1章45話 不穏な影

「……大丈夫さね、後は待てば治る」

「良かったです」


 振り返ったフィラが笑ってそう言う。

 表情には出さずに隠しながらそっと胸を撫で下ろした。帰るまで十分もかかっていなかったから、そこら辺も大事に至らなかった理由なんだろう。まずは何も無くて本当に良かった。


「ショウの応急処置が上手だったから何もしなくてよかっただけ。よくもまぁ、魔力回復ポーションを二種類とも持っていたね。持続性の高い回復ポーションは簡単には手に入らなかったろうに」

「運が良かっただけですよ。……後、詮索はしないでいただけると助かります」


 褒められて嬉しくはある。

 それでも詮索されるのは本当に好きじゃない。フィラが相手とはいえ、俺の能力は初見殺しに近い部分が多々ある。それを仲間と認めていない人に話すわけにはいかないんだよな。少なくとも仲良くはしたいが仲間に出来るかどうかは未だに分からないし。


「酷い言い草だね」


 不機嫌そうに吐き捨てるフィラ。

 そうは言っても事実は事実だ。良く言えば俺と菜奈の関係を近付けてくれた、悪く言えば菜奈に勘違いさせる行為をしてきたフィラが言えたことでは無いだろうに。……所詮、更年期か何かなんだろうから気にするだけ無駄だ。


「まぁまぁ、ショウにはショウの考えがあるんだ。突っかかる理由はねぇだろ」

「グランさん……」


 俺とフィラの間に入ってきたグラン。

 今だけはものすごくカッコよく見えてしまう。多分だけどグランはグランで俺とフィラの関係が壊れることを望んではいないんだろうな。きっと二人して何かを隠している。その真意に沿った行動をした結果が対極したコレなんだろう。……無駄に険悪な関係になる理由もないか。


「……すいません、言い方が悪かったです」

「いや……コッチも悪かったさね。ショウにも聞かれたくないことの一つや二つ、あるのが当たり前だった。こちらとしてもショウ達と対立する意図なんてサラサラないさね」

「はい、理解しています」


 そう返すとフィラは菜奈を見詰めてしまった。

 どういう意図でそうして来たのかは分からないけど、少なくとももう話す気は無いんだろう。それならこのままここにいても無意味だ。菜奈を見ているってことは治療しなければいけない時に即座に対応出来るようにってことだろうしね。


「後はよろしくお願いします」

「ああ」


 フィラの返事を聞いてから部屋を出る。

 さてと……今日中にやりたい事の殆どが無くなってしまった。まさか、今からグランにダンジョンへ行きたいなんて言えないし……何をするかな。本を読むとかありかもしれないが……。


「ショウ、暇か?」

「……ん?」


 部屋から出てきたグランに話しかけられた。

 暇かと聞かれると……肯定したくはないけど実際はそうだな。寝るにしても少しだけ早すぎるし多少は時間を持て余している、と言っても過言ではないってことにしておこう。


「少し暇ですね」

「そうか……なら、話をしないか」


 話をしないか……ねぇ……。

 別に構わないけど深刻そうに聞いてくる理由が分からない。いや、深刻そうというよりは焦っていると言った方が正しいのかな。グランの感情を読めるわけではないから何とも言えないけど少なくとも「はい」と言って欲しそうにはしている。


「いいですよ」


 特に拒否する理由もないからね。

 面と向かって話をしたいというからにはグランなりに重要な何かを俺に話そうとしているってことだし。ホッとしたように微笑むグランの後ろをついていく。部屋の中で話はしないみたいだ。一直線で嫌な思い出しかない庭へと向かっている。


 まぁ、部屋の中は盗聴されているからね。

 それをグランも知っているから何も言わずに外へ向かっているんだろう。まさか今からダンジョンへ行って話をするわけにもいかないし。それを踏まえると庭へ行くのも納得出来るけど……良い予感はしないな。


「……ここなら他に人も来ないだろ」

「ええ……」


 ガーデニングの真ん前にあるベンチ。

 そこに腰かけ隣を叩いてくる。申し訳ないけど全てがデジャヴに見えて仕方が無い。これが俗に言うフラグなんだろうな。……そうは思うけどグランの指示に従って隣に座った。日光に暖められていたからか少しだけ温もりを感じられる。


「綺麗だろ」

「……口説いているんですか?」

「んなわけあるか、俺はただこの花達を愛でているだけだ。男を愛でる趣味はない」


 知っている、ただ揶揄っただけだ。

 だけどさ、男に対して花の綺麗さを話す意味なんて無いだろうに。それともなんだ、この花達はグランが育てているって言いたいのか。……そんな事ないのは廊下で馬鹿騒ぎするメイドの話で分かっているんだけどね。


「この花はな、俺の父さんが作らせた場所なんだよ。異世界から来た人達を楽しませられる場所があった方がいいってな」

「……良い考えをしていますね」

「それが転移者の一人に一目惚れしたからだとしても同じことが言えるか?」


 一目惚れでガーデニングエリアを作った、ね。

 別に悪い事だとは思わないけどな。それこそ、作らせる余裕があるのなら俺だって似たようなことをしていたと思う。……って、そうか。作らせたということはグランの父親も相当な役職持ちってことになるよな。


「父さんから兵士長の座を継いでから二、三年は経つが未だに意味が分からないんだ。いつもここを通る度に二人のことを思い出す。幼い時の両親の思い出をな」

「今は近くにいないんですか」


 少しだけ悲しそうな目を向けてきた。

 ああ、これは一種の地雷だったのか。今更、遅いが配慮が足りなかった。相手がグランとはいえ、何も考えないで話をするのは愚か過ぎる。この城の中で珍しく話が通じる人だからね。


「気にするなよ、消えたのは父さん達の意思だったんだからな。自分達が成長の邪魔をしているかもしれないって話して家を出たわけだし」

「成長の邪魔をしている……」

「ああ、この歳で俺は祖父や父ほどの強さはないからな。未だにそうだが俺をナメて馬鹿にしてくる人も少なくはないんだ。そして授与された当初はそれが顕著だった」


 なるほど……察するにアレだな。

 自分のせいで息子が比べられてしまう、自分の行いのせいで息子が陰口を叩かれてしまっているのが耐えられなかったのか。いや、それだと間違っていそうだな。だって、それらは全てグランの父の行いからそうなっているだけだ。となると、なんだ……教えることが成長の妨げとなるって考えたからか。


 分からなければ聞く、それではダメと考えているとした合致がいく。自分の力で成長して欲しいという親心が働いているから家を出た、ならまだ温かい捉え方は出来る。でも、もしかしたら……いや、これは別にいいか。


「まぁ、そんな事はどうでもいい。それでショウはこの花達をどう思う?」

「……複数の色をした花が咲いていて美しいとは思います。一種類の花しか咲いていないように見えるのは何かしらの考えがあるようにも思えますね」

「そうか……お前もそう思うよな」


 あまり表情は変えてはいない。

 だけど、ちょっとだけ頬を緩めたのは見逃していない。この答えは正解だったんだろう。よく分からないけどガーデニングを褒めてもらいたかったのかな。親が作った空間を子供ながらに褒めてもらって必要性を感じたかったとかか。


「お前なら何か分かるかもしれないと思って聞いたんだ。今までだって何度もここに来たが俺には何も分からなかったからな。分かるキッカケが欲しかったんだ」

「そうなんですね」


 初めて見た悩むグラン。

 これを見せてくるということはそれなりに俺を信頼してくれたからか。いつもならこうやって続きに困ることはない。何を話せばいいのか、そこに悩んでいるんだろうな。……背中を押してあげるか。本質を突く話でも無い限りは俺にとって困ることもないし。


「本題は何ですか」

「……そうだな、まどろっこしい問答はやめだ。こんな俺は俺らしくないからな。ショウ、お前に聞きたいことがある」

「……何でしょうか」


 ニヤッと笑みを浮かべグランは話す。

 グランはグランで考えていたことがあった、だからこそ、グランの質問がものすごく気になる。どんなことであれ返答は聞いた後に考えればいい。


「お前は」


 グランが話をしようと口を開く。

 その時だった。


「見つけたぞ」


 嫌な声と殺気を感じ咄嗟に振り向く。

 危なかった、武器を構えていなかったら確実に命を一回落としているところだ。まさか、こんな場所で本気で剣を振り下ろしてくるとはな。さすがは勇者様だ、凡人とは考え方が違う。


「何の用かな、新島君」

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