1章37話 自分を捨ててでも
「いいじゃねぇかよ。一人ってことは暇なんだろ」
頭から抜けていたが……思い返せばそうだ。
伊藤さんを好んでいる人は何も俺だけではない。もちろん、それは良い意味でと付けるなら俺だけだろうが悪意に満ちた好意だってあるんだ。そして伊藤さんの近くにいる存在は明らかに後者の真っ黒い悪魔。数多くの女性を好き勝手にしておいて伊藤さんにまで手をかけようとする屑がいる。
このまま短剣で殺してやろうか。
そう思いはしたが……果たして殺してしまっていいものなのかが分からない。別に俺は殺したとして何の後悔も湧かないだろう。だが、目の前で殺された屑を見て伊藤さんは何を思うか。ましてや……勘違いとはいえ、傷付けてしまった伊藤さんを俺が助けることは正しいのか。内心、ムシャクシャするがこのまま……とはいかないよな。
「おい、俺のパーティメンバーに何か用かよ」
「あぁ!? 何だ、お前は?」
「二度も言わせんな、馬鹿が露呈するぞ」
伊藤さんが苦しんでいるように見えた。
それだけで助ける助けないは簡単に決められるはずだ。そもそも俺が後を追ったのだって誤解を何とかするため。ここで日和る理由なんてないよな。何より放っておいたら俺は絶対に後悔してしまう。目の前の存在は追い返しておかないといけない人間の恥だ。二人の間に体を割り込ませておく。これ以上は何もさせる気は無い。
「はぁ……折角、良い感じだったのによ」
「菜奈の顔を見てそう言えるのなら大した野郎だよ。どこからどう見ても池田、お前に話しかけられて迷惑している」
「お前の目からすればな。とことん、お花畑な野郎だ。これだから女と縁のない奴は嫌いなんだよ」
どの口がそう言うんだろうな。
とは言っても、確かに俺の目からしては否定出来ない。まぁ……伊藤さんの顔を見たら少しだけ嬉しそうにしていたから間違った行動では無かったんだろう。ってか、やっぱり、伊藤さんは笑ってくれた方がいい。守りたい、この笑顔……これが俺のモットーだ。
「女を取っかえ引っ変えするだけしか脳の無い奴には言われたくねぇな」
「おお、おお、嫉妬か。まぁ、お前のような陰キャからしたら僻みたくもなるよな。俺は勇者に次ぐ程の存在で、お前は菜奈と組めただけの雑魚でしかない。俺が知らないとでも思ったか。お前一人では何も出来なくて兵士長に全てを解決してもらったことを、な」
なるほど、本当にコイツは馬鹿だ。
恐らくだがインターネットの情報とかも鵜呑みにするような奴なんだろう。何もかもが正しいと思い込しまっていることは……自分では気が付けないか。ただ……まぁ、全てを否定は出来ないよな。だって、俺一人では生き残れなかった。伊藤さんが助けてくれたからこそ、俺はこうやって笑っていられるんだ。
「否定はしねぇよ。菜奈もグランもいなければ今の俺はいねぇからな。だが、それで俺は戦えないと決め付けるのは早計じゃねぇのか」
「ハッ! 女に助けられるような奴が戦えるわけもないだろ! 次元が違うって分かれよ! お前のようにゴブリンを倒せただけでイキれる馬鹿じゃねぇんだ!」
自己紹介ありがとうございますっと。
つまりは……俺の事を舐め腐っているんだろうな。チラッと見た伊藤さんは震えていた。怖いんだろうな、こんな馬鹿に近付かれたら確かに吐き気もするし嫌悪感も抱く。目が一瞬だけ合ったから笑っておいた。悲しそうな顔を俺は見たくない。
「まぁ、それもどうでもいいがな。後ろの菜奈に聞いてみろよ。きっと俺を選」
「調子に乗らないでください! 私が選ぶのはショウさんに決まっています! 何も知らない癖に知ったようにショウさんを語らないでください!」
うおっ、滅茶苦茶に大きな声でビックリした。
ここまで大声を出す伊藤さんは初めて見たな。さすがに池田を選ぶとは思っていなかったが叫んでまで否定するなんて。ってか……そっか、震えていたのは悲しんでいたんじゃなくて怒っていたんだね。俺を否定されてムカついていたのかな。嬉しいけど……。
「はい、ストップ。魔力が盛れ出しているよ」
「あ……は、はい!」
「ここで暴れるのは良くないからね。相手は調子に乗った雑魚であっても王国からしたら必要な人材だ。それに伊藤さんが手を汚す必要は無いよ」
やるのなら俺がやる。
ここで前見たく炎魔法で暴れ回られたら本気で止めにいかなくちゃいけなくなってしまう。その時には俺も本気を出す必要があるからね。下手に目を付けられたくない俺からしたらデメリットの大きなことはしたくはない。だから、抱き締めて無理やり正気を取り戻させておいた。これぞ、役得って奴だな!
「誰が雑魚だッ!」
「……こうやって簡単に躱せる位には弱いと思っているけどな。それとも何だ、躱せたのは運が良かったとでも言うのか」
正拳突きのように拳を伸ばしてきたが遅い。
まぁ、俺が比べているのはグランだから遅くない方がおかしな話だけどな。ステータスからしたら大きく負けているが、その分だけ運とかでは勝っている。凡そ勘で何時来るのか、何処へ向かうのかが分かっているのだから躱せないわけがない。
「……多少はやるようだが……いや、そうだな」
「あぁ?」
「良いことを思い付いた。そう言えばテメェは毒を使えるんだったよな。それなら、丁度いいと思ってな」
ものすごく汚い笑みだ事。
本当に見ていて虫唾が走る。コイツについていく女達の気持ちがわからないな。まぁ、女ならではの考えや感情があるんだろうが……普通の人なら近付かないだろ。身勝手で無理やりにでも欲しいものは奪う屑を好む奴も大層、同等に屑な人達なんだろうな。今だって勝手に何かを決めつけようとしているし……阿呆か、構ってらんねぇ。
「戻ろう。話があったんだ」
「おいおい、逃げるのかよ」
「そう受けとって貰って結構。お前からしたら俺は雑魚なんだろ。わざわざ雑魚に何かを頼むのも君のプライドが許さないんじゃないか」
俺は伊藤さんの誤解をどうにかしたいだけ。
コイツのワガママを聞きたくてここまで来たんじゃない。やりたければ一人でやっていろっていうやつだ。戦って力を見せつけることを俺は求めていないからな。全てにおいて面倒事になり得ることはしたくない。こんなの戦ったところで損しかないだろ。
「なら、俺が菜奈を好きにしても構わないんだな」
「はぁ?」
どういう受け取り方をしたらそうなる?
伊藤さんは池田を嫌がっていて、俺もそれを知った上で伊藤さんを連れて部屋まで行こうとしている。ここまでの流れにおいて好きにしていいと俺は一言も口にしていない。それは伊藤さんも同様の話だ。
「俺は欲しいものは全て手に入れてきたんだ。嫌なら守って見せろよ。この世界なら何をしても勇者の仲間として見て見ぬ振りをしてもらえるからな。あのメイド達だってそうだ」
「……つまりは戦わなければ」
「さぁ? それはどうなんだろうな?」
なるほどな、脅しみたいなものか。
無視してもいいが……本当にコイツならやりかねない。いや、現にやっているからこその発言だろう。メイド達って言ったということは……ああ、マジでコイツは屑だ。それ以上の言葉をぶつけたとしてもいい。下手をすれば屑という言葉すらも生温いように思えてきた。
「ショウさん……無視しましょう」
「……ああ」
伊藤さんが裾を引っ張ってきた。
俺が目立ちたくないのを知ってのことだろう。分かっている、戦ったところでコイツは何でもするってことは。いや、だからこそ……俺は伊藤さんを守るための一手を出さなければいけない。そのために出来ることがあるとすれば……一つしかないか。
「分かった、ルールを教えろ」
「ショウさん!?」
「そうこなくちゃな。お前だって菜奈が大切なんだろ。だったら、大切な女を守るためにたたかうよなぁ。健気でカッコイイと思うぜ」
「御託はいい。話さないならここで潰すだけだ」
短剣を構えてみせる。
池田は気にした様子もなく「おー怖い怖い」とかほざいていた。わざわざ両手を上げてきたあたり本気でムカつく。……こういう時に冷静さを欠くのは良くないよな。伊藤さんの顔を見て深呼吸した。伊藤さんの甘くて優しい香りで少しだけ気分が落ち着いた気がする。頬を赤らめた伊藤さんの顔も見れたし満足でしかない。
「見せ付けてくるな。……まぁ、いい。ルールは至って簡単だ。俺を倒してみろってだけ。別に菜奈も一緒に戦っていいんだぜ。タイマンが怖いって言うんだったらな」
「別に要らないな。それだけ伊藤さんは強過ぎる」
池田は嫌な顔を見せてきたが……。
まぁ、事実だしな。仮に一緒に戦って暴走して殺してしまったら意味が無い。伊藤さんの心の傷は俺がいる限りは作らせたくないからな。今までで十分に苦しんできたはずだ。だったら、俺が代わりに手を血に染めるだけ。
「なら、早くやろうぜ。俺や稔が戦っている場所は毒を使う魔物が多いから慣れたいって思っていたんだ」
「知ったこっちゃないな」
「ツレねぇ野郎だ」
気持ちが悪いと言ったらありゃしない。
それに……良い機会だ。日を跨いでいないだろうから遊んでやる事は出来ないが、力の差というものくらいなら教えてやれるだろう。軽くステータスを見てアイテム欄を見ておく。使えそうなものが数点あるな。そして……多分だがスタンロッドというものが寝る前に手に入れたガチャのアイテムだろう。説明は軽くしか見ていないけど使えそうだ。
構えを始めた池田を見て武器を取る。
伊藤さんも構えを取っていたが一つだけ頼み事をして城内に戻ってもらった。グダグダと池田が何かを言っていたが知らね。「あの子がいなければ不都合なことがあるのか」と言ってみたら黙ったし。伊藤さんを守るというのもそうだが暴れられても、ましてや、これから俺がすることを見せる訳にもいかないからな。
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