1章39話 自分の気持ち

「はぁ……疲れた」


 ベットに体を委ねて天井を見る。

 あそこにシミってあっただろうか。この世界に来てから何度か見たはずなのに覚えていない。マジマジと見ることがないから仕方がないんだけどな。ただ、無性に気になってしまった。……ああ、分かっている。頭がさっきの出来事を拒否しているって。


 殺す手前まで追い込んだことはどうでもいい。

 問題はそれを俺が無意識に望んでいたことだ。そして、最悪なことにそれをグランと伊藤さんに見られてしまった。別にグランはいい、でも、伊藤さんに見られたのは……言い逃れできないよな。一番、嫌われたくない人にあの姿を見られてしまった。


「……言い訳出来ないかなぁ」


 何で池田と戦ったのか。

 そこは言わずもがなだろう。ってか、伊藤さんに城へ戻るように言ったのだってグランを呼んでもらうためだったし。伊藤さんが知らないわけがないからね。だから、言い訳を作るとしたら戦いに関してか。


 池田に煽られたから。

 これは苦しいよな。まぁ、伊藤さんを煽りのネタとして使われたのなら同じくキレるだろうが……だとして、なんて言う。伊藤さんが好きだからって素直に言うか? それは嫌だ……カッコイイ姿を見せて可能性があるのなら、いざ知らず、今の俺は人を嬲るクズ野郎として伊藤さんに見られているだろう。


 なら、素直に言うのも意味が無い。

 でも、そうするとしても伊藤さんを好きだと言わなければ説明出来ないからな。……本当に人一人のためにここまでした俺自身がよく分からないよ。人を好きになるってこういうことかと思うと……確かに辛いわ。転移してきて少ししか経っていないが記憶があれば良かったのに、とこれ程に強く思ったことはない。


「……グランに適当な言い訳を考えてもらうか。もしくは、いっそのこと……」


 いやいやいや、それは嫌だ。

 確かにこの一手は好意に関して話さずとも全てを解決させられる。だが、果たして本当にこれをしてしまっていいのか。俺はこういうことをしたいと思っているのか。……きっと伊藤さんは優しいから、そんなことをしても俺を許してしまうんだろうな。何となく、そんな気がしてしまう。


 だったら、尚更……。


「ッ!」


 扉を強く叩く音が聞こえた。

 内心、心臓は跳ね上がりそうな程に脈打っている。こんな時間に誰だろうか……グランには一人にしてほしいと話したはずだし、グランから伊藤さんへも話はされているはずだ。となると、池田がやられて新島が報復にでも来たのか。どちらにせよ、無視を決め込んだ方が得策そうだ。


 だが、扉の近くまで来てしまった。

 もしかしたら……と、頭に過った考えのせいで無視をすることは出来ない。もちろん、新島が来ていたのであれば無視をすればいい。でも、相手が新島ではなかった場合……そして、その考えは当たっていた。


「ショウさん」


 軽いノックの後で聞こえた声。

 それは正しく伊藤さんのものだった。少しだけ力が弱くオドオドとしているのは……俺への恐怖か何かだろうか。そう考えてしまうと……開けるべきか悩んでしまう。このまま扉を開けて小さかろうと拒否感を顕にされてしまうと俺は……。


 すぐに首を横に振る。

 だとしても、だ。今回の出来事はなぁなぁに済ませては絶対にいけないものだったはず。ましてや、こんなケダモノが多くいる場内に伊藤さんを一人、廊下に立たせたままにするのか。それで襲われるくらいならば……。


「やぁ、何かあったの」

「ショウ、さん!」


 えっと……これは予想外だな。

 ものすごく嬉しそうな顔をされてしまった。てっきりマイナスな感情を向けられるとばかり思っていたから……肩透かしを食らった気分だ。それにしても、ここまで嬉しそうにされることを俺はしただろうか。うーん、……当たり前ではあるけど伊藤さんの考えがよく分からないな。


 とりあえず中へ入れて椅子に座る。

 伊藤さんはベットの上に腰を下ろしたみたいだ。最初は少しだけ遠慮がちだったけど今は気にした様子もなかったから、伊藤さんとの心の距離が近付いているように思えて嬉しかった。まぁ、それも後少しだけの関係なんだろうけど。


「どうしたの、こんな遅い時間に」


 どの口がそれを言うんだ。

 自分で自分にツッコミを入れながら笑顔を見せておく。伊藤さんに変な勘繰りを入れられないようにしないとね。変な心配もさせないようにしないといけないから……結構、気を遣わないといけなさそうだ。いつも通りの俺ってどんな感じだったか思い出せなくなってきたよ。こういう時に何も考えないで俺らしさを見せられれば楽なのに。


「……悩んでそうでした」

「それで部屋まで来たの?」


 首を縦に振って俯いた。

 なるほど、悩みを聞いてあげようって思ったのか。グランには一人にしてほしいって言っておいたんだけどなぁ。伊藤さんにも言っておくべきだったか。そこは俺の落ち度だ。


「気にしなくていいよ。少しだけ一人で考えたかっただけだからさ」

「嘘、です」


 嘘……って、決め付けられてもなぁ。

 実際、一人で考えたかったからさ。何も嘘はついていないんだけど……あ、もしかして少しだけの部分が嘘だと思ったのか。確かに俺は考え始めたら長いからなぁ。そこら辺も含めて見透かしていたのなら伊藤さんは本当に俺のことが好きなんだね。なんて……そんなわけないか。


「何が嘘なの」

「きっと……一人で自己解決してしまうんだろうなって思ったんです。私みたいに一人で勝手に考えてしまって……それで……」


 心臓を掴まれてような感覚。

 この子は本当に鋭い子だ。俺が突かれたくない部分を的確に突いてきた。……ああ、分かっている。全てを理解した上で気が付かない振りをしていたんだから。確かに一人で考えたかったのだって何だって自分で自分をした事を何とかしようとしたかったからだしね。


「それで?」

「一人を選ぶんだろうなって」


 ……どんな顔をすればいいのか分からないな。

 完全なる図星だ、俺は最後の手段としてそれを考えていた。伊藤さんとのパーティを解散して一人で進もうと考えていたからね。今回の件で池田や新島から目をつけられてしまうだろう。そうなると俺といるよりも一人にさせた方が伊藤さんの安全にも繋がる。仮に何かあったとしてもグランやフィラに頼めば大丈夫だろうしね。


 でも、それは最後の手段としてだ。

 だって、俺は伊藤さんともっと一緒にいたい。もちろん、グランやフィラも同じだ。城を出たいけど今の生活も存外、悪くは無い。城を出るのなら四人で出ようとさえ思っていたからさ。だけど、それは今回の件で無に帰してしまった。俺の身勝手な行動のせいで。


「……正解、だったんですね」

「うん……本気でそれを考えていた」


 知らないことが多過ぎる。

 伊藤さんに対する気持ちもその一つだ。好意が何なのかは分かっている。薄々と好きだって感情が芽生えていたのだって分かっていた。でも、何で伊藤さんに惹かれたのかは未だに分からない。ここまで傷付けたくないって強く思ってしまうのかも分からないんだ。もしかしたら……いや、今はそんな事どうでもいいか。


「伊藤さんはさ」

「何ですか?」

「さっきの光景を見て何を感じた?」


 一気に表情が険しくなった。

 うん、こうなることは最初から分かっていた。だけど、されるのと想像ではやっぱり違うなぁ。ものすごく辛いし申し訳ない気持ちでいっぱいだ。それだけのことをしてしまったのは重々、承知の上でも辛いものは辛い。


「……怖かったです。しつこく言い寄ってくる池田も……笑いながら短剣を振るショウさんも」

「だよね、多分だけど俺もそう感じていたと思うよ」

「で、でも! 嬉しくもあったんです! 初めて私を助けてくれる人がいて! 学校にいる時から煩く思っていた池田が死にかけていて……この人と組めてよかったなって……」


 笑顔で握り拳を作りながら言ってくれる。

 ちょっとだけ胸が痛くなってしまった。これも伊藤さんなりの気遣いなんだろうなって……例え、そうではないとしても他の考えが頭に浮かんでくれやしない。ああ、こういうところも好きになってしまった理由なんだろうな。本当に可愛らしくて良い子なんだ。……真っ黒な俺とは大違いでどこまでも真っ白い存在。


 少し心が軽くなった気がした。

 何が正しくて何が間違っているのか。そんなこと俺に分かるわけが無い。多分だが俺の考えの大半は間違いなんだろう。だとしても、俺は俺なりの答えを見付けなくてはいけない。そうしないと未来へは進めないからね。……だとして、俺は何をすればいい。このまま告白でもしてみようか。いっその事、玉砕してしまうのもアリかもしれないな。


 ううん、それは関係が全て壊れるから駄目だ。

 だったら……もう、これしかないか。深呼吸をして伊藤さんの顔を見つめる。少しだけ恥ずかしそうにしていたのが可愛らしいけど……ずっとこのままに何てしていられないよな。涙が出そうになってくるが今だけは我慢しないと。


「伊藤さん」

「はい!」


 元気で嬉しそうな声。

 これに対して、こんな事を言わなければいけないのは本当に最悪だが……悩んでいられないだろう。もう一度、深呼吸をして小さなため息を吐く。吐き出した空気と共に無理やりに喉に留まっていた言葉を投げ出した。


「サヨナラしよう」

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