1章20話 それぞれの気持ち
「着いたぞ、ここだ」
「結構、遠かったですね」
「階段の近くにあるんだから仕方ないだろ」
伊藤さんを肩にかけ歩くこと数分。
ようやくグランが止まってくれた。場所は出口とは真逆の方向だったかな。詳しくは洞窟の中ということもあって方向感覚が鈍って分からないけど多分そう。グランの足が速いのと後ろを振り向くことが少ないせいで何度も置いていかれそうになったけど、何とか襲われることも無く着くことが出来た。
グランの前にあるのは大きな扉。
豪邸に取り付けられていそうな扉……よりも大きいかな。伊藤さんの背丈の二倍くらいはあるような気がする。かなり重厚そうな分だけ押してもビクともしなさそうだけど……簡単そうにグランが開け始めた。ギギギって軋む音がするしかなり重いんだろう。
「おし、開いたぞ」
グランが振り向いて笑ってくる。
その先に見えたのは……広い空間だった。先に進んでいくグランの後を追って入ってみる。中は静かで十人程度なら休めそうな気がするくらいには広い。そのまま先に進んだらグランの言っていた階段があるんだな。それらしきものが見えたし。
「まさか、ここで休ませるつもりですか」
「そんなわけあるか、全員に教えようとしていたのは右の扉の先だ」
右の扉……そう言われて指された方を見た。
確かに話す通り扉がある。グランが開けたような大きな扉ではなく家に取り付けられているような小さな木製の扉だ。これなら俺達でも簡単に開けられるだろう。……何かグランも早く開けてみろとばかりにコチラを見ているし。
「ごめん、ちょっとだけ動くよ」
「……少しなら大丈夫です」
伊藤さんの許可も取れたので開けてみよう。
扉の前まで歩いていき触れてみる。ドアノブとかも異変は無い。これの先に何があるのか。よく分からないけど少しだけ高鳴った胸を抑え込みながら力強く開けてみた。
「……門?」
「ああ、通称『転移門』と呼ばれるアーティファクトだ。ダンジョンには必ず次の階層へ行く階段の傍にあるんだよ。これを使えば一度、言ったことのある転移門まで飛ぶことが出来るんだ」
なるほど、これを使うということか。
転移と付くからには恐らく他の場所へ一瞬で飛ぶことが出来るんだろうしな。これなら伊藤さんに長時間の我慢をさせなくて済む。いや、でも、待てよ……?
「俺達ってこれ以外の転移門を知りませんよ」
「それは安心しろ、王国にある転移門ならば俺達が転移者のステータスを打ち込んだからな。水晶経由で二人の情報が入っているから飛べるはずだ」
それだけは感謝しよう。
王国に対して感謝はしたくはないし元はと言えば無理をさせたのはアイツらだ。ただ、こういう情報を伝えたりしてくれたことだけは感謝しておく。だからと言って、城から出ないという選択肢が出てきたわけじゃないけどね。多分だけど城にいるよりも伊藤さんと二人で暮らした方がゆっくり強くなれると思うし。
「今度からはダンジョンへの行き来はこれを使ってもらうつもりだったからな。まぁ……今は説明をするべきじゃないか。とりあえず乗れ」
グランに従って転移門の中に入る。
雰囲気で話せば某クラフトゲームの黒い石で作る門かな。火打石を使えば違う世界に行けそうだ。もしかしたら日本にだって帰れるかもしれないね。幸運とガチャで日本社会を生きていくのも面白いかもしれない。……まぁ、有り得ない話だけどさ。
「それじゃあ、魔力を流すぞ」
そんな声と共に視界が歪み始めた。
例えるなら……砂利道を走るハイエースの助手席に乗ったような感覚だ。長時間、このままであれば恐らく俺は吐くな。元々、車酔いしやすい体質なのかもしれない。そんな馬鹿なことを考えて数秒後、視界が一気に晴れた。
一瞬……とは言い難いけど便利だな。
伊藤さんを抱えながら転移門から降りる。出来る限り揺れないようにゆっくりと丁寧に。今は伊藤さんの体を一番に考えないといけないからね。今更ながらおんぶとかの方が良かったかも。そっちの方が運びやすかった。
「このまま部屋まで運ぶよ」
「すいません、お願いします」
部屋は分かっているから問題ない。
広い城ということもあって知らない場所も多いけど……まぁ、出てみたら何かは分かるだろう。そんな甘い考えで扉を開いて外を覗いてみる。良かった、俺の知っている場所だ。確かここは……食堂の近くだったかな。良い匂いも香ってきているから間違いはないと思う。
食事の匂いを堪能しながら歩く。
五、六分はかけてしまったが伊藤さんの部屋の前に着くことが出来た。扉を開けようとしたら少し恥ずかしそうにしていたけど、拒否はしてこなかったから知らない振りをしてドアノブを回す。人一人が通るために作られた扉だから二人が並んで入るには少しキツかったけど無理やり入り込んでベットの前に立つ。
軽く部屋を眺めてみたけど普通だ。
まぁ、この部屋を使い始めて日が経っているわけじゃないから当然なんだけどさ。それでも服が散らばっていたりとかは一切なかった。日用品が少ないから散らばらせるものも無いのだろうけど。一日経ってゴミ屋敷に出来るならそれはそれで才能か。
「迷惑をかけてすいません。ショウさんの時間を奪っちゃいましたね。私のせいで戦闘経験も得られませんでしたし」
「迷惑だとは思っていないよ。伊藤さんといられるだけで充実しているからね。それに戦闘経験だって今日が最後じゃないだろ。皆が帰ってくる前に俺は俺でやりたいことがあったから丁度いいからさ。気にしなくていいよ」
実際、やりたいことは沢山あるからね。
例えばデイリーガチャの消費とかかな。後は城の中に魔物とかの話が書かれた書物がある可能性だってある。そういうところから俺達の持っていない常識や知識を得られれば逃げた後が楽だし。
「今は少しだけ休んでおきなよ。グランにだって言っていただろ。俺は伊藤さんに早急に戦えるようになってもらうつもりは無いって」
ただし、レベルは上げてもらう。
戦ってでは無く、戦わずに経験値を得てもらうんだ。それを成し遂げるために最高レベルの幸運とガチャがあるからね。もちろん、俺がガチャで狙うのは経験値魂だ。これ一つでレベルを一気に上げられるんだから絶対に手に入れるつもりでいる。後は毒で弱らせてトドメだけ任せるとかもありかな。
そこら辺は知識を得られるか次第だ。
尚更、戦闘以外でやるべきことの重要性が高まったな。きっと伊藤さんが倒れなければ知識を得ることも無くレベル上げをしていただろうし、やはり帰ってきて正解だったと思う。
「俺で良ければ最後まで伊藤さんの傍にいるよ。そんなことを一々、気にしていたとしたら最初からパーティなんて組まないからさ。今は元気な姿を見せられるようにゆっくり休んで欲しい」
「……本当にいいんですか?」
「俺がいいって言っているのに悪い理由があるの」
質問を質問で返してしまったけどさ。
それでも俺は本気で伊藤さんと一緒に城から出たいと思っているし、例え足でまといであっても頑張ろうと思わせてくれる活力をくれる伊藤さんを不必要だとは思えない。新島のように俺のものだからとか変態的な思考じゃないかな。アイツのように女でそういうことが出来たら誰でもいいなんて考え方はしていない。
「それじゃあ、ちょっとやりたいことがあるからお暇させてもらうよ」
「はい……あの!」
ドアノブにかけた手を離し振り向く。
「おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
嬉しそうに笑う伊藤さんがいた。
この姿が見られるのなら別に足でまといでも構わないかな。まぁ、そのうちやれることも増やしていくつもりだから足でまといって言えるのも今だけだと思うよ。きっと戦えるようになった伊藤さんは俺の数倍は強い。後は慣れが何とかしてくれるはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます