1章41話 全てを曝け出して

※多少の性的表現があります。苦手な方は飛ばしていただけるとありがたいです。とはいえ、あまり直接的な表現はしていないつもりなので読む方は構えなくても大丈夫だと思っています。

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「仮にだよ」

「はい」

「仮に俺の本音が伊藤さんを傷付けるものだとしても聞きたいって言える?」


 少しだけ驚いたようで顔を強ばらせた。

 だが、それでも悩んだ時間は短い。元から答えは決まっていたんだろう。すぐに首を縦に振って作り笑いを見せてきた。……罪悪感が酷いな、俺のせいでここまで悩ませているのかと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。


「私はショウさんが大好きです。記憶がどうとか、人を殺しかけたとかどうでもいいです。だって、そんなことでショウさんの良いところがなくなるわけではありませんから」


 良いところ……か。

 そんなもの俺にはあるのかな。記憶がどうでもいいとか言われたけど……もし仮に日本にいた時のように俺が殺人鬼だったらさ、その時にも伊藤さんは俺に大好きだって笑ってくれるのかな。本当に分からないことばっかりだ。きっと池田を嬲ったアレが俺の本性のはず……それを見ても大好きだなんて言えるって……伊藤さんは本当にすごい人だな。


「だから、聞かせてください」

「うん」

「ショウさんはどうして私と離れたいんですか」


 真剣な眼差しからそっと目を逸らす。

 反応は見たくない、出来るだけ事実を述べられるようにしておきたいからね。……それでも伊藤さんが納得出来るような話はしないとな。だから、しっかりと思い出せ。俺は何で伊藤さんと組んで、そして離れたいと思ったのか。


 大きく深呼吸をして視線を合わせた。


「最初はさ、どうでもよかったんだ」


 こんな事を言っていいのか分からない。

 だけど、本心を話してくれた伊藤さんに本心で返さないなんて俺には出来ない。もしかしたら俺の話を聞いて伊藤さんは傷つくかもしれない、俺を嫌いになるかもしれない……例えそうなったならば俺も潔く諦めるさ。口にした言葉はもう戻せないんだから……全てを話しておこう。


「俺って少しだけ特別でね。女神と話す機会があってさ、そこで同じ転移者の情報を貰っていたんだ。どういう人とは関わらない方が良くて、どういう人と積極的に関係を持った方が良いって教えられて……後者にいたのが伊藤さんだったってだけ」

「そう、だったんですね」


 隠す様子もなく悲しそうにされてしまった。

 でもね、これが本心なんだ。嫌な思いをさせてしまうかもしれなかったから話を逸らしていた。まぁ、盗聴されている危険性からも話せなかったんだけどね。今は起きたら覚えていた風魔法があるから音を漏らさなくて済むから気にしていない。


「最初は単独行動が禁止されていたから都合が良い人を選んだ。実際はその程度の理由で話しかけたんだよ。……でもね、一緒にいるうちに都合が良いとかでは済まなくなってしまったんだ」


 というか、伊藤さんが可愛過ぎた。

 とりあえずは仲間に出来ればいいと思って、話をしたら滅茶苦茶に可愛い子で……そして、顔に見合うくらいに優しくて良い子だったんだ。よく分からないけど一人目惚れに近かったのかな。そこら辺は経験が無いから分からないや。だけど、これだけは間違いなく言える。


「好きなんだ、いや、愛していると言った方が好意の重さ的に正しいのかもしれない。だから、怖いんだよ。伊藤さんに嫌われてしまうことが」


 一人でいることに恐れはない。

 例え一人だとしても別に困ることは無いからね。だけど、好きな人に嫌われるのは違う。二人に慣れて愛方がとても大好きな人で……それの全てが壊れてしまうのが本当に怖いんだ。だったら、譲歩してでも最低限の関係は守り抜きたかった。


「伊藤さんを追ったのもフィラの勝手な行動で勘違いしたかもしれないと思ったからだよ。好きでもない人と好きな人、どっちを大切にしたいかなんて分かりきったことだろ」


 フィラの言葉の意味は分からない。

 だが、俺はきっと伊藤さんよりもフィラを好きになることは無いだろう。例え何回も同じような状況に晒されようと俺は同じく伊藤さんを追っている。それだけ俺は伊藤さんを……いや、菜奈という存在を愛しているんだ。


「大好きだから離れたかったんだ。俺の本性はきっと人間ではなく怪物に近い。じゃなければ、池田を嬲るわけがないからね。それを伊藤さんが見て嫌わないなんて思えなかったからさ」

「そんなの嫌いになる理由にはなりません」

「それは未だ分からない未来のことだろ。もしかしたら不意に伊藤さんは俺を恐れるかもしれない。現に池田を嬲った俺の姿を見て伊藤さんは怖がっていたよね」


 他の誰よりも嫌われたくない。

 ずっと一緒にいて、隣で笑っていて、そして異世界で楽しい生活を送りたいんだ。でも、そこに俺への恐れとかは抱えて欲しくない。生き残りたいから俺の近くにいるなんて……そんなこと望んではいないんだ。


「離れたくはないよ。だけど、嫌われるくらいなら」


 それ以上、何も言えなかった。

 というか、何も言えなくさせられてしまったんだ。首元に柔らかい感覚がしたかと思うと口元にまで感じたことのない感触がして……すぐ間近に伊藤さんの顔があった。きっと、これがキスっていうものなんだろう。なんというか……ものすごく安心してしまうよ。ドキドキはより強くなってしまったけどね。


「言い訳はいいです。本心を聞かせてください」


 少し唇を近付ければまたキスが出来る。

 そんな距離で伊藤さんは笑いながら聞いてきた。言い訳は要らないから本心を聞かせて欲しい、か……男らしいな。未だに言い訳を付けて逃げ出したい俺がいるのに……伊藤さんにはそんな腑抜けがいないみたいだ。逃げられないのなら……どうすればいいんだろう。……ああ、決まっている。


「一緒にいたいな。嫌われるかもしれないけど、それでも菜奈と一緒がいい」

「ふふ、私もです」


 またキスされてしまった。

 数秒間だけど……負けた気がして嫌だ。伊藤さんに手玉に取られてしまった気がしてムカついてしまう。……もう、ここまで来たらいいよね。嬉しそうに俺を揶揄ってくる菜奈に一泡吹かせてやりたい。


 立ち上がって両手を取る。

 そのままベットに押し倒して顔を近付けた。未だに笑ったままでいるけど……絶対にその余裕を失わさせてみせる。こっちから唇を合わせて菜奈の頭を撫でてみた。ちょっと涙ぐみながら笑う姿が可愛らしくて胸が痛くなってくる。


「嫌だった?」

「んん……嬉しいだけです」


 ギュッと優しく抱き着いてくる。

 我慢させているのではないかと少しだけ不安には思ったが……すぐにキスを返してきたので深く考えるのはやめた。真意はどうであれ、今は甘い時間に心を委ねたい。だけど……この笑顔だけは本気で守りたいな。囁きの壁の効力を強くして心が望むままに夜を過ごした。






 ◇◇◇






 チュンチュンと鳥の囀りが聞こえる。

 普段はそんな鳴き声は聞こえなかったはずだが今日は特別なのかもしれない。上半身だけ起こして周囲を見渡した。何も変わらないはずの光景、だが、ちょっとだけ違うことがある。小さな寝息が部屋に響いていた。


 まだベットの上に乗ったままの毛布を捲る。

 夢じゃない、確かに菜奈がそこにはいた。記憶が曖昧なせいで少しだけ信じられない自分がいたからね。……若干、服がはだけたままのは風呂も入らずに寝てしまったからか。まぁ、朝は早いし汗を流すくらいは出来るだろう。ただ……その前に一つだけ……。


 菜奈の前髪を搔き上げてみる。

 キチンと起こさないようにゆっくりと優しくした。やっぱり、可愛いな。眼鏡を外しているから尚のことだ。いや、かけている姿も可愛いから些事たるものだったな。そんな当たり前のことを考える理由もないや。


 そのままはだけた服を少しズラす。

 別に下着を見ようとか、裸を見ようとか変態思考からしたわけじゃない。……いや、そういう邪な考えがなかったかと聞かれれば間違いなく首を横に振るが……って、そんなことはどうでもいい。ちょっとだけ右肩の部分に魔力を流して眺めておく。


 おし、これも記憶通りだな。

 そこにはしっかり刻印を打ってあった。これで菜奈が操られることはそうそう無いだろう。そもそもの話、菜奈は昨夜から俺のものになったわけだしな。他の奴らに渡す気なんて一ミリたりとも無いね。……ただ……当然だけど刻印を見るとすごく嬉しくなってしまうな。


 一言で表すなら達成感……?

 好きだった人を自分だけのものに出来た満ち足りた気分だね。いやはや、幸運の高さもここで生きてきているのか。もしそうだったら幸運を上げて正解だったな。風魔法を獲得したのだって運が良かったからだろうし。……ふふ、やはりステータスで重要なのは力ではなく幸運のようだな。


「あ」

「へ……?」


 少しだけ焦ってしまった。

 寝顔を見ているタイミングで起きてしまうとは思っていなかったよ。口元を毛布で隠す菜奈も可愛いが……寝顔をもうちょっとだけ楽しみたかったなぁ。まぁ、それは明日にでも見られるだろうし諦めよう。


「えっと……」

「おはよう」

「……おはようございます。良い朝ですね」


 うーん、これはこれでイイな。

 恥ずかしそうにしながら「おはよう」って……可愛さが倍増、いや、数十倍になる。もっと味わいたいけど……さすがに今日はやらないといけないことが多いからな。泣く泣く我慢しよう、本当に血涙が流れてしまいそうだけど次の機会の楽しみにしないと。


「早く起きな、汗を流さないと」

「あ……そうですね。えっと……」


 頬を赤らめたまま俯いてしまったぞ。

 これはアレだな、きっと昨日の事を思い出してしまったんだろう。何から俺もちょっとだけ思い出してしまって恥ずかしくなってしまったし。……あ、これは駄目だな。服が透けているせいで……うん、より昨日の事を思い出させてくる。


「一緒に入ります……?」

「いや! 先に入ってくれるかな!?」


 そんなこと出来るだけの勇気が俺にはない。

 確かに興味はあるけど……いやいや、それで下手な事をして嫌われたくないし断るのが正解のはずだ。無理やり菜奈を一室に押し込んでおく。俺の番が来るまでの間はデイリーガチャを回して潰した。もちろん、色は白の強化石……こういうところで運の良さを平均的に保つんだろうなぁ。別に使えるからいいけどね。

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