1章48話 最善の一手

 後、数歩……それで森まで届く。

 新島を見たが……安心していい。まだこちら側には気が付いていないからな。本当にこのローブはすごい。他のアイテムもそうだが何か一つでも欠けていれば間違いなく勝ち目なんて見い出せなかった。


 いや、今だって勝ち目が薄いのは分かっている。

 それでもゼロではない、諦めなくていいんだ。ゼロとイチは少しの違いではない。それこそ有るのであれば幾らでも増やしようがある。ゼロは何も無いってことだからな。


「……これでもギリか」


 何とか森の少し奥まで入り込めた。

 これのせいでアイツの居場所は視界に入らなくなったが……感覚では分かるから問題は無い。ここからするのは全て貰ったチートをフル活用しての戦闘だ。今まで以上に油断をしてはいけない。些細なミス一つで勝機の欠片が壊れてしまう。


 急いで画面を開く。

 声は聞こえないが分かる、今、奴は俺が死んでいないことに気がついた。信じてやるよ、どんなに馬鹿げているかもしれないとしても俺の感覚と幸運をな。だから……今は俺に勝ちをくれ。こんな土壇場だからこそ、その真価を発揮してくれ!


 いつも見ている待機画面。

 でも、今回はデイリーとかではなく石を使ってガチャを回させてもらう。死んでしまえば貯め込んだ石を使う場面すらないんだ。それに……ローブとかが出たここならばアイツ如き倒せる何かがあるはず。俺は回せるだけ回して手に入れるだけだ。


 回り始めた、だが、見ていられない。


「見つけたよ」

「チッ」


 後、数秒でいいんだ。

 こんな時に襲ってくるんじゃねえよ。本当に空気の読めねぇ野郎だ。……何とか一撃は紫刀で弾けたが次ぐ斬撃は躱せない。なら……ああ、わざとだろうが受けてやるよ。どうせ、ここで傷を癒す何かだって手に入るだろ!


 手立てがないなら作ればいい。

 それこそ、言葉通りにな。物理的であろうがなんだろうが勝てば官軍だ。勝つための何かを得るためなら俺はなんだって出来る。だって……俺は菜奈もグランも守りたいから。だから、俺に力を見せてくれ!


「逃げたか」

「……痛いけどな」


 画面は見れない、勘で適当にアイテムを選ぶ。

 何が出るかは分からない。それでもいい、ここで使えるものが出なければ俺は死ぬだけ。今の一撃で右腕が落ちそうになっている。早く、早く手元に来てくれ。


「何を」

「これが俺のスキルだ」


 何か石のようなもの、それを割った。

 何が来る、そんな期待感も無いままに俺の前に一体の何かが現れた。……真っ黒い毛並みをした狼のような存在。実際の名前を知らないから断定は出来ないが……これで俺は勝てるのか。


「……君も同じ技を使うのか」

「そんなわけないだろ」


 新島は驚いているみたいだ。

 それもそうか、狼が現れてすぐに俺から光が漏れ始めたんだ。誰だって驚くだろ。……でも、この光のおかげで少しだけ気持ちが和らいだ。本当に感覚でしかないが何故に光っているのかが分かるからな。これは……。


「俺は召喚士だからな。本来の戦い方を見せてやるよ」

「……やっと本気になったって事か。面白い」


 ジョブが進化したんだ。

 きっと狼が俺のジョブを変えるピースだったんだろう。戦闘中にでも変化するってことはジョブの進化も何かしらの条件が……いや、そんな考えは後回しだな。今は倒す方法だけを考えよう。


「グルル」

「邪魔だよ!」


 走ってきた新島の一撃を狼が爪で受けた。

 あの目は……少しだけ時間を稼ぐって言っているのか。その後に右腕を見たってことは治すのなら早くってことだよな。……ああ、一人じゃないってこういうことなのか。これは……すごいな。


 少しも怖くない。

 回復の短剣で右腕は治した。早く狼を助けてやらないとな。十数秒であれ、本気の新島をいなし続けているあの子の強さは本物だ。放っておけば殺されてしまう……だから、早く俺も一緒に戦ってあげないと。


 紫刀も、ブーストの準備も出来た。

 仮に今の俺の持ち合わせでアイツを倒すのならば毒は必要不可欠だ。でも、鎧の上からの毒は無力に近い。……差し込んで直接、流し込めれば話は変わってくるか。もしくは鎧を大量の毒で壊してしまう。いけるか……嫌な予感はしない。


「やらせねぇよ!」

「来るか!」


 今の奇襲を剣で受けるのか。

 ああ、コイツを馬鹿にはしていたが撤回しないといけなさそうだ。確かに戦闘経験は無かったがコイツは戦闘の才能はある。振りこそまだ未熟だけど視界が狭くなっていない。……池田とは大違いで強いよ。だからこそ、本気で潰す!


 すぐに反撃しようとしてくる。

 だが、そこは従魔が攻撃してくれたおかげで何とかなった。それでも従魔の方に反撃しようとしないあたり真の狙いは俺みたいだな。尚更、用心して戦わないといけなさそうだ。顔を強く蹴りあげて距離を取っておく。


 魔力の残量は感覚的にまだまだある。

 もし感覚通りの魔力が残っているのなら進化する前とは桁違いに増えている。多分、これはジョブが強くなったからだろうな。現に足だって早くなっているからステータスも大幅に上がっているはずだ。それでも無茶が出来ないっていうのがな。


 本当に目の前の勇者様はどれだけ強いんだか。さっきの時間と合わせて数分間は光の鎧を維持し続けているだろうに。元々の数値が最弱だったであろう、俺の数十倍はあったんだろうな。そんな奴に噛みつけている……何だ、ちょっとだけカッコイイじゃないか。


「やるね」

「お褒めありがとう」


 回復の短剣で攻撃を流す。

 勘は変わらず冴え渡っている。少しは楽になったのだから早くアイツを倒す一手を考えろ。状況は拮抗しているんだ。何か新しい一手を打ちさえすれば勝ちは手繰り寄せられる。何をすればいい、剣戟を加えるか。いや、そんな在り来りな一撃じゃ読まれて終わる。


 だったら、何だ……?

 突撃だって何だって勘づかれたら意味をなさないとなると……ああ、そうだな。同じ手を使うようで嫌だけど……意趣返しといこうじゃないか。要は勘づかれなければいいんだからな。……なら、従魔への命令はただ一つのみ。


「暴れろ、ウル」

「ガルッ」


 ウルフから取ってウル。

 普通かもしれないが呼びやすくてカッコイイ。ネーミングセンスがない割には良い名前を思い付いたと思うよ。さてと、俺は俺で普段通りに動くことにしよう。こういう場面で一番にしてはいけないことは冷静さを欠くことだけ。


「小賢しい」

「ルゥゥゥッ」


 俺の短剣をデュランダルで、ウルの一撃を腰にかけた剣で受け止められた。さすがに反対方向から詰めたところで勝ちまでは持っていけないみたいだ。……まぁ、当たり前か。大きく深呼吸をして新島を睨み付ける。


 俺らしさを忘れずに動け。

 どんな時にも冷静に、それでいて運任せに勝つ手段だけを考え続ける……それを徹底するんだ。俺は新島のように光り輝く存在じゃない。どちらかと言うと陰鬱とした、表に出ない影のような存在といった方が正しいかもな。だから、ものすごく新島が鬱陶しい。


「消えろ」

「詰め過ぎだ」


 左肩にデュランダルが刺さった。

 確かに……急に距離を近付け過ぎたな。この一撃も少しばかり予想外だった。だが……これはこれでありがたい。そんなに大きい剣だ。刺さってしまえば抜くのだって簡単じゃないだろ。今は俺一人じゃない。


「チッ!」

「逃げるなよ、悲しくなる」


 ウルの一撃を背中で受けたか。

 すぐに反撃をしようとしたが当のデュランダルは動かせない状態。傷は一瞬で癒えてしまったし意味を成さなかったようにも見えるが……勝ち筋は見つけられた。間違えていなければ、と付けておくが勘は否定していないからな。


「ウル、下がれ!」

「させッ」


 ウルを掴もうとするのは愚策だぞ。

 嫌な予感でもしたんだろうが変に手を伸ばしたせいで噛まれていた。体は鎧で守れても、手は守れていないからな。傷は癒えるだろうが……この至近距離で回復の時間をあげると思うか?


「降り注げ」

「何を」


 ポタリポタリと空から何かが降っている。

 それによって明らかに新島の表情が一変した。まぁ、これが何なのか分かっているみたいだな。それもそうか、色は紫だし皮膚に触れた場所は爛れているしで気が付かない方がおかしい。新島は俺の事を調べていたみたいだしな。


「君は……身を呈して毒を食らわせるつもりかい」

「ああ、生憎とここまでしないとお前には勝てないと思ったからな。それに一人だと怖いだろ?」

「……はは、面白いじゃないか!」


 逃げようとしない、か。

 それだけ鎧に対して信頼感があるんだろう。だけど、その信頼感が自分の命を奪う。俺の勘は少しも行動を否定してこない。つまり……俺のやり方に間違いはないってことだ。


 左手は……動く、これはイけるか。

 無理やり回復の短剣を作り出して左足に差し込んだ。両手の短剣に同量の魔力を流して目の前の敵を倒すことだけに集中する。……ああ、本当に痛いし臭いな。こんなことをしなきゃいけないとは全然、思ってもいなかった。


 それでも……菜奈達とまた会うためだ。

 ましてや、菜奈のために毒を食らうつもりでいたんだからな。その量が多くなっただけ、元からしようとしていた事に過ぎない。これで新島を倒せるのなら受け入れてやるよ。


「果てろ、紫水ノ簾ミズスダレ

「果てるのは君だよ」


 降り注ぐ毒の勢いが一気に増した。

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