1章46話 敵か、味方か

 返答は……無いか。

 当然と言えば当然だ。だって、コイツは間違いなく俺達の首を取りに来た。もしも勘に従わないで座っていたら……俺の背中には一文字の傷がついていただろうな。剣士の恥を作らなくて本当に良かったよ。当たりどころが悪かったら間違いなく死んでいただろうし。……そう考えると嫌な汗をかいてしまうよ。


「何の真似だ!」


 怒鳴るグランの声さえも新島は動じない。

 ただひたすらに俺を見つめ動きを待っているようだ。これは初心者でも分かる、明らかに隙を伺っている構え。ここで武器をしまったりすれば俺の命は無くなるかもしれないな。まぁ、一度は死ねるからそれでもいいが……仮にもしもの事態が起こってしまえば元も子もない。菜奈のためにも俺は死ねないからな。


「もう一度、問う。返答によっては首が飛ぶと思え。新島、なぜにこのようなことをした」

「言わずとも心当たりはあるんじゃないですか」


 ニヤリと嫌な笑みを浮かべ顔を上げた。

 再度、嫌な予感がする。何かを考える前にグランを払い除けるように押し倒すしていた。そのすぐ後に聞こえたのは剣を薙ぎ払う音。屈んだおかげで俺もグランも無事だが動かなければきっとグランの首は……想像するだけでも恐ろしい。


「な、何を!」

「ソイツの肩を持つ奴は敵ですから」


 笑みを浮かべたままで返してきた。

 コイツ……俺の事を見たままで言ってきたってことは、まず間違いなく池田の件だろうな。それ以外に敵対するような行動を取った記憶が無い。もしかしたら、他に何かしらの原因があるかもしれないけど……考えるだけ無駄か。


「ですが」


 笑みが消えた。

 すぐに構え直して周囲の状況を確認する。新島に動きはない。他の人は……いないみたいだ。安心は出来ないけど横からの攻撃は考えなくてもよさそうだな。なら……何をしてくる……?


「二対一は少しばかり骨が折れそうです」


 危ない……そう思った時にはもう遅い。

 胸元に何かを当てられてしまった。すぐに割れた音が聞こえる……そして周りの景色が一変してしまった。これは……感覚的には転移門と変わらない何かだ。さしずめ、転移石とかいう魔法具を使ったんだろう。


「……どういうつもりだ」

「見たら分かりませんか。他の場所へ連れてきた迄です。貴方一人でも負ける可能性があるというのに、加えてグランさんの相手をするなんて私には難しいですからね」


 目は笑っていない、か。

 ってことは、本音だな。本気で俺とグランの二人を相手したくはない。……舐めていないからこその奇襲だったか。それはそれでウザイな。何のために隠れてコソコソとしていたのか、目をつけられてしまっていたら意味が無い。


「アレ、高かっただろ。それを俺に使う必要は本当にあったのか?」

「用心に越したことはないからね。君だってよく分かっているんじゃないかい。それに……あんなものはダンジョンで適当に遊んでいれば幾らでも手に入る」


 嘘っぽくはないな……。

 とはいえ、かなり価値があるもののはずだ。ってことは……何だ。調べた限りは王国所有のダンジョンの上層では転移石は手に入らないはず。……あるとしても未踏の場所か、下層かだ。待て待て待て……それが本当ならば……。


「お前、王様に嘘の情報を渡しているな」

「ああ、私としてもアイツの玩具になるつもりはないからね。それは君もだろ」


 くそ……バレバレってことか。

 能力自体はバレてはいないだろうが表向きの活躍以上には力があることはバレている。どこで手に入れたのかは知らないけど……恐ろしいな。となると、やることは一つだけか。


「君程ではないさ」

「謙遜しなくていい。私程と言うが私でさえもグランさんと対等に戦えなかったんだよ。それに」


 逆撫でしないように言ったが……。

 まぁ、通用するわけないよな。俺の王国でした事の大半は知っているだろうしな。……だが、話途中で言い淀んだのは何だ。口には出来ないようなことを考えているのか。確かに新島は女遊びを沢山しているらしいからな。


 だが……ここまで来ると少し不自然だ。

 メサリアと話していた時やグランと戦う前とは明らかに雰囲気が違い過ぎている。……まさか、いやいや、そのまさかだよな。もしかしてだけどコイツって演技でもしていたのか。仮にそうだとしたら話したい事って……ますます予想が付かない。


「それに、何だ」

「あー、単純な話さ。弱かったらさっきのは躱せない。戦闘経験がない私でも分かるよ。……ショウ、君は攻撃が来ると分かっていて躱したね」


 少しだけ表情を歪めた。

 この程度でも自分のプライドが許さないってところかな。褒めるのが苦手というよりは敵である俺を褒めたくないってところだろう。攻撃が来ると分かってはいなかったが……別に勘違いされているのなら、それで構わない。一種の抑制にもなり得るからね。


 さてと……与太話をしている時間はない。

 恐らく本当に話したいことはこんな事じゃないだろう。だって、先程までとは打って変わって今の新島は俺とコミュニケーションを取りたがっている。話をするためだけに飛んだとは到底、思えない。となると、何かしらの真意があるはずだ。


「雑談をするために飛んだのか」

「……そこもバレバレか。ああ、二人っきりになった理由はもちろん、あるんだ。確かに二人を相手にするのは面倒だったのもあるけどね」


 綺麗な顔をクシャッと歪めて笑う。

 これに関しては嫌な笑みではないな。この笑みだけを見ていたのなら恋をする馬鹿女共の気持ちは分からなくはない。……本質が糞野郎だから好意を持ちはしないけどな。


「単刀直入に言わせてもらおう。私の仲間になる気はないかな」

「……仲間だと」


 仲間ってことは手を結ぶってことだよな。

 なぜ……というよりも何で俺に言ってきたんだ。池田の件があっても尚、俺にこんな話を振ってきた意味がよく分からない。別に俺である必要は無いよな。それこそピックアップにいた遠山や鬼塚辺りでもいいはずだ。


「大吾の件は水に流すよ。アイツは少しばかり勝手なことをし過ぎていたからね。多少は私も恨んではいるが自業自得だったからさ」

「……どうして俺を求める」


 敵対しないのは悪いことじゃない。

 でも、それに対する代償がかなり大きい気がするし、何よりも理由次第な気もする。ってか、嫌な予感がするから仲間にならない方が正解なんだろうな。それでも理由自体は聞きたい。勘が外れることだって無くはないはずだ。


「世界を手に入れるため、だ」

「……はぁ?」

「ふふ、そうやって笑うよね。でも、水に流し許そう。私はね、昔から欲しいものは全て手に入れてきたんだ。だけど、世界だけはどうしても自分のものには出来なかった」


 コイツ……本当にイカれているんだな。

 頭のネジが数本ばかり外れていると言った方がいいのかもしれない。そんなものの為に俺を仲間にしたいとかマジで意味が分からない。世界なんて手に入れても手に余るだけだろうに。


「下らないな」

「君にはそう見えるかもね。それでも重要なことなんだ。私は親以上のことをしなければいけないからさ。そのためには君が欲しいんだよ」


 君が欲しい……気持ちが悪いな。

 せめて、女の子に言われたい。もっと言えば菜奈に耳元で囁いて欲しいな。こんな糞野郎に言われて喜ぶ男なんていないだろ。……はぁ、聞いて損したな。少しでも期待した俺が馬鹿だった。


「転移者の中でも見たことがない青年。ましてや、私と対等に、それ以上に強いかもしれない君は仲間にして損がないだろう。ほら、最大の敵は最大の味方になり得るとも言うくらいだし」


 ここではイエスと言っても問題は無いよな。

 だって、後から反故にすればいいだけだし。だけど、本当にいいのか。言葉上だけでも肯定していいのか。……きっと俺のプライドを求められているんだろうな。どちらを口にしても逃げる手はある。……だったら、いや、だからこそか。


 コイツを信用することは出来ない。

 ここで池田を切ったとすれば使えなくなった時には俺も切られてしまう。それにコイツの言うことを聞くのは死んでもゴメンだ。……今の発言で少し気になるところはあったが聞く理由もないかな。多分だけど同じ立場である菜奈に聞けば分かる話だろうし。ならーー。


「それでどうかな」

「ああ、俺の回答はな」


 毒の短剣を投げつけてやった。

 軽く躱されて離れた場所にある木に刺さってしまった。すぐに回収して構え直す。城の中では周りのものを破壊しかねないから広い場所に飛ばしてくれたことは感謝しないとな。ちょっと先に森もあるし隠れるのだって出来るはずだ。


「お前の野望に興味は無い」

「そうか……残念だよ」

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