1章44話 小さな依存
「勘でしかないけどアッチに行ったら一体だけゴブリンリーダーがいると思う」
「分かりました。信じます」
何となくは本当はダメなことなんだろう。
でも、菜奈が戦いたいというのであれば俺は願いを叶えられるにしたいからね。そうなったら最高まで上げさせた幸運をフル活用するしかない。スキルでも何でもない、確証の無い幸運に頼って俺の願いを叶えるしかないんだ。
だけど、これだけは確実に言える。
この力は普通のスキルとは比べ物にならないほどのズルい性能をしているって。時間と状態さえ変えれば劣勢だった状況も優勢にし、周囲の状況すらも勘で把握させてくれるイカれた能力。何度も思うがガチャとは比べ物にならない力だよ。だから、俺が指さした方向にだって間違いなく魔物がいる。確証が無くても自信はあるんだ。
「ごめん、三体だった」
初めて勘が外れてしまった。
これだと菜奈に戦わせるのは無理だな。一対一でさえも満足に出来ないんだ。例え願いを叶えさせたかろうとも怖い思いをさせかねない戦いはさせられない。それは一対一、二対一を何とか出来るようになってからだ。今なら見つかっていないから引き返せるだろうし、隙をついてそのまま倒すことだって出来る。
幸運を過信し過ぎたな。
ある意味、良い機会だったかもしれない。これで幸運を頼らないとはならないけどね。とりあえず今は他の敵を見つけないといけないから……。
「俺が倒すから次を当たろう」
「いえ、やります」
自信に満ちた目で返してくる。
本当にそれを信じていいのか。それが分からないからこそ、簡単に「はい」とは言えない。今までだって戦えなくて俺の後ろにいたんだ。それがいきなり戦えますなんて変わるわけが無い。
「それでも」
否定しようとした俺の口。
そこに菜奈の人差し指が置かれる。それ以上は何も話さなくていいって言いたいんだろうな。俺を安心させるように笑いかけてきたし……きっと本気で考えた菜奈なりの作戦があるんだ。もしも俺が敵を倒してしまえば、その心意気を否定することになってしまう。
まだ悩みはするし否定はしたい。
だが、ここまで来たら挑ませるしかないか。逆に俺が過保護過ぎた可能性だってある。前がこうだったからって否定するのは、進もうとする菜奈の道の壁にしかなっていないかもしれない。
「分かったよ。ただし無茶はしないでね」
「危なかったらショウさんが助けてくれるんですよね」
「……もちろん」
茶化すように顔を近付けてきた。
少しドキッとしたけど軽い深呼吸をして気持ちを落ち着ける。このまま唇を合わせたらどんな反応をするのか、色んなことが気になるけど場所が場所だからさすがにしない。血涙を流しそうな涙腺を筋肉で押えて笑顔を返す。
「なら、安心して戦えます。ショウさんが近くにいてくれるだけで勇気が貰えます。だから」
顔を近づけたままで深呼吸をしている。
目で見えて分かるほどの赤い魔力のオーラが菜奈の周りから滲み出ていた。これだけを見ると前と同じく火魔法を暴走させているだけのようにも思えるけど……目には明らかに意思が宿っている。
「今だけは手を繋いでいてください。こうしていればショウさんから力が貰える気がするんです」
「うん、信じているよ」
どこまでいけるのか、何をするのかは分からない。
だけど、こんなことで菜奈に勇気を与えられるのなら俺は何だってする。それこそ死んだとしても俺は手を離したりなんてしない。片手であろうとも菜奈を守る手立ては幾らでもあるからね。それに……今の菜奈を見ていると不思議だけど負ける気がしないんだよね。
熱気が漏れ始めたからか。
遂に少し先の草むらからゴブリンリーダー達が姿を現した。いつもの如く菜奈を見つけて嫌な顔をし始める。……菜奈の握る力が強くなったな。ああやって口にはしていたけど変わらず怖いんだろう。それに負けないように強く握り返して「大丈夫だよ」とだけ伝えておく。今はそれ以上の何かをするべきではないからね。
静かな空間、汚い笑い声……そして深呼吸の音。
小さく繰り返される「大丈夫」という声に共鳴するかのように早くなる菜奈の鼓動が少しだけ焦りを感じさせてくる。対してゴブリンリーダー達は俺を殺すためだけに距離を詰め始めてきた。その後はグランでも狙うのだろうか。どちらにせよ、何かしらの攻撃をしなければいけない距離までは詰められてしまっている。ゆっくり、ゆっくりと時が進んでいるような気がして……喉も体も乾いていくような不思議な感覚が襲ってきた。
それを理解して安心した。
だって、これは……。
「飛べ!」
赤いオーラの一部が固まり目の前を燃やす。
ただの火の玉とはまた違う……形容し難い炎が一瞬だけ見えたかと思うと目の前が赤一色に染まっていた。これが菜奈なりの作戦だったのか、チラッと横を見ると菜奈の顔は酷く青ざめている。当たり前だ、あの感覚は俺から魔力を奪った証。そこまでしてようやく発動させられた魔法なのに使用者である菜奈にダメージがないわけが無い。
とりあえず風の壁だけ建てておいた。
このまま放置していたら周囲の木々を燃やして大火災を招きかねない。風の壁さえ建てておけば中に新鮮な空気を入れなくて済むからね。消えるのも時間の問題だろう。これさえしておけば後は何をするか決まっている。ガチャ画面を開いてっと。
キチンと石を使って回すんだ。
それなりに俺が望んだアイテムが出てくれなきゃクレームものだよ。まぁ、そんな大失態を幸運が起こすわけもないけどさ。十連の方に指を当てて演出を流し見する。肩に何か柔らかい感触がした。急がなきゃいけなさそうだ、耳元で聞こえる呼吸音も荒く激しい。
出た玉の色は……って、そんなこと気にするな。
結果だけ見ればいい、出た中に俺が必要としているものは……ああ、あった。二本の瓶を取り出して蓋を開ける。容量自体は大したことがないから両方とも流し込めるはずだ。菜奈の頭を持ちながら胡座をかいて乗せる。顔は上を向かせてちょっとだけ頭をあげさせて……まずは片方の瓶を口元に付けた。
こっちは魔力回復ポーションだ。
減ったMPを回復させるだけのポーションだけど今は確実にいる。情報頼りで何とも言えないけど恐らく今の菜奈は魔力が枯渇しているから倒れているからね。応急処置に近いけど回復させれば一安心出来るはずだ。……大丈夫、何とか飲みきってくれた。後は二つ目のこっちを飲みきってくれれば……。
咳き込みはしたが飲んでいる。
こっちは持続してMPを回復させてくれるから時間さえ経てば何とかなるはず。最悪は無理やりにでも飲ませるつもりだったし……そうしなくて済んで本当に良かった。全部、飲んでくれたのであれば、やることは一つだけだ。
菜奈を背負って立ち上がる。
今回ばかりは焦らされはしたけど菜奈を褒めないといけないね。しっかりと倒すと決めた魔物を全部、魔法で狩りきったわけだし。……ただ、もう少しだけ手間のかからない倒し方をして欲しかったかな。
倉庫を開いて適当に物色する。
他に出てきたアイテムの確認とかをしていなかったっていうのもあるけど……今、使えそうな何かがあるかもしれないから見てみた。一応は外れアイテムとして出たであろう水の魔石が三つあったから取り出して弱まった火の上で割っておく。風の壁を消したせいで一瞬だけ勢いが強くなったけど簡単に消えてくれてよかったよ。
「帰りましょう。ここでは菜奈を休ませることが出来ないですし」
「ああ……」
菜奈が倒れてしまった今、他にもっとしなければいけないことはないだろう。今日のお忍びでのダンジョンも無しだな。容態が悪化した時に近くにいないと助けられるものも助けられない。フィラを信じていないとは言わないけど俺の場合は何でも手に入るガチャがあるからね。
記憶が無く強くもない俺が頼れるのは唯一、俺を理解してくれようとしている菜奈だけだ。それなら俺は俺で菜奈を誰よりも大切にしないといけない。もしも俺が誰よりも最低で最悪な存在であったとしても菜奈からは嫌われないように俺は頑張らなければいけないんだ。菜奈が俺のために頑張ってくれたように。
「大丈夫、すぐに良くなるよ」
菜奈に笑いかけて帰路に着いた。
運が良かったからか、帰り道で魔物と出会うことは一度も無かった。こういう目立たないところでも活躍してくれる幸運は本当にいい。魔力がないと使えない魔法とは大違いだからね。
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