1章36話 最悪な行き先

「……ここは……」


 何か変な夢を見ていた気がする。

 だけど……ううん、少しも思い出せない。すごく大切なことで忘れてはいけない事……だったような気がする。悲しくもあって、辛くもあって、それでいて……少しだけ嬉しかった気だってしたかな。こんな時に限って夢を覚えていない自分が嫌になってくる。


「目が覚めたようだね」

「へ……?」


 知らない女性の声がした。

 いやいや、確かに鍵はかけていなかったけど俺の部屋に入ってくる人なんていないはず。だったら、伊藤さんか。いや、声の感じからして伊藤さんでも無さそうだ。……チラッと横目で声の主の顔を見た。見たことが無い綺麗な女性がいる。街で歩いていたらすぐにナンパされそうだ。


 長い金髪で目は軽く吊り上がっており、眉は細く鼻も高い、それでいて身長も高いんじゃないかな。胸もルックスに合う程度に大きいから……一言でまとめても非の打ち所がないほどの美しさだと思ってしまう。


「ちょっと!」

「ふふ、ごめんなさいね」


 この人は何を考えているんだ。

 いきなり顔を近づけてきてくるとか普通はしないだろ。いや、突き飛ばしたのは悪いとは思うよ。それでも間違ってはいないはずだ。伊藤さんならまだしも俺は目の前の女性のことは知らない。もしかしたら王国側のハニートラップの可能性だってあるんだ。容易く近づかれてたまるものか。


「……それで誰ですか」


 とりあえず軽く距離は取っておいた。

 微々たるものではあるけど暗殺者の可能性だってあったからね。わざわざ間合いに入れてやる理由はどこにも無い。一度は死ねるのだから殺された後で反撃すればいいだけの話。まぁ、暗殺者なら俺が寝ているうちに仕事を終わらせているだろうから限りなく低いだろうけどね。一応、毛布の中に武器を隠して構えてはいる。返答次第では……致し方無しか。


「まぁ……隠す意味もないか。ショウの照れ顔も見れたことだし……うん、いいや」

「隠す……照れ顔……?」

「アンタは私の前だといつも澄ましていたからね。好奇心旺盛な私からしたらその牙城を崩したかったのよ」


 ふむふむ……つまりは何だ。

 この人が誰か、よく分かったわ。そもそも王城の中で話す人なんて限られている。澄ますも何もメイド相手には嫌な顔を前回にして話をしているから……となると、他の女性はフィラしかいない。なぜ若くなっているのかはファンタジーだからってことで方がつくし。


「……誰かは分かりましたよ。それで何の用なんですか。照れ顔を見るために寝顔を見つめる理由はありませんよね」

「駄目だった?」

「いえ……そうではありませんが……」


 ああ、なんだマジで!

 普段のフィラでは見られない、しおらしさがあって分かっていてもドキッとしてしまう。本当に見た目が変わるだけで印象も反転するんだな。話を聞いている時はしおらしくされても「クソババアが」って思っていたのに、見た目が若く美しくなった瞬間に話が出来て喜んでいる男の子としての自分がいる。それが妙にイラッとくるな。


「まぁ、詳しくは話さないよ。私は老耄だからね、色々とあったのさ。その色々の中でショウに興味を抱く理由があっただけ。それだと納得してくれないかな」

「……ええ、別に詳しく知りたいわけではありませんので」

「そう言われるとムカつくね。私の一から十まで全てを教えこんであげようか」


 うん、確かにフィラだ。

 隠してはいたが今の一瞬だけ見せた悪いことを思い付いた顔はババアの時と同じだ。それでも絵になるのがムカつくけどな。あからさまに女の子らしさを見せてくる辺り、あざとくて嫌だ。俺が好みなのはフィラみたいな人じゃない。


「結構です、想い人がいるので」

「……そうかい、それは仕方がないね」


 パーティを組んだその日から。

 俺はきっと彼女に恋をしていた。守ろうと思ったのだって何だって一目惚れからかもしれない。衝動的な感情はあまり好めないが……そうとしか考えられないほどに俺は伊藤さんが好きなんだ。仕草の一つ一つが愛らしくて仕方なく思えてしまっている。だからこそ、言わせてもらおう。


「俺はフィラさんの過去を聞く気はありません。過去なんて気にしても意味はありませんから」


 フィラは黙ってしまった。

 それだけ俺を襲った理由は深いんだろうな。もしくはフィラなりの大きなトラウマがあるのか。だが、どちらにせよ今の俺にはどうでもいい。フィラのトラウマと今の俺には何の関係も無いわけだしな。


 それにしても俺には分からない話だ。

 過去なんて俺には無いからな。あったとしても全てミカエルに消された後だし。その点で言えば俺は人らしくないのかもしれない。誰かと分かち合う経験も記憶も何もかもが俺には無いなんて……酷く空っぽで無価値なように思えてしまうな。


「それならそれでいいさね」


 何か決意したような顔をしたな。

 でも、そんな表情は一瞬しか見せない。そういうところもフィラらしいな。本心を見せないところは短い間でも何度も見た。本心を隠そうとするのも俺が関係しているのだろうか。……いや、どうでもいい話だ。


「でも、一つだけ言っておくよ。絶対にショウは私を手放せなくなる、私の過去を知りたくなる。これは老耄からの一種の予言だ」

「……頭の片隅には入れておきますよ」


 俺を押し倒してからそう言ってきた。

 その話が嘘だと思えないのがな。それだけ今のフィラは美しい。元のフィラを知らなければ簡単に靡いていたと思えるくらいにはベタ褒め出来る整い方だ。だが……俺からしたらあの子の方がいいに決まっている。そう思って押し返そうとした時だった。


 嫌な音が聞こえた。

 ギィという扉が開く音、誰かが小さく息を呑む声……そのどれもが最悪な考えを彷彿とさせてくるものばかりだ。チラッと扉の先にいる存在を見る。一瞬だけ、すぐにどこかへ走り去ってしまったが見えた。本当に最悪だ、一番勘違いして欲しくない人に今の光景を見られてしまった。


 フィラを無理やり押し返して後を追う。

 何かを言っていた気がするが知ったことではない。俺からしたらもっと重要な事が出来てしまったんだ。フィラに構っている余裕はない。例え簡単に壊れてしまう関係だったとしても、こんな終わり方は絶対に認めたくはなかった。


 出るのが遅かったせいで行方は分からない。

 だが、部屋に戻ったということは無さそうだ。勘がそう言っているというのもあるが何より出るまで走り去る足音が聞こえていた。隣の部屋まで行くのに走る人はいないだろう。となると……どこだ。どこに伊藤さんは行ってしまったのだろうか。


 廊下に出て分かったが今は夜。

 廊下は月光で照らされていて、いつもは多くいる兵士だって見かけない。こんな中で伊藤さんの行く場所を聞くことは出来ないだろう。だから、見つけるのなら全て行って確かめないといけない。


 まずは食堂に行ってみる。

 残念だったがいない……だったら、他にどこへ行くだろうか。俺も伊藤さんも城に来て日は浅い。そこまで遠くの場所へは行けないはずだ。その限られた中で伊藤さんが行くとすれば……そう考えて図書室まで向かおうとしてみた。でも、勘が違うと叫んでいる。今の俺の勘は幸運と強く関係しているから図書室へ行っても無駄なんだろう。


 なら、他にどこがあるか。

 考えろ……少なくとも伊藤さんが俺以外の部屋へ行くことは無い。伊藤さん自身が仲の良い人がいないって言っていたくらいだし。ともすれば、共有スペースということになる。勘を信じたとして食堂でも、図書室でもないとすれば……仮に俺ならどうしたい?


 一つだけ……考えが浮かんだ。

 とはいえ、本当に確証が無く漫画とかで見たな程度で思い付いた場所。本気でそこにいるとは思っていないが……勘は否定しなかった。否定しないから絶対にいるとは言えないけど確率は高いだろう。もしくは行った場所の手がかりがあるかもしれない。


 長い廊下、行ったことは一度もない場所。

 少し大きめな扉を開けて外へ出る。転移した人達が唯一、外へ出てもいいと言われている場所だ。王城の広い庭、いくつものガーデニングがあって薔薇のような植物などが飾られている。そして、目当ての人がいた。


「やめて……ください……」


 最悪な人と二人っきりで。



______________________

お久しぶりです。用事の目処が立ったので投稿させて頂きました。後、ちょっとした報告なのですが今回から三、四話ほど纏めて投稿しようと思います。


そうしようと思った経緯ですが、今回のダンジョンでの話を書いている中で上手く纏められなかったと感じているからです。一話一話書けては出しを繰り返していたためか、繋がりや区切りが微妙となってしまいました。文字数も若干、バラバラでそこら辺も含めて見易くするために区切りのいいところまで書いてから出す形にしようと思いました。ということで、また投稿周期が伸びますのでフォローなどをしてゆっくりとお待ちいただけると助かります!


あ、明日と明後日は投稿します! 明明後日はちょっと分からないですが、楽しみにしてもらえると嬉しいです! ではでは、次回をお楽しみに!

______________________

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る