辺りに充満する暗い階層。そこで新島は腰を下ろした。
「さすがに……なめすぎたか。もう少し前に逃げの一手に転じておけばよかった。彼女も……」
何かを呟きかけて新島は笑った。
横目で見た燃え尽き消えそうな左腕。それを見ながら新島は大きく溜め息を吐いた。どこで受けたか分からない傷、それが新島に恐怖と興奮を与える。二人の面白そうな存在を思い出しながら彼は静かに左腕を切り落とした。
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