1章49話 オワリノハジマリ

 体からドッと力が抜けてきた。

 これも全部、魔力の使い過ぎから来ているんだろう。それでも何とか踏ん張っていられるのは刺している短剣の痛みと治癒からか。……この鼻につく臭いすらも治してくれると助かるんだけどな。


 でも、文句ばかり言っていられない。

 未だに余裕そうにコチラを見ている新島の表情を崩さないといけないからな。本来は毒の短剣を差し込んで内部から壊してやりたかったが……こっちの方が可能性が高いのなら従うまでだ。それに俺が見た勝ち筋は……既に姿を現し始めている。


「お前の鎧さ」

「ああ、何だい」

「一度、発動したら他には何もしていないだろ」


 これは単なる質問だ。

 この程度で気が付くのなら勝手にそうすればいい。でも、仮に気が付いたとして直すのは難しいはずだ。少なくとも俺は簡単に直せるとは思えない。自分でやろうとしても出来ないことだしな。


「……その通りだが」

「なら、俺には勝てない」

「どういう」


 ようやく気が付いたのか。

 表情から余裕が消えた。当然だ、だって、頼りの綱だっただろう光の鎧の輝きが明らかに薄れてきているからな。そう、間違っていなかったんだ。ウルの一撃で傷は癒えても鎧のヒビは直り切っていなかった。これが正しいのなら……。


「鎧の再展開をするか」

「それは」

「出来ないよな、そんな事をすれば鎧の無い状態で毒を受けることになる。その間に致命傷を受ければ鎧の展開前に死ぬからな」


 そこで隙を見せるのなら首を跳ねるだけ。

 幾らでも手はあるんだ、だから、こんな回りくどく自分の身を削る戦い方をした。どうなったとしても勝ち手は見つけられるからな。殴り合うよりも明らかに良い。この痛みだって菜奈を守るためだって思えば受け入れられるしな。


「……君はここまで見越していたのか」

「まさか、何も考えずに突撃してきたとでも」

「はは……あー、もう少しだけ考えておくべきだったね。そう言えば君は……私以上に戦闘の才能がある存在だった」


 余裕はなさそうだが……手はありそうだな。

 ここで微かな油断でもしたら恐らく簡単に負けてしまう。前までは馬鹿にしていたが退治してみて分かった。確かにコイツは勇者と呼ぶに相応しいだけの力と才能がある。本当にメイド達との女遊びしかしていないのかって思えて来る程には認めているつもりだ。


 この後にしそうなことは何だ。

 鎧の再展開はまずもってない。そんな事をするくらいならとっくにしているだろうし、隙が大き過ぎることは目に見えているはずだ。そこまでの馬鹿であれば俺はもう新島を倒して菜奈の膝の上で眠っている。


 打開する何かを持っている。

 それは……否定出来ないか。俺との根比べに勝つつもりなのかもしれないが……それならもっと余裕そうな顔をするよな。根比べでは勝てないと分かっているから睨み付けているんだろう。どうしても技を使うための準備をしているようにしか見えない。


 デュランダルも使えず、鎧も効かない。

 そこで使うとすればどんな技だ。光を放って目眩しをするか。いや、それでも奪える時間は一瞬だけだ。それに鎧の再展開のためには魔力を練る必要があるから位置だって勘付けてしまう。そんな不確定要素の強い戦い方をするとは思えない。


「さてと」


 強い嫌な予感がしてしまった。

 何かが来る、分かっているがデュランダルのせいで逃げの一手は取れない。手を離したとしてもデュランダルでやられて終わり、もしかしたら鎧の再展開すら許してしまう可能性するある。だが、離さなかったとしても確実に死を覚悟する一撃を貰ってしまう。


 どちらを選んでも死ぬかもしれない。

 なら……まだ勝つ見込みのある一手を選ぶしかないか。最後の一撃のためだけに毒の短剣を刺してやった。少しとはいえ体の中に毒が入ってしまったはずだ。現に口元を歪めたんだからな。攻撃を食らうんだから対価は払ってもらうぞ。


反射カウンター


 一瞬だけ笑みを見せてきた。

 直後にからだから感覚が消える。例えでも何でもなく本当に何も感じない。視界さえボヤけてしまっている。……でも、すぐに分かった。俺の体が吹き飛ばされているんだ。空中に浮いているから自由も効かず周りも見えない。なのに、時間がゆっくりに感じる。まるで……死の手前にいるような気分だ。


 感覚が無いのに研ぎ澄まされている。

 そんな不思議な状況……でも、悪い気はしない。もちろん、受け入れるつもりも無いけどな。手は離れてしまったが足に回復の短剣がまだ刺さっている。魔力はあるから傷を治すことは出来るだろう。ただ……そんな時間を与えてくれるとは思えないし、同じ技を使うだけの残量は生憎と無い。


 迫り来る死の音、抗いたい気持ちはあるが……力が出ない。体力はまだ何とかなる程度だけど魔力が本当に空っぽだ。動けるとしても一瞬、その後は恐らく……。


「動かないのか、動けないのか分からないな。普通なら勝ちを確信する盤面だと言うのに……少しも気を抜けないよ」

「さて、どっちだろうな」

「まぁ、どちらでもいいさ。本気で君を殺しに行くだけだからね。手があるのなら向かうまでに使えばいい」


 油断は少しもしないってことか。

 光の鎧も再展開されてしまったし……これは本格的にヤバいな。もう死ねないのに接近を許せばまた首が飛ぶ。ポーションでも取り出して飲み込むのは……出来たとしても回復までに時間がかかるよな。なら……何をすればいい……?


 風魔法で速度を上げて逃げる。

 それにも限界はあるからな。鎧の再展開前なら毒も使えたし何とかなっていただろう。それも今となっては無理となると……逃げる手はない。使えるもの……使えるもの……待てよ。いやいやいや、そんな事出来るのか……?


「本当に手は無かったみたいだね」

「クソッ……」


 駄目か、出来るかどうかじゃなかった。

 もう少し前に思いつけば試してみることも出来たけど剣を振られたら死ぬ距離、そこまで詰められてしまったら無理だ。ちょっとでいい、数秒だけでいいから時間があれば……駄目元で最後の魔力を絞り出してみたが剣を止めることがーー。


「ガルッ!」

「……なるほど」


 ウル……ああ、そうか。

 痛かろうに……無理やり横から突撃して注意を逸らしてくれた。俺へと向かってくるはずだった剣戟も身を呈して守ってくれたんだ。確かに俺が求めていた数秒間を……ウルは稼いでくれた。一撃の重さのせいでウルは光となって消えてしまったが……俺が死なない限りはウルも死なないって知っているから動揺はない。動揺している暇があるのならウルのために動くだけだ。


「主を守りたい気持ちは分かるよ。それでもこれじゃあ、お粗末だ」

「違うな」


 何とか立ち上がることが出来た。

 でも、まだだ。もう少しだけ……時間が欲しい。だから、次は幸運に頼る。ここまで来たんだから最後も最後らしく手を貸してくれ。俺も俺で時間を稼ぐための行動は取るからさ。……本気でコイツに負けたくないって思っているんだ。


「ウルは俺に力を託してくれたんだ」

「……そうか」


 魔物使いと召喚士は従魔によって強さが変わる。

 これは本で学んだことだ。従えた魔物のスキルの一部を使えたり、ステータスの一部が主である俺達に加算されるからな。決定打が無いのなら他を頼るしかない。ただ一つだけ欠点があるとすれば……俺がウルのスキルを知らないことか。従魔にした瞬間に何となくで理解はしているが使う時には明確なイメージが無いといけないからな。


 出来るとしても一か八か。

 出来れば見る時間が欲しいが、それは有長過ぎて取れない。展開するだけでもかなりの時間を有するのは目に見えているからな。だから、ここに来て、いや、ここまで来たからこその全ては勘頼りだ。時間稼ぎだって何だって出来るかもしれない行動を取って後は運に任せる。仮に来たとしてもウルのおかげで手はあるんだ。……新島を強く睨んで紫刀を構え直した。


「やはり惜しいね」


 ああ、そうなると思っていたよ。

 力を見せて最後まで手があるように思わせられれば話を始めるって思っていた。それでも可能性がゼロではないってだけだからな。無視して突っ込んで来る可能性だってあった。そこは狙い通り幸運が何とかしてくれたみたいだ。


「本当に私の仲間になる気はないか。別に配下につけというわけではないんだ。本当に簡単な手助けをしてもらいたいだけ。君にとっての簡単は大吾にとっての命懸けに近いからね」


 戦っている最中も少しは考えた。

 新島の支配した世界を俺は見たいかって。別に汚れた世界だろうと俺は構わない。幸せに生きられさえすればいいからな。……でも、そんな世界で菜奈は笑えるだろうか。グランは楽しく剣を振ることが出来るのだろうか。いや、出来るわけないよな。だから、答えは一つだけ。


「考えは……変わらない」

「そうか」


 少しだけ悲しそうな顔をした。

 申し訳ない気持ちだって多少はある。もしかしたら俺は新島をどこかで勘違いしていたかもしれないからな。話す時間が長かったら……俺は手を繋いでいたかもしれない。共に歩む道を選んでいた世界もあったかもな。でも、俺は菜奈と一緒の道を選ぶよ。


「ここで朽ちたまえ」

「二度も死ぬのはゴメンなんでね」


 全ては思い付いただけの技。

 これで確実に勝てるとは思えない。ウルに俺が求めている力がない可能性だってある。それでも思い付きこそ、俺らしさだ。全ては行動しなければ何も変わらない。打開出来るかどうかではなく、打開するための一手を選ぶしかない。だからーー。


「俺はこれに賭けるよ」

「来い、ショウ!」


 足にかけた風魔法を全力にする。

 忘れないように手に巻き付けられたイヤホンに魔力を込める。後は強い風魔法で一瞬だけ目を眩ませてから……ローブに魔力を込めて……最後にであろう力をイメージ。最後まで勘は否定しなかった。自信を持って全てを目の前の勇者にぶつけろ。この一撃はそう……守りたい人のために。


反射カウンター


 距離が分からないからこその一手か。

 でも……残念だったな。もう俺は戦闘時間を伸ばす気は無い。この一瞬の、最後の一撃のためだけに魔力を全て使い切る。躱されないために目も耳も潰させてもらった。消えそうな意識を無理やり覚まさせて放つ本当の最後の一撃。


「アサシネイション」


 砕けるか、いや、砕く!

 鎧だろうが何だろうが短剣の力を使ってその首を飛ばさせてもらう。死なないために、コイツを殺すんだ。速度も一撃の強さもウルの持っているであろう影の力で、そしてヒュドラの毒で馬鹿に出来るものでは無いぞ。


「死ねッ!」

「断、るッ!」


 早く斬らなければカウンターで死ぬ。

 どちらにせよ、次は無い。早く殺さなければ俺が死ぬんだ。殺せなくても死ぬのなら……命すらも燃やしてやるよ。出来るか、って、そんな事を考えるのも面倒臭い。死んでやるから殺してやる!


「ギィッ!」


 無理やりに捻り出したせいで体力が減ったか。

 それでもいい、おかげさまで俺の体を伝って回復の短剣で紫刀が展開出来た。毒のせいで余計に時間をかけられないが、どうせ時間をかければ死ぬんだ。今は殺すことと意識を飛ばさないことだけを重視しろ。死ぬ気で命を燃やせ!


「クソがァァ!」

「隙がありすぎなんだよ」


 首元に力を込め過ぎたんだ。

 そのおかげで横にあった鎧が脆くなっている場所に差し込むことが出来た。ここは……俺のためにウルが命を燃やして突撃してくれた場所。本当に幸運様々だ。ウルという存在が現れてくれたおかげで俺は勇者を……新島をーー。


「殺せるッ!」

「まだ」


 もう遅いんだ。

 新島の体内に毒を入れられた時点で勝ちは決まっている。俺の体を伝う際に毒に刻印を打ち込んでいたからな。後は……首元に集中させて中から鎧を壊すだけ。内部に入った時点で魔力の流れも見出せたから望みのカウンターも使えないだろ。


「終わりだ」

「ガッ……」


 視界がボヤけてしまう。

 それでも見えた、間違いなく首は飛んだ。アレで生き残ることは出来ないはず……でも、頭が警鐘を鳴らし続ける。死んだはずなのに光が消えないんだ。死なないためにはトドメを刺さないといけない。だけど、そうするための体力も魔力も残っていない。出来るとすれば手を伸ばし叫ぶだけ。


「待て、よ!」


 消えていく……新島が少しずつ何処かへ。

 でも、絶対にアイツは死んでいない。薄ら見えた視界で飛ばされた頭の口元が動いている。見ない方が良かったのかもしれない。それだけ俺には面倒臭い言葉だった。


 ーーまたなーー


 そう言って一瞬だけ笑う。

 その笑みを見届けてから倒れ込んだままで俺は意識を失った。最後まで新島の顔が頭から離れることは無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る