1章8話 お互いの願い

「伊藤さんってさ」

「何でしょう」

「何か好きな物とかあるの」


 当たり障りのない質問をしてみる。

 言っておいて何だけど、もっと良い質問があったよなぁ。会話が続くような質問をした方がいいのに、返答次第では簡単に途切れる話をしてしまった。傷付けず広げられる話題を出すなんてコミュニケーション能力が低い俺には辛いよ。


「寝ること、ですかね」

「あー、すごい分かる」


 顔を見つめているけど返事は来ない。

 この感じ、伊藤さんの場合は相手の反応に合わせて言う事を選んでいるように見えるから、俺がここで何か繋げることを口にしなければ話は終わってしまう。やっぱり、この質問は良くなかったみたいだ。話していて自分のことを表に出すのが苦手なのは分かっていたのに、こんな相手に話の主導権を握らせてしまう質問はするべきではなかったね。


「でもさ、時々、寝ている時間を他の事に回せれば……なんて思わない?」

「いえ、寝ている時間は何も考えなくて済むので思ったことがないですね」


 無理やり繋げては見たけど……。

 うん、なんか見てはいけない闇を感じ取ってしまったよ。気にしているようには見えないけど何も考えなくて済むのが嬉しいって……普通の人はあまり思わないよなぁ。いや、もしかしたら学校に通う人達は皆、同じことを考えている可能性はあるけどさ。


「じゃあ、今も寝たいって思っているの?」

「そんなことないです! ショウさんと話している時間も何も考えなくて済むので楽ですし!」


 俺は睡眠時間と同じってことかい。

 ツッコミを入れようかと思ったけどやめた。これは伊藤さんなりの褒め言葉なんだろう。実際、情報を流し見した後でチラチラと伊藤さんを見ていたけど、仲良さげに話しかける人は誰一人としていなかった。同学年で気にせずに話せる人って伊藤さんにはいなかったのかもね。


「何かは考えて欲しいな。伊藤さんの話したい事とかも聞きたいからさ」

「話したい事……」


 腕組みをして悩み始めた。

 うーん、とか隠さずに悩んでいる人を初めて見たかもしれない。いや、記憶が無いから見たことがあるわけないんだけど。うん、見れば見るほどに行動の一つ一つが可愛らしく感じてしまう。


「考えてみたんですけどありませんでした」

「そうなの」

「はい、同学年の人と話すこと自体が中学校の時以来でしたから。どういう話をするのが良いのかが分からないんです」


 うえぇ……お、重い……。

 だからか、こんなにも話している時に目をキラキラさせているのは。さすがに学校の中に一人は友達がいるだろうと思っていたけど、中学校の時以来ってことはいないんだろうな。これは情報には書いていなかったことだぞ。


「友達がいないってさ、高校では何をして時間を潰していたの」

「図書室に籠って本を読んでいましね。本を読んでいる時は自分の世界に閉じこもれるので周りを考えなくて済みます」


 待て待て待て……最終的にはそこか。

 この子の闇って本当に深いんだろう。もしかしたらマリアナ海溝よりも深いのかもしれない。実際の深さを知らないから対比出来ないんだけどさ。それに漫画で見た時だって闇の深さじゃなくて愛の深さで使っていたし。深海の話なんだから何で愛の深さで使っていたのか心底、疑問だった。って、そんなことはどうでもいい!


「あ! でもですよ! ショウさんと話している時は本を読む時や寝る時の時間とは違います!」


 沈黙が長過ぎたかもしれない。

 何か嫌なことを言ってしまったって勘違いさせてしまったのか、伊藤さんが手と首を横にプルプル振りながら返してきた。控えめに言って可愛らしいな、としか思えない。


「へー、何が違うの」

「えっと……楽しいです。他の男子のように胸を見てきたりとか、下に見てきたりとかしなくて優しく話しかけてくれるから、ずっと聞いていたいって思えるんです」


 それって好きってことじゃ……。

 っていう勘違いはもちろん、しない。そこまで楽観的な考えてが出来ないからね。好意的に思われているのは素直に嬉しい。けど、それが直結してラブという意味の好きだとは思えないかな。ラブだとしても嬉しいけどさ。仮にここで「俺と付き合ってください」とか言ったらどうなるんだろうね。……あ、ここで言ったら死亡フラグにしかならないや。やっぱり、無しで。


 というか、胸か。

 言われてみれば確かに大きいかもしれない。ステータスで見た伊藤さんは十六歳だったから……平均よりは大きいのかな。もしくは高校生ということもあって頭がお猿さんな男子高校生が割と多くいるのか。女性の顔を見ないで胸を見るなんて男として当ぜ……もとい! 風上にも置けない野郎達だな!


「話に出ていた男子って一緒に転移して来た人のことかな」

「そうです……話しかけてくれなかったら今頃は組みたくない人達と同じパーティだったかもしれません。あんな人達と一緒だったら襲われていたかもしれないです」

「俺も襲うかもよ」


 手でガオーってやってみる。

 駄目だ、やった後で恥ずかしくなってくるな。ノリでやったんだけどここまでとは……これを平気な顔でやれる人達はどれだけ恥の感情を殺しているんだろう。でも、喜んで手を叩いてくれているあたり後悔はないかな。


「襲う人は何も言わずに被さってきますよ。二人っきりになって……知らない飲み物を出してきたりして……」

「ふーん、それが普通なんだ。なら、今度はそうしてみよっと」

「する人はそんなこと言いませんよ」


 口元を手で隠して笑っている。

 女の子の笑っている姿っていいね。少し戯けただけで喜んでくれるのであれば多少は恥ずかしくても我慢出来そうだ。……まぁ、襲う襲わないに関しては今のところはないかな。


「もう一つだけ聞きたいことがあったんだけどいいかな」

「なんですか?」

「伊藤さんって転移して良かったと思う?」


 これは伊藤さんに限ったことではない。

 現実感が無いことが起こってどう思うのかっていう興味だ。ステータスを知らないところから伊藤さんはライトノベルとか、アニメとかは見ないだろうし余計に気になる。


「最初は困惑しましたよ。でも、ショウさんと一緒になってからは良かったって思えるようになりました。分からないことを親身になって教えてくれる人なんていませんでしたし」

「それなら誘ってよかったよ」


 本当に素直で良い子なんだな。

 こんな子を虐めていたのか……女子って怖いんだな。初めて話した女子が伊藤さんで良かった。もしも伊藤さん以外なら、ここまで穏やかに楽しませようとか思う余裕が無かったかもしれない。ミカエル? アイツは女じゃない。


「俺は日本にいた時のことなんて少しも覚えていないからさ。だから、誰と行動するかっていう簡単なことも難しく感じられたんだ」


 転移を喜ぶ人がいるかもしれない。

 でも、俺には喜ぶための要素が無かったからね。日本にいた時の苦しさも楽しさも無い、本当にまっさらな状態だったんだ。知識では異世界転移を知っていても喜んでいいのかが分からない。もっと言えば俺の転移はミスだったらしいし尚更だろう。


「伊藤さんがいて良かったよ。少なくとも俺は本気でそう思っている。いなかったら今頃は一人っきりだったからさ」

「それは……私もですよ」

「仲間だね」


 ここまで考えた上で勧めたのかな。

 転移して半日が経ちそうだけどミカエルの気持ちが分からないや。言っていた通り仲間にして嫌な気持ちになったことが一度もないからね。情報を見ていた時は頭のどこかに同情の気持ちがあったし、一人でいることが出来ない数合わせに思っていた部分はあったけど、今はそんなこと少しも思えないかな。半日しか接していないけど伊藤さんの良さはその期間に合わないくらいに知ることが出来た。きっと、これからはもっと知れるんだろう。


「明日からは戦闘があるかもしれない。だからさ、これを伊藤さんに渡したかったんだ」

「……杖、ですか? どこでこれを……」

「転移した時に持っていたんだよ。でも、俺には魔法が使えないからさ。それなら伊藤さんにあげた方がいいだろ」


 俺からしたら要らないものだ。

 だって、使えないんだから。でも、使える人からしたら有って困るものでは無い。銃を使える人と使えない人では戦闘能力が違うのと一緒だ。それに杖に関しては使える人に売るとしたらかなりの値がつくだろうし。


「……いいんですか」

「何が?」

「私じゃ使えないかも」


 そんなことを気にしていたのか。

 俺からしたら使えないならそれはそれでいい。他のやり方を見つければいいだけだからね。使えないから要らないなんて言うのは見る目が無い人の言い訳だ。見る目がある人は使えない人が何を出来るのかを見極められる。見極めた出来る事をさせるんだから使えないわけがないからね。


「俺は伊藤さんに使って欲しいんだ。使えなくても硬いからね。殴る時に使ってみてもいいかもしれない」

「ショウさんからのプレゼントをそんなふうに」

「使っていいんだよ。それで伊藤さんが生き残れるのなら俺はあげて良かったって思えるから」


 伊藤さんに死んで欲しくない。

 強く心から思っている。もちろん、俺が出る時には伊藤さんとも一緒に出たい。そのためには伊藤さんにこの杖が必要だと思う。受け取ってくれた伊藤さんと杖に刻印を打っておく。ポワポワと変な光が出ていて不思議そうにしていた。


「一つだけオマジナイをしたんだ」

「オマジナイ、ですか」

「そう、その杖は伊藤さんだけのものになる魔法のオマジナイだよ。そして……伊藤さんが誰よりも強くなって死ななくなる、俺の心の底からのオマジナイでもあるんだ」


 二つの意味で、ね。

 そのためには俺もそれなりには強くならないといけないかな。強くなるための装備品は持っているんだし出来なくはないだろう。伊藤さんが心配してそうに見えたので笑いかけてみた。俺の言葉のどこかに心配させるような要素があったようには思えないんだけどね。


「ショウさんも……死なないでくださいね」

「大丈夫、俺は死なないよ」

「死んだら……恨みますからね。どこまでも追いかけて悪口をいっぱい言ってあげます。だから、これは私なりのオマジナイです」


 俺のおデコに手を当てて笑いかけてきた。

 死なないで、か……死ぬわけがないだろう。不運で転移してしまったのに幸せになれずに死ぬなんて……死んでも死にきれない。でも、死んで伊藤さんに悪口を言われるのもアリかなって思えてしまった。まぁ、言えるわけがないんだけど。


 その後、少しだけ世間話をした。

 特にこれといった重要そうな話は無かったけど帰り際、名残惜しそうにしていたのは何か来るものがあった。胸がドキドキして簡単に寝れそうもないし……少しだけ貰った情報を見てから寝ることにしよう。そう思い伊藤さんが座っていた場所で横になってからステータスを開いた。

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