1章43話 小さく大きな頼み事

「とりあえず……」


 まずは魔物探しをしないといけないな。

 何にせよ、俺達が進むためには六階層の魔物を安定して涸れるようにならないといけないし。ただ今回のように物陰から襲ってくる敵しかいないのなら面倒この上ない。一々、探して倒してを繰り返すのは別にいいよ。でもさ、個々で現れたら効率が酷く悪過ぎる。


 グランに頼るのはアリだが……面倒だ。

 仮に城を出たとしたらグランとの関係も無くなる可能性だってある。その時に魔物を見つける能力が無くて困るのは俺だ。出来る限り自分で力を養っていかないといけない。……なら、頼れるのは一つだけかな。


「あっちに行きましょう」

「分かった」


 誰よりも高い幸運、それに頼る。

 ってか、俺って幸運に頼りっぱなしだな。他に頼れそうなものがないのは分かっているけど、本当にミカエルに幸運を上げさせなければ今頃の俺はどうなっていたんだろうか。少なくとも短剣とかローブとかは手に入れられていないよなぁ。あの時の俺、ナイス判断だ。


 道とは言えない長い草が生えた通路。

 そこを毒の短剣を片手に歩いていく。何となくではあるけど、この先に敵がいるような気がしたからね。下手に歩いて良くない結果を産むよりは多少は嫌でも安定した行動を取った方がいい。こういう時に探知みたいなスキルがあると楽なんだろうなぁ。まぁ、無いものねだりの可能性はあるけどね。


「いましたよ」


 小声で後ろにつく二人へ教える。

 さすがは幸運だ、しっかりとゴブリンリーダー五体の群れを見つけてくれた。やっぱり個々でいる性質があるわけではないみたいだね。だとしたら憂いがちょっとだけ減った。勘を頼って魔物を探して見つけ次第、倒せばいいだけだし。


 紫刀を発動して気配を消す。

 別にバレたところで対して困ることはないけど念の為にね。全て一撃の下に伏すだけだ。そこまで考えることも無い。草の中から飛び出て二体のゴブリンリーダーの首を飛ばす。残り三体にバレてしまったけど問題は無い。


「毒刃飛葬」


 少し大きめの刃を飛ばして終わりだ。

 実際、ヒュドラの毒はゴブリンリーダー如きが耐えられるものでは無いからな。少しでも触れてしまえば死を与えてくる存在が刃となって飛んでくるんだ。少しだけ哀れみを覚えてしまうかもしれない。まぁ、嘘だけど。


 素材だけ回収してグランの元へ戻る。

 さすがに相手が相手だったからか、驚いた様子は無さそうだ。……まぁ、前と違うのは菜奈が誇らしげに胸を張っていることくらいか。そりゃあ、彼氏のカッコいい姿を見たら喜ぶよなぁ。初めての経験だけど何となく俺も嬉しい。


「次に行きましょう」

「言い方からして敵の場所が分かるってことだな。なら、ショウに任せる。一々、探知を使うのは面倒だしな」


 人任せな、って言いたい気持ちはある。

 それでも今は別にいいや。探知で魔物を探すわけではないから俺の負担は無いに等しいし、探知でかかるかもしれない時間の削減にもなるからね。何となく気が向きそうな方向は……っと、アッチら辺かな。また適当に歩いて魔物がいるであろう所まで進んでみる。


 元がゴブリンだからか、数だけは多い。

 本当にゴブリンと黒光りする奴は似ているんだろうなぁ。まぁ、ダンジョンにいる魔物に関しては繁殖するんじゃなくて生産されるだけなんだけどね。ダンジョンが中に入ってきた人を殺すために作られた存在、だからこそ、俺も気にせずに狩りまくれる。


「これで三十……かな?」


 レベルはグングンと上がっていく。

 なのに、それとは合わないステータスの低さ。本当にこの数値だけは未だに変わらずFだ。多少は上がっているのかもしれないけど強くなった実感だけは湧かない。……敵が毒の短剣を一振しただけで死ぬのも悪いかもしれないけどさ。


 一番に手っ取り早いのはジョブチェンジ。

 でも、これだけはまだしたくはない。ミカエルに頼んだ手前っていうのもある。だけど、俺の勘が魔物使いのままにした方がいいといっているんだ。仮に変えたところで確実に強くなれるわけでもないからね。なら、俺は何をするべきか。


「後……二十は倒したいかな」


 上がりやすいレベルを上げまくる。

 少なくとも今はそれだけでいい。緊急性が高くない中で無理やり自分を変える必要はないからね。とりあえずは勘に従って結果を見ていきたい。もしかしたら……本当に仮の話だけどさ。ジョブにも熟練度みたいなものがある可能性があるし。いや、さすがにないか。


「……二体、多かった」

「二時間弱で五十二体……早いな」

「運が良いだけですよ」


 探す時間が無いから当然の事だろう。

 そこに関しては幸運に感謝するしかない。これのおかげでレベルが七十を超えた。速度を上げるために使っていた風魔法のスキルレベルも上がってくれたし……良い事ばかりだ。まさかとは思うけどスキルレベルの上がりやすさも幸運の……。


 適当に考え事をしながら素材を回収しておく。

 これを売れたらなぁと強く思うよ。量が量だから安値で買い叩かれても良い値段はしてくれる。お金に困ってはいないけど無いよりは有る方がいいしね。……ただ、素材よりも重要なのは時折、落ちている、この宝石だ。ガチャをたくさん回すためにいっぱい落ちて欲しいからね。


「さて、と」


 菜奈を連れての攻略はこれで終了だ。

 今は魔物に慣れてもらうために連れてきてはいるが無茶はさせたくない。それに言っては何だが一人の方が動きやすいからね。これに関しては菜奈がというよりは、誰と一緒にいても同じことを考えていると思う。


 だから、予定通り一度、帰宅する。

 最初にフィラに頼み事をして、その後にダンジョンにもう一度、入れるようにグランに頼むって感じかな。さすがに一人は許されないだろうからグラン同伴にはなるだろうけど。まぁ、俺よりも強くて早いグランだ。自分のペースで勝手に動いても大丈夫だろう。……そのうち菜奈とも高速でダンジョンを攻略したいな。


 冒険者になるのってすごくいいかもね。

 馬鹿なのかもしれないけど菜奈と一緒に知らない土地に行って、そして最短でランクを上げて名前を売りたい。誰かの英雄になる気は無いが、名前だけで誰かを守れるような菜奈だけの英雄では居続けたいからさ。


「帰ろう、少ししたいことが」

「ちょっと待ってください」


 菜奈の隣まで行って笑いかけた時だ。

 そう言って呼び止められてしまった。ものすごく真剣そうな顔をして何かを言いたそうにしている。何か思うところがあったのかもしれない。だとすると、焦らせるのだけはしてはいけないな。


「ゆっくりでいいよ」

「はい!」


 いつもと変わらない良い返事だ。

 何度か大きく深呼吸したかと思うと唇をキュッと固く結んでから視線を向けてきた。こういう事を考えてはいけないんだろうけど真面目な姿も可愛い……いや、今はそういうことを考えている余裕はないね。


「帰る前に私も戦いたいです」

「う、ん……?」


 戦う、戦うと言ったのか……。

 いや、別に戦う事自体は許可を取る必要は無いと思うんだけど……って、違うな。良いだけ俺が戦わせたくないって話していたんだ。ここまで重苦しそうに聞いてくるのも不思議ではない。俺がこうだからってして来た弊害が今になって出てきてしまうとは……。


「いいよ」

「ありがとうございます!」

「俺が魔物を引き付けるから菜奈はその間に魔法を撃てるか試してみればいい」


 戦うのは自由だ、でも無理をさせる気は無い。

 戦えないならそれでいいとは思っているけど、菜奈はそう思っていないみたいだからね。とりあえずは普段通りではあるけど俺が前衛を担って、その間に魔法のコツみたいなのを理解してくれれば一気に戦力アップだ。もしかしたら二人だけでダンジョンへ挑むのも遠い話ではーー。


「いえ、一人で戦いたいんです」


 背中を冷たい汗が伝う。


「一人で……やりたい?」

「はい!」


 元気いっぱいな返事。

 戦いたいっていう気持ちは買うよ。だけどさ、一人で戦わせるには少し準備不足というか、足りないものがあるように思えてしまうんだ。現に俺は菜奈が自分の意思で魔法を放った姿を見たことがない。それなのに……何を信じて「やっていい」と言えばいいんだろう。


 もちろん、やるなって言うのは俺のエゴだ。

 俺が傷付いて欲しくないと思うからこそ、一人ではなく二人でって言ってしまう。でもさ、逆に許すのは放任しているのと同じじゃないのか。戦えるかも分からない子を戦わせるなんて恋人としてするべきでは無いだろ。今なら尚更、大切に思っているから許したくは無い。


 でも……。


「……何か作戦でもあるの?」

「今回は失敗しません」

「ふーん……」


 自信あり気な声と表情だ。

 ……仕方ないか、一回だけ戦わせてみて後のことはそれから考えよう。少なくとも菜奈が傷付くことはないようにしないとね。……もしも、守れなかったら毒でも何でも飲み込んで死んでやろう。生き返れるから菜奈に心配はかけないし、自分には毒の苦しみを味合わせられるから良い罰になるだろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る