1章7話 無駄話を楽しもう

「……偉く豪華だな」

「えっと……そうですね……」


 城の一室、厨房のすぐ隣。

 そこに俺達が食事をする場所があった。名前が書かれた紙のあるテーブル、もちろん、俺達のもあり食事も置かれている。勇者パーティは……一回り大きくて高そうなものばかり並んではいるが、雑兵と変わらないであろう俺達に出された食事でさえも豪華だった。


 一人で六枚の大皿。

 しっかりと男女で量も分けられていて肉や野菜の多さも違う。男性は肉が多く、女性は野菜か魚の量が多い……ここら辺は今までの勇者召喚から学んだ知識なのかもしれない。ご飯モドキと汁物、摘める根菜などさまざまだ。


 食事で大きな差別をすることもないらしい。現段階では戦っていないし、本当の意味で使えるかどうかが分からないから全員に同じ食事を与えている可能性もあるけどね。それでも手元に置かれているスプーンやフォークは、毒が無いということを伝えたいのか銀製だったりと、割と気を配っているようには思える。それで信じられる訳ではないけど。


 全員が椅子に腰かけるとメサリアが前へ出た。

 興味が無いから目前にある食事を黙々と胃の中に静かに通しているけど。変に長居すれば目をつけられてしまいかねないからね。俺がしたいのは目を付けられずに陰で自由に動くこと、監視されてしまうと脱走する時に下手を打ってしまいかねない。死神の羽衣があっても動きがバレていれば逃げ切れないだろう。それに講釈を垂れているだけのメサリアの話を聞く道理はない。第一に面白くないしね。


「出来る限り早く食べてね」

「よく分かりませんが、そうします」


 小声で頼んでおいた。

 早めに動いて損することは無い。というか、伊藤さんは伊藤さんで絡んできそうな女子がいるからね。ピックアップしていた子達は新島と同じパーティだから大丈夫そうだけど。近くで食事出来て如何にも舞い上がっていますって感じだ。でも、主犯格がアイツらってだけで他に妬んでいる子がいてもおかしくない。


 多いとはいえ話さずに食べれば十五分もあれば何とかなるだろう。それに見た感じ食が細そうだから……と思っていたら本当にチャチャッと済ませてくれた。俺に気を利かせてくれたんだろう。本当に申し訳ないとは思うけど、これが俺達の恐らく最善な動きだ。


「早めに済ませて欲しいけど食べれるだけ食べないと外に行く時に困るよ」

「元々、一人で食べていたので早食いは得意なんです。遠慮なんてしていませんよ」


 よく分からないけどそうなんだろう。

 ただ、この世界には間食出来る物なんてないだろうしなぁ。ご飯二杯なら俺で五分もかからないが伊藤さんは女性だ、それも結構、残しているように見える。これで持つのだろうか、もしくは食べる姿に恥じらいでもあるのか。よく分からないけど軽く突っついて見た方が良さそうだな。


「食べる姿を見るの好きだし、もう少しだけ食べられないかな」

「それは……恥ずかしいので」


 とはいえ……我慢しているように見えるな。

 俺が突っついた途端に軽く食事を取り始めてやめたからね。名残惜しそうに見ている当たり最低限、食べただけなんだろう。ただ減らして欲しいって理由で早く食べてとは言っていない。それに横目で見た伊藤さんの食事姿は本当に美味しそうに食べるから好きなんだよなぁ。


「でも、俺の事を気にして無駄に減らされても明日から困るだけだよ。理由があるから無駄な時間を少なくしたいとは思うけど、倒れるかもしれないのに減らして欲しいとは思わない」


 遠慮か、恥じらいか。

 どっちでもいいけど、そんな理由で食事量を減らされても困る。それに言ってから静かに口の中へ料理を放り込み始めた。やっぱり我慢していたんだろう。これに関しては俺のミスだ。もう少しだけ分かりやすい表現をすれば良かったと今更ながらに後悔してしまう。


「食べながらでいいから聞いて欲しいんだ。俺は伊藤さんの仲間でいたいと思うからこそ、他の仲間気取りの人達に良い様に扱われたくも、扱わせたくもない。ここで団欒をしていたら難癖を付けてくる人がいる可能性もあるんだ。ゆっくりするのは二人っきりでも大丈夫でしょ?」


 少し恥ずかしそうにしながら首を縦に振った。

 ここまで言えば分かってくれるだろう。こんな所で恥ずかしさとかは要らない。一番に重要なのは自分達の身の安全だけだ。だから、俺も無理やりに胃の中へ食事を入れたんだし。味なんて少しも感じなかった。ただ、これで伊藤さんの急いで食べる時間が分かったからね。今度はその時間に合わせて食べればいい。


「ごめんね、でも、それで伊藤さんに倒れて欲しくないからさ。急かす気もないし、恥ずかしさから食事を減らして欲しくもないかな」


 それだけ言って伊藤さんから目を離す。

 注視する理由はないし、他の人から絡まれないように動いた方がいいからね。少しだけ見詰めて揶揄いたいけど、わざわざ嫌われるかもしれないことをするのは気が引ける。もちろん、チラチラとは見させてもらったよ。幸せそうにパクパク頬張る姿は本当に可愛らしくてパーティを組めて良かったなって思ってしまう。


 計十五分はかかったかな。

 メサリアの長話で五分間はかかったから早く済ませてくれたと思う。その程度で済ませてくれたのを小声で感謝した。聞こえているかは知らない。でも、少し頬を赤くしていたからもしかしたら……まぁ、別にいいか。


 その間に近付いてくる人もいなかったし。

 まぁ、当然かな。一応はナイフが見えるように腰に巻いているわけだしね。これで突っかかってくる奴がいたらただの馬鹿だ。俺以外に武器を持っている人なんていないだろうし。いたとしてもスキルを隠している人か、勇者かってくらいだしな。兵士も気にはしているようだけど聞いてくることはないので有難い。友好的ならコチラも敵意を示さずに溶け込むだけだ。


 とりあえず二人で先に部屋を出た。

 早めに食事を終えたことで少しは目に付くかもしれないが、その程度を怖がっていたら何も出来ない。この程度のリスクと残ったことで起こるかもしれないリスクの、どちらが重くて嫌かを天秤にかけただけでしかないしね。最善な手かどうかは俺に分からないし。


「また俺の部屋でいい?」

「えっと……?」

「このまま話をした方が移動する時間を減らせていいかなって。あまり人目につきたくないだろうから外に出る回数は減らして損がないと思ったんだ」


 今度は言葉足らずにならないようにする。

 伊藤さんを傷付ける気なんてサラサラないからね。余計に何かを話すことも出来ないけど、馬鹿みたいに寡黙を気取る必要も無い。俺なりの話しやすくて絡みやすい人を伊藤さんに見てもらうだけだ。


「今の私……臭いですよ……?」


 ああ、それを気にしていたのか。


「気にしなくても良い匂いだよ」

「いや……あの……」


 恥ずかしそうに俯いてしまった。

 うーん、そういう問題では無かったらしい。別に伊藤さんから変な匂いとかがしているわけじゃないんだし。そりゃあ、男が相手なら先にシャワー浴びてこいとか言っていたかもしれないけどさ。


「ショウさんは覚えていないと思いますけど、私達は文化祭の準備中に飛ばされたんですよ。ショウさんは臭くないと言ってくれましたけど、どうしても気にしてしまいます」

「そうだったんだ……って、ことは俺も」


 匂いを嗅いでみる。

 特に臭いとかはないな。別に柔軟剤の良い匂いがするわけでもないけど。汗をかいた後の気持ち悪さも感じないし……本当に俺も準備をしていたのかって疑問に思えてしまう。そもそも、俺は伊藤さんと元から関わりがあったのだろうか。今更ながらに記憶の無い弊害を感じてしまう。


「ショウさんは良い匂いですよ!」

「嬉しいけど誇らしく言わないで!」


 無自覚なんだろうけどさ。

 前屈みになって上目遣いで言われると何か感じるものがあってもおかしくないと思うんだ。伊藤さんにこんな形で仕返しされるなんてね。分からなそうな顔をされる分だけ俺の方が辛いかもしれない。張り合う理由なんてないんだけど。


「はぁ……それなら一度、お互いに戻ってから」

「いえ、ショウさんに従いますよ。臭くてもいいのなら外に出ない方が楽ですからね。からかいたかっただけです」


 本当に何が目的なのかがよく分からない。

 これも記憶が無いせいなら楽なんだけどね。まぁ、伊藤さんの性格とかはこれからゆっくりと知っていけるだろう。今はどんなことでもいいから笑ってくれたらそれでいいかな。伊藤さんは俺の事をよく知らなくても俺は伊藤さんの事を少しだけ知っているんだから、誰よりも伊藤さんには優しくしてあげたい。他の人はどうでもいいや。


 鍵を開けて中へ入る。

 一応、他の人の気配が無いかだけは確認しておいた。まぁ、俺達以外は食事しているだろうから気にする事はないんだけど。でも、どこに敵がいるか分からない状況で注意を怠るのは危険すぎるだろう。そもそも俺がどんなことをしていた人なのか分からない。もしかしたら恨みを買っている相手がいるかもしれないんだ。


「狭くてゴメンね」

「いえ……広いと思います」

「常套句を言っただけだよ」


 些細な事から会話が生まれるからね。

 会話が苦手だし話題が無いからこそ、俺が出来るのは話しやすいように俺から多く話しかけてあげることくらいだ。そのための会話デッキは知識として頭に入っている。……どれが効果的なのかは経験値が無いから分からないけど。


「適当に座って」

「なら、さっきと同じくこちらに」

「じゃあ、俺はこっちだね」


 伊藤さんがベットの上に座った。

 だから、俺は伊藤さんと同じく椅子を引っ張り出して背もたれに胸が当たるように座る。話すのならこっちの方が断然、楽だ。人前でこんな座り方は出来ないけど相手は伊藤さんだし、特に問題は無いだろう。


「それで、どんな話をしよっか」

「あまり男性と話をする機会が無かったので……思いつかないです……」

「それは記憶が無い俺も同じかな」


 悩んだ素振りを見せてきたので笑って見せる。

 軽口一つで伊藤さんが笑顔を見せてくれたので間違ってはいないんだろう。さてさて、本当にどんな話をしようかな。聞きたいことは沢山あるんだけどね、聞いて傷を抉ってしまう可能性があるから十分に考えた上で聞かないといけなさそうだ。

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