1章42話 一つ上の世界へ

「なるほどな……それは怒ってもおかしくはない」

「はい、俺は菜奈が大好きなので」


 食後、グランに説明をしておいた。

 とりあえず池田と戦った理由、そして戦闘不能まで追い込んだ訳を適当に。さすがに笑った理由とかは分からないって言うしか無かったけど狙われたのが菜奈だったから……何となく察してはくれたみたいだ。まぁ、付き合うことになったって話をしても驚かれなかったからね。グランから見て両思いだったのはバレバレだったらしい。


「だが、驚いたぞ。いつも冷静に対処していたショウがイケダを追い込むとは少しも考えていなかったからな」

「痛い目を見ないと人は学びませんよ。目をつけられたくはありませんでしたが、菜奈が襲われそうともなれば話は別です」


 死の手前まで追い込んだことに後悔はない。

 ってか、冷静でいたとしても毒で死なない程度に痛めつけてはいる。回復は……さすがに使わないとは思うけどね。人殺しは別に厭わないが菜奈に嫌われるのだけは勘弁だ。天秤にかけるまでもなく菜奈を守るためなら何人であっても殺す。少なくとも今はそう思っている。


「……あまり殺気は出すなよ。変に疑われてしまうぞ」

「……出ていましたか、すいません」

「追々、そこら辺も教えないといけなさそうだな。城にいるにしても外へ出るにしても感情を抑えられないと問題を起こしかねない。……まぁ、ショウなら全部、一人で解決してしまうんだろうけどな」


 確かに……否定は出来ないかな。

 現に一人で解決しようとしてパーティ解散を持ちかけたわけだし……全てを解決させられるかは別として一人で行動はしそうだ。今更になって感情をコントロールする訓練かぁ。怒られ方が小学生に近いからね。ちょっとだけ恥ずかしさを覚えてしまう。


「それにしても流石だな。戦闘を始めたばかりの存在が相手とはいえ、ステータスでは大きく負けているイケダを倒しきるとは思わなかったぞ」

「池田が勝つと思っていたんですか」

「いや、なあなあに済ませると考えていただけだ。少なくとも負けるとは思っていなかったな。俺を倒す手前まで持っていったショウが、あの程度にやられてもらっては困る」


 あの程度って言い切っちゃったよ。

 別に俺はどうでもいいけどさ、立場的にフラットに見ないといけないんじゃないのか。グランは教師では無いから対等に扱う理由は無いにせよ、俺よりステータスで勝っている人を「あの程度」って言うのは……少し可哀想に思えてくるよ。まぁ、嘘だけどな。アイツは精神的にも肉体的にもゴブリンと大差ない。だが、謙遜だけはしておこう。


「あれはグランが手を抜いていただけで」

「戦闘未経験者が兵士長の本気を出させる凄さが分からないとは言わないよな。どうせ、誰も聞いていないんだ。素直に答えろ。少なくとも兵士長になった後で俺が本気で戦ったのはショウただ一人だぞ」


 まぁ、とグランの顔が強ばる。

 今までに見たことがない表情だ。そこまで恐ろしがる理由が何かあるんだろう。もしかしたら兵士長になる前の人並み以上の努力を思い出しているのかもな。勇者並みの成長率である菜奈でさえもグランのステータスを越せていない。きっとチート無しであそこまで行くには考え付かないような血の滲む努力をーー。


「あのババアには勝てねぇけどな」

「……そうだったんですね」

「ああ、十年近く戦いを挑んでいるが一度も勝てたことがないな。老いを知らないババアほど怖いもんはないぞ。昔のように大きくなれば、何て甘い考えは今の俺には出来ねぇからな」


 そう言ってガハハと大声で笑う。

 十年近く……それだけフィラとの仲も長いんだな。何となくだけど心中お察しするよ。別に嫌ってはいないが……あの人の相手をするのはかなり骨を折るだろう。良い人ではあるけど面倒臭い人でもあるからね。それにどこか常識外れなこともしてくるし……うん、やっぱり面倒臭いな。


 適当にグランと雑談を交わしてから転移門のある部屋へと向かう。菜奈には先に行っておくように伝えていたから問題は無い。一応、二つの短剣を取り出して構えておく。今日からは六階層、つまり階層ボスを倒した後の世界だ。出てくる魔物も少しだけ変わってくる。というか、強化されていると言った方が正しいな。これも情報の中に書いてあったことだ。それのせいで舐めてかかった冒険者達の多くが死んでいるって。


 だから、少なくとも油断は無くそう。

 グランが付いているから大きな問題は無いが菜奈を守りながらで……となると、少しだけ負担も大きくなりそうだ。あー、前以上に気を遣うことが増えてしまった。まぁ、ちっとも嫌な気持ちは湧かないんだけどね。ただ菜奈も出来る限り戦えるようになってもらわないと困りそうだ。


 転移門から出て周囲を見渡す。

 菜奈は……ああ、いたいた。


「菜奈」

「ショウさん!」


 俺を見つけた瞬間に飛びついてきた。

 子犬みたいな可愛らしさがあるな。一言で表したとしても可愛いとしか言えない。人目がないからっていうのもあるけど大胆だなぁ。やっぱり、付き合い始めたってこともあって枷が一つや二つ外れてしまったのかもね。ぶっちゃけ、普通にしていても可愛いからどっちでもいいけど。


「おうおう、見せ付けてくるな」

「可愛いですよね」

「……そうだな」


 なんでそんな諦めた顔をしているんだ。

 可愛い以外になんの反応を示せばいい。天使か、それとも神か何かか。どちらにせよ、今の菜奈を見て可愛いと思わない人はいないはずだ。グランにそんな顔をされる理由が全くもって分からない。……まぁ、さすがに冗談だ。惚気られて嬉しい人はいないからな。


「行きましょう。こんなところで時間を食っている暇はありませんから」

「……ああ、気を引き締めていけよ」


 俺は一つだけグランに頼み事をしていた。

 それは『ダンジョンを進む速度を上げる』こと。前の俺ならばしなかった事だったけど……今回からは少しだけ話が違う。俺は新島陣営から菜奈を守らないといけなくなってしまった。それに昨日のことで俺自体もアイツらから目をつけられてしまっただろう。だから、なるべく早めに強くならないといけない。


 もちろん、幾つかの考慮すべき点はある。

 例えば戦えない菜奈をどうするか、だ。でも、これに関しては大した問題ではない。早めに菜奈だけ返して俺はグランの指導の元、その日の最下層でレベル上げをすればいいだけだからな。その間はフィラから魔法を教えてもらえば菜奈も無意味な時間を送らなくていいし……割と良い考えだと思っている。


 ただ一番の問題は俺自体が弱いことか。

 この件は本当にどうしようもない。いや、幸運を無理に上げてもらった代償なのかもしれないけどさ。……これは弱過ぎる。最低ランクの冒険者と同列のステータス……これだと出来ることは限られているからね。確実に歩む速度を間違えれば命は無い。それが分かっているからグランの顔色もあまり優れないんだろう。もしくは出てくる敵のレベルが一気に変わるからか。


 だが、気にする理由は無いな。

 何でもそうだけど気にして解決するのであれば誰だってそうしている。小さなイレギュラー一つで簡単に死ぬ世界なんだ。進まずとも死、進んでも死なら俺は後者を選ぶ。少なくとも今の俺にはグランがいるわけだしな。竦んで動けないよりは動いて負けて……そして何が悪かったのかを体で理解したい。


 菜奈を引き離して階段を先行する。

 当然、武器は構えたままだ。限りなく薄いとはいえ、階段で魔物に襲われないという確証はないからね。それでも、階段で襲われるってことはさすがになかった。構えたままで階段を降りきって六階層の扉を開く。


「……森?」

「ああ、ここからは少しだけダンジョンが様変わりする。今までのように限られた通路から攻撃されるわけではなくなるからな。絶対に気を抜いてはいけないぞ」


 魔物だけではなく環境も変化するのか。

 考えてみれば当たり前のことだったな。ダンジョン側からしたら俺達は成長するための養分でしかない。だというのに、わざわざ罠を張らない理由はないだろう。……そうなると結構、大変そうだなぁ。思っていたよりも新島や池田が戦っている空間はレベルが高いみたいだ。


「こういうことが日常茶飯事だからですよね」

「……言わなくても大丈夫だったかもな」


 いや、言ってもらった方がありがたい。

 今回に関しては何となく変な気配がしたから毒の短剣を投げただけだし。その先に魔物らしきものがいたのは本当に運が良かっただけだと思うよ。考えれば分かることとはよく言うけど予測する要素が薄かったら咄嗟に考え付きはしないだろうからね。


 それにしても……ゴブリンリーダーか。

 間違いなく出てくる魔物のレベルが上がっているね。池田の言葉からしてもっと進めば毒を使う魔物も出てるくらしいし……少しだけ気が滅入ってくるな。どうにかして毒への耐性だけは手に入れておかないといけない。……うん、今日から違う意味でも頑張らないといけなさそうだ。


「短剣を見詰めてどうした?」

「この子にも頑張ってもらおうと思っただけですよ。俺がしたい事を十全に発揮させてくれるのは得物二つなんでね」

「なるほど、気持ちはすごく分かるぞ」


 たいそう嬉しそうに大剣を撫でた。

 それだけグランの得物は彼にとって大切なものなんだろうな。……ちょっとだけ五階で雑に扱ったことが悔やまれるよ。怒ってはいないだろうけど気持ち的に、ね。今度、何かしらの良い物がガチャで出たらあげよう。酒とかが出たら喜びそうだしな。男のデレは見たくないが喜ぶ姿は見たい。案外と悪くなさそうだ。

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