1章21話 今、出来ることを

「まずは兵士から話を聞くか」


 とりあえずは書物があるかどうかだ。

 あったとして見せてもらえるのかも問題かな。さすがに詳しい国の成り立ちとかは見せてもらえないだろうけど、簡単な魔物図鑑ならば貸してもらえるんじゃないかな。後はダンジョンについても知っておきたいから……考えれば考えるほどに知っておかなければいけないことは沢山、出てくるね。


 まずは……食堂にでも行ってみるか。

 兵舎がどこにあるのかとか、誰なら話しかけていいかも分からないから下手に兵士に質問するって出来ないんだよね。食堂なら休憩中の兵士が一人や二人はいるだろう。いなかったらの時はいなかった時に考えればいいし。こんな事ならダンジョンに行く前にグランから聞いておけば良かった。


 まぁ、しなかった俺が悪いってことで。

 来た道を戻って食堂へと向かう。途中で何人か兵士とすれ違ったけど急いでいる人ばかりだ。やっぱり適当に聞くって事は出来なさそうだね。それで怒られて目立ったり、嫌われたりしたら面倒が過ぎる。自由を奪われることだけは絶対に嫌だからな。


 良い匂いが香る食堂前。

 自然とお腹がなってしまったけど今は食べている時間がない。軽く頭を中に入れて時間が空いていそうな人がいないか探してみる。右は……特にいないなぁ。左は……あ、いい人を見つけた。


「グランさん」

「お、ショウか」


 運がいいな、一番に話しやすい人だ。

 返事をしてくれるのは嬉しいけど食べながら話すのはやめて欲しい。うどんの様な何かを啜っていたからか、口の端から麺が見え隠れして気持ちが悪い。ただ……良い匂いもするし、お腹も減っているしで丼に入っている麺はすごく美味しそうに見えるな。まぁ、食事をしている暇もないんだけど。


「イトウは大丈夫なのか」

「はい、部屋まで運んでおきました。疲れているようだったので今頃は寝ていると思います」

「そうか、それはよかった」


 おやすみって言っていたくらいだし寝てはいると思う。これで起きていて何かをしていたとしても別に咎める理由は無いからね。個人的には倒れかけてたから存分に寝てもらいたいけどさ。それを俺がどうこう言う筋合いはないからな。


「ところで何かあったのか。一人で食堂に来るってことは聞きたいことでもあったんだろ」

「ええ、その通りです。この世界について知りたいと思いまして。図書室などの本を読める場所があれば教えていただきたかったんです。情報が無ければ王国で生きていくことは出来ませんから」


 王国で、な。城でとは言っていない。

 無知は恥だ、意味あっての無知ならば恥ではないけど何かを知ろうともせずに知ったような口を利くのは知ではない。ましてや、生態を一つ知っているだけで魔物の対処も少しは楽になるかもしれないからね。例えば獣は火を嫌うと知らなければ使おうとしないだろ。下手をすれば自分が燃えてしまうわけだし。


「……なるほど、お前の強さの元は勤勉さからか。あい、分かった。俺が何とかしてやるから飯を食う時間をくれ。一分もあれば食い切れる」

「別に急いでいないのでゆっくりでも」

「お前の時間を潰したくはないからな。まぁ、待っていろ」


 うげっ、すごく汚い音を立て始めた。

 ズゾゾゾゾって一気に口の中へ麺を入れ始める。うん、見ていてすごく汚い。こういうことをしていたら確かに剣しか触れないよなって思えてしまうよ。あれだけカッコよかった言葉が違う意味をもってくるなんて……今のグランの姿を本気で頭の中から消し去りたい。


「おう、食い切ったぞ」

「は、早いですね」

「まぁな、飯を食う時間が一番、もったいねぇし」


 そこは分かるけど……汚いな。

 多少は大人としてのカッコ良さをグランに抱いていたけど今ので消え去ったよ。ラフなのは別にいいけど人前だということは意識して欲しい。伊藤さんがいなくて本当によかった。あれを見たら絶対に伊藤さんも引いていたんじゃないかな。


「本を読みたいんだったな。だったら……着いてこい。多分だが俺がいればショウ一人くらいなら入らせることは出来ると思う」

「……機密情報があるってことですか」

「いや、昔の転移者の中には図書室を利用して人には言えないことや悪戯をしたりする奴がいたらしくてな。それでそういうことをしない保証がある人間しか入れないようにしたってわけだ」


 あからさまに恥ずかしがったよな。

 ってことは、人には言えないことって頭の中がお猿さんな人達がすることなんだろうなぁ。この世界に来てまでそういうことをするって……いやいや、家の中でやっていろよ。部屋を貸して貰えたんだから図書室でやる意味がよく分かんねぇ。


 まぁ、でも、俺は入れそうだな。

 恐らく幸運が働くだろうから変に俺が望まないことが怒ることはないと思うし、何より俺を推薦するのは兵士長であるグランだ。仮に幸運が高くなかったとしても入れただろう。そもそも俺は本を破こうなんて考えが一切ないし、イチャイチャする女の子だっていない。……何だろう、悲しくなってきたな。


 食器を片付けて歩き始めたグランを追う。

 道からして食堂の右側か。確か、その先に転移してきた時の大広間があったはず。つまりはそこの近くに図書室があったってことか。もう少しだけ注視しておけばよかったな。見ていたとしても俺一人じゃ入れなかっただろうけど。


「ここだ」


 グランが立ち止まった。

 その前には確かに『図書室』と書かれたプラカードのようなものがかけられた扉があった。ご丁寧に『許可者以外入室禁止』とも書かれている。こんなに堂々とアピールされていたら見落とさない気がするんだけど何で気が付かなかったんだ。いや、ウダウダと考えていても意味は無いか。


「おい、いるか」

「ああ、いるぞい」


 ノックの途中で扉が開いた。

 扉が開いていたのは……お婆さんだな。身長の小さな腰が軽く曲がった長い白髪のお婆さん。時折、見える顔は整っていて昔はすごく綺麗だったんだろうって推測出来る。傍から見るとお婆さん何だけど何処か覇気があるというか、目が鋭く俺を睨んでいるようにも見える。睨んでいる……いや、値踏みをしていると言った方が正しいのかもしれない。どちらにせよ、俺の嫌いな目だ。


「毒抜き後は元気なのかい」

「この姿を見て元気じゃないと思うか」

「ああ、それなら良かったよ。まぁ、くたばってくれたのならそれはそれで面白かったんだがね」


 酷いことを言う人だ。

 そんなことを思ったがグランも同じだったようで「恐ろしいことを言うババアだ」と頭をかいていた。冗談だったのだろうが少し度が過ぎていたな。兵士長であるグランが死んだら王国だって打撃を受けることになるだろう。


「にしても珍しいね。アンタが人を連れてくるなんて」

「ああ、コイツは俺が担当することになったパーティのリーダーでな。……俺が説明するより説明させた方が早いか」

「それは違いないね。アンタは馬鹿だし、加えて要領も悪いときた。アンタよりもそこの子から話を聞く方が楽しめそうだよ」


 毒舌……なんだろうか。

 何だろうな、ここまでグランがコケにされているのを初めて見た。そもそも兵士との絡みすら見ていないから普段はこうなのかもしれないが。何も言い返さないところを見るにお婆さんはグランよりも偉いのかもしれない。それなら目をつけられないように気をつけないとな。


「俺はショウといいます。転移者の一人で平均的なステータスしかない一般人です」

「ふんふん、その一般人がグランに気に入られているとね。ああ、私はフィラと言うよ。回復と水魔法が得意さね。もし怪我でもしたら何時でも来なさい。可愛い子なら優しくするさね」

「……そのうちお邪魔させてもらいます」


 なぜにキラキラした目で見てくるんだ。

 もしかしたら扱いが酷いのはグランだけになのかもしれないな。ただ自分で魔法が得意って言っているんだ。そこら辺の話を聞くのは面白そうかな。伊藤さんも連れて行ったら二つの魔法を覚える可能性もあるからね。仲良くしていて悪いことはないと思う。少なくとも回復魔法の腕だけは解毒したことから間違いないだろうし。


 フィラと握手をして笑みを返した。

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