1章47話 蟻と象

 何かを呟いてすぐ新島の手に大剣が現れる。

 瞬きは出来ない、嫌な予感がしたのを気に新島が突っ込んできた。速度は……勇者という役職に違わず速い。見てからの反応は出来なさそうだ。となると、いつも以上に幸運頼りになりそうだな。


 勘に身を任せて紫刀を展開する。

 片手が紫刀、片手は回復の短剣……リーチや威力からして長時間の戦闘は部が悪そうか。なら、幸運に任せてまずは躱すこと優先だな。頼れる味方も今はいないし。……受ければ即死だと思って隙を窺うしかない。


 そのためには……出せる手は全て使う。

 風魔法を足に纏って速度を上げておく。本で読んだ簡単な技だ。それでも魔法使いという後衛を担える数少ない存在の行動範囲を広げてくれる重要な技。ブーストっていう名前があるけど……口にせずとも、この程度なら簡単に展開が出来るな。


「ふんっ!」


 速い、目で追うのがやっとってところだ。

 それでも躱せているのは幸運のおかげか。本当にどこまでチート能力なんだかな。カンストした幸運っていうのは。ただ環境を整えてくれるだけじゃなくて守りにさえも力を発揮してくれる。少しだけ勇気が湧いたよ。


 連撃、これも速い。

 大丈夫、頭で考える前に体が動いてくれる。それなら他のことを考えながら躱すことだって出来るはずだ。グランの時よりは絶望感が薄いけど気を抜いたら一瞬で死ねる。本気であってもなくても躱し続けられる今のうちに考えないと。これも勘でしかないけどアイツは本気ではない気がするからな。


 まず考えるなら何だ。

 今の連撃の最中に反撃を入れられるか。そういう初歩的なことから考えるべきだな。……まぁ、言わずもがな、それは無理だ。攻撃をしようとした瞬間に躱し切れなくなって恐らく負ける。今でさえ躱すことに専念しているから掠りもしていないのに他のことをしようとしたら……。


 それなら他に何の手がある。

 攻撃するための時間を作るとかはどうだ。それこそ、近くに森がある。あそこに逃げさえすれば隠れるのも、時間を稼ぐのだって容易だろう。ただ欠点もある。……あそこを一度でも使えば二回目は多分だけど使えない。


 森での戦闘、そこに持ち込めればまだいい。

 もしも時間稼ぎだけで今いる場所まで引きずり出されてしまったら……その後は逃げようとした瞬間に叩かれて終わる。つまり攻めに使える代わりに逃げには使えなくなってしまうってことだ。だったら、最後の手段として残しておきたい。


 考えろ、他にはどんな手がある……。

 毒を使う手、これが一番に無難かな。ただ短剣を投げたりとかでは使えない。ましてや、グランに使った戦術も意味は無いだろう。俺の事を探った新島がグランとの戦い方を理解していないわけも無い。行動を制限させられそうではあるけど動けなくさせることは無理そうだ。


 毒を使って守りに徹する……なら!


「……毒で動きを制限させる、か」

「ああ、君であっても毒を無効化することは出来ないだろ。悪いが正面での打ち合いでは勝ち目がないんでね」

「謙遜を」


 笑って否定してきたが事実だ。

 今だって少しばかり恐怖を抱いている。ジョブの格差一つでここまでステータスに差があるとなると……本当に魔物使いを選んだ自分を恨んでしまうな。魔物使いは魔物がいてこそ真価を発揮するというのにさ。ここまで魔物を手にせずに来れたこと自体、運が良かったのかもしれないな。


「……罠を踏んであげてもいいが面倒だ」


 何かを呟いた気がする。

 だが、それが聞こえた時には体の自由は効かなくなっていた。視線も変わったからどうして効かないのかはすぐに分かったけどね。俺の体が浮いている。というよりも、何かによって飛ばされたと言った方が正しいのかもしれない。


 だけど……衝撃とかは特には無かった。

 次いで来る嫌な予感、頭を過ぎると同時に体が勝手に動く。意識していないのに頭が勝手に動いてしまう。剣で何かを受けたようだけど再度、吹き飛ばされてしまったせいで見ることは出来なかった。


 早く起き上がらなければいけない。

 飛ばされる途中で風魔法を使って何とか立て直すことは出来た。そして今の新島の姿が見えてしまう。……ただただダサい、それしか感想が思い付かない。ギラギラと光を輝き放つ魔法で出来ているであろう鎧を着ているんだ。顔はさも驚いているといった感じだが……何かあったのか。


「まさか……今の一撃さえも何とかするとはね」

「はは、あの程度では死ねないな」


 軽い挑発を口にしたが効いた様子は無い。

 確かに、とか逆に納得しているようでコッチが怖くなってくる。どれだけ俺を高く見ているんだろうな。本音を言えば今の一撃は少しでも気を抜けば即死させてくるような威力だったし……納得されても気持ち悪いだけだ。


 衝撃は強かった……が、ノーダメージ。

 うんうん、悪くは無いな。ただ、これでアイツに毒を撒くっていう作戦は使えなくなった。アイツの放つ光のせいでさっき撒いていた毒は消えている。また撒いたとしても同じく消されて終わりな気がするな。となると……直で与えるしかなさそうか。


 でも、それならどうやってやる?

 ただでさえ、本気でやっても躱すので精一杯だったというのに……ここからは速度が一段階、上昇する、一撃だってより重くなる。それをどうやって対処するんだ。森……いや、それは絶対に使ってはいけない。死んでもいないのに使ってはいけないんだ。


 勝ち筋、何でもいいから使えるスキルは……。

 ヤバい、本当に手立てが見つからない。いっその事……突撃するのもありか。ダメージを与えられれば御の字、駄目なら死を受け入れる。あー、考えている時間はないよな。


「ブースト」


 魔力を殆ど使い切る。

 大丈夫、生き返ったら魔力は全回復しているはずだ。今は全部を使い切ってでも勝ち筋を作っておきたい。軽い傷でもいいから勝てるビジョンを見出させて欲しいんだ。じゃないと……。


「……買い被りすぎていたかな」


 最高速度を駆使しての最高の一撃。

 不意を突いていないとはいえ、自分でもかなり自信のあった一撃だった。でも……アッサリと躱されてしまっている。ヤバい、頭が何か手を打てって叫ぶ。だが、何をすればいい。


 悩む時間も無かった。

 腹に強い衝撃を感じる。痛いとかの感覚が来る前に吐き気がした。口から何かが漏れてしまう。その後に背中へ強い衝撃が来た。そして……何かが周囲に舞う。


「ア……アァ……」

「この武器はデュランダルって言ってね。王国の宝具だった物なんだ。全てを貫いて光魔法の力を強めてくれる私にピッタリの武器さ」


 体が地面に落ちてくれない。

 ジワリジワリと落ちていくだけ……ああ、赤い何かが見える当たり、これは……腹を貫かれたんだろうな。チラッと見えた腹には美しい刃が見えたし恐らく間違いはない。……まぁ、分かりきっていた結果ではあったがこれまでとはな。


 駄目か……本気でコイツが怖くなってきた。

 死ぬこと自体は怖くはない。でも、菜奈とまた会えずに死ぬのは嫌だ。また会うためにはどうすればいいか。コイツを倒す手立てが欲しい。でも、その欠片すらも見つかりそうにない。


 魔力切れを待つ、その前に俺はやられるだろう。


 再度突撃、同じく殺されるのがオチだ。


 逃げてしまう、速度的に逃げ切れない。


 もしかしてだけど……詰んでいるのか。


 視界がぼやけてきた。


 頭だって上手く動いてくれない。


 それでも考えるんだ。きっと新島を見逃せば次は菜奈が目を付けられる。もしかしたら、もう目をつけられている可能性だってあるんだ。倒さないと大切な人が苦しい思いをしてしまう。


 あー……これは本当にヤバいかもしれない。


 本当に打つ手はないんだろうな。


 ああ、死ぬ……。






 ◇◇◇






「……またここか」


 いつもと同じ光に満ちた空間。

 ミカエルは……いないようだ。いつもいるってわけではないみたいだな。まぁ、いたとしても話すら出来ないのだから意味は無いんだけど。ってか、そんな事はどうでもいい。


 どうせ、すぐに生き返ることになる。

 その時にどうやって勝ち筋を見出す。もちろん、逃げるっていう選択肢も悪くは無い。だとして、どうやって森に入るのか。……目さえ向けられていないのであれば手はあるか。黒のローブの気配遮断を使って森に入る。まぁ、死体が無くなるから生きていることはすぐにバレるだろうけどな。


 逃げる手立ては思い付いた。

 なら、次は勝ち筋だ。何か一つでも捻り手さえあれば即死級の毒を体内に注ぎ込めるはず。もしくは時間稼ぎが出来る何か。アイツだって人間だから光の鎧を永続的に継続させ続けるのは難しいはずだ。


 本当に簡単な一手さえ詰められれば……。


 後は幸運が何とか……幸運……いや、待てよ!?


 上手くいくか……いや、信じるしかない!

 ここで手を拱いていても意味は無いからな。何もしないで負けるくらいなら勝ち筋を見い出せそうな一手を選んだ方がいい。今までの俺を救ってくれた幸運を信じろ。


 全ては……幸せに生きるために……。






 ◇◇◇






 感覚は戻ってきた。

 でも……動くな。ゆっくりと魔力をローブに注ぐだけで他のことはしない。ここで少しでも勘づかれたら考えた手を使うことすら出来ずに死ぬんだからな。ゆっくり……冷静に……心臓すらも止めるつもりで動け。


 後、ちょっと……いや、もういけるな。

 気配は消えているはずだ。ここで嫌な予感がしないってことは少し安心していい。となると、次にすべきは新島の目を逸らさせることだ。余裕そうに他の方を見ているからよりそっちに釘付けになるようにすれば……となると、これが使えるか。


「……何の音だ」


 イヤホンの能力を使えば音は出せる。

 ベタではあるけど俺の真反対の森の中で少し大きめの音を出させてもらった。帰り道で俺の死体がないことに気が付くだろうが、これで少し大きめの音を出してもバレなくなったはず。新島が遠くへ行き始めたと同時に反対方向に走り出した。

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