1章5話 便利な刻印

「この先に皆様のお部屋がございます」


 メサリアに通されたのは長い廊下だった。

 全貌は見ていないから何とも言えないけど本当にすごい長くて終わりが見えない。どれだけ王国の城が大きいんだってこれだけで思ってしまう。その長い廊下の至る所に扉があるからここら辺を使ってくださいってことだろう。兵士が誘導してくれるから迷うことは無さそうだ。


 俺達は……かなり奥だな。

 対して新島達だけ特別に最初ら辺の部屋へ通されていた。扉が豪勢だから勇者とかステータスが高い人のための部屋なんだろう。豪勢な部屋は六つしか無かったからステータスの高い低いで格差をつける気があるのは分かった。……後、俺よりも奥の人達がいるんだな。近ければ近いほどステータスが高いとすれば彼等は……いや、同情するのは無しだ。


 自身が通された部屋の扉に手をかける。

 生きられないような部屋じゃなければいいんだけど、そう思いながら中に入ると至って普通の部屋だった。というか、思っていたよりも豪華な部屋に一人にされて困惑している。伊藤さんと同じ部屋とかいうムフフな展開も無く一人で十畳はある空間に大き過ぎるベットがある場所を自由にしていいっていいって……どうやって使えと。


 壁を叩いてみたけど返答は無いから生活音は漏れなさそうかな。ただ監視されていてもおかしくないから変なことは出来ない。馬小屋レベルの部屋を通されるよりは確実にマシか。少し見て回ったけどトイレとシャワーは別、クローゼットもある、銀貨二枚が机の上に置かれている………これだけ見れば至れり尽くせりだな。ミカエルの情報が無かったら騙されていたかもしれない。


 例え良い場所でも残ることは無いけどね。

 俺がしたいのは自由に生きて、自由に死ぬってことだけ。その過程で幸せに生きて自分のやりたいことを見つけていく。この場所に残っていたところで自分の世界が狭くなってしまうことには変わりない。机に置かれた時計を見て時刻を確認する。夜までは少し時間があるかな。伊藤さんの部屋に行くのはまだまだ後だ。食事とかがあったとしても小一時間は待たなければいけなさそう。


 なら、することは一つだけ。

 ステータスを開いてアイテム欄に変える。経験値魂を出した時と同じ要領でタッチして指輪と黒のローブ、短剣、スキル玉、強化石を取り出してみた。出す時に気が付いたけど黒のローブの本当の名前が書かれていたんだね。最後に『死神の羽衣』っていう名前だと書いてあったよ。見た目通り名前も厨二チックで好みだ。まぁ、まだ着ることは出来ませんけど。


 盗撮は……されている可能性があるか。

 そこだけは頭に無かったけど盗聴に関しては十分に対策して出している。声は出さず、アイテムを置いた時の音も出さず忍者かってレベルで静かに机に置いたからね。こんなことなら毛布とかに包めて見えないようにしておくべきだったか。


 後悔しても遅いので考えるのをやめる。

 そんな見られているかどうか考えても分からないことを悩むくらいなら他のことを考えたい。時間は有限だからね、今のうちにしておきたいことは沢山あるんだ。机に置いたスキル玉を手に取って軽く魔力を流して力を込める。


 これがスキル玉の使い方らしい。

 アイテム欄の説明に書かれていたから間違いは無いはずだ。簡単に割れてはくれないから開き直して説明の部分を見る。外に出した状態でも俺の手にあるからか、一分のゼロって書かれているだけで説明に関しては読めるからね。これはすごくありがたい機能だ。


 刻印自体は読んで見た感じ有用だと思う。

 使い方次第っていうのは最前提なんだけどさ、物の所有者を決めることが出来るっていうのが、この世界では間違いなく強い。ステータスが弱い俺からしたら道具に頼るしかないからね。それを盗まれてしまえば俺には戦う手がからさ。


 まぁ、当然だけど自分の物以外の商品には使うことが出来ないって制約はあるよ。それでも他の人と物の所有関係を作ることは可能らしいから伊藤さんにも使うことが出来るわけだし……これで弱いっていう人はいないと思う。伊藤さんと業火の杖の所有関係を築いてしまえば虐めていた人達に奪われる心配もない。


 そのために刻印を使えるようにしないと。

 失敗したら困るからイヤホンをポケットから出したような素振りをしながらアイテムから取っておく。スマートフォンを買ったらオマケで付いてくる真っ白いイヤホン、これなら壊れても何も困ることは無いだろう。


 スキル玉が壊れたせいで使い方は分からない。

 けど、見た感じこの世界では魔力を通す行為が魔法やスキルを使う第一段階なんだと思う。実際、腕輪を付けた際にピリピリと血液の流れが早くなるような何かを感じたからさ。それが魔力なんだと思う。これをスキルのイメージをしながらイヤホンに使う……そんな想像をしてみる。想像は得意……なはず、こういう時に自信を持って言えないのが辛いな。


 だが、どんな有用なものであっても、だ。

 使えなければ意味が無い。例え動物を簡単に殺せる銃であれど使い方さえ知らなければ鈍器にしかならないからね。逆に使い方を知ってしまえば扱い方を間違えないようにしなければいけない。こんなに良い物を貰えたんだ、英雄にはならなくても悪いことをして生きる必要は無いだろう。


 そんな時に魔法陣のようなものが出てきた。

 いきなりで内心、ビックリしたけど声が出ないように我慢する。イヤホンの上に手のひらサイズの魔法陣だったから、まだ良かったかな。大きかったら多分だけど我慢出来なかったし。魔力を流したままでいたら魔法陣が動き始めてイヤホンに張り付き始めた。その後すぐに魔法陣が消えたあたり、これで刻印完了ってことかな。


 プラプラさせて見た感じ変わりはない。

 まぁ、俺の物にしたってだけで性能が変わるわけではないだろうしね。当たり前のことだけど……ちょっとだけ呆気なく感じてしまう。気怠さも多少、感じるから割とMPを使っているのかもしれない。……見てみたけど五しか減ってないや。コスパのいいスキルなのかもしれないね。


 でも、たったの五でこれか。

 慣れていないからっていうのもあるんだろうけど伊藤さんが心配だな。俺よりもMPが高いとはいえ魔法を使うためにはMPがいる。使って動けなくなったり、気怠さを通り越して頭痛や吐き気を催す可能性もあるよなぁ。その時には出来る限りの介護をするつもりではいるけど。


 明日のガチャは回復系を狙うか。

 剣と魔法の世界ならばポーションとかもあるだろう。よく聞く神のアイテム、エリクサーとかはあるか分からないし、出る確率もかなり低いけど魔力回復ポーションなら青ら辺で出るんじゃないかな。量産出来るのならばもっと楽だろうけど無い物ねだりだからね。今は出来そうなことからやっていこう。


 多少は具合が悪くなってもいい。

 先に自衛手段である短剣二つと指輪、そして腕輪には刻印を付けておかないと。死神の羽衣に関しては今、使ってしまうと目立つから寝る前に刻印でも打てばいい。少なくとも入用ではないかな。合計で三十も消費したら体がどうなってしまうのか分かったものでは無いし。寝る前なら倒れたとしても問題は無い。


 まずは短剣を取り出す。

 取り出して知ったけど腰に巻き付けるベルトと鞘が付いてきているみたいだ。そして刻印を打とうとしたら刻印一つで短剣二本の所有権を得られるみたいだね。代わりに鞘とベルトを一纏めで打たなければいけないから特に変わりはないけど。


 今更だけど服装は動きやすいジャージだ。

 だから、ベルトをつけたところでズレ落ちてしまう可能性はあるかな。でも、刻印さえ打っておけば奪われる心配もなくなるから楽でいい。多分だけど勇者に対抗出来る手立てがこれしかないからね。すぐに出せるようにベルトを使うのは大事だろう。


 刻印は……難なく打てた。

 体調の変化は特に無いかな。最初だけ使ったことの無い何かを出したから過敏に感じたのかもしれない。普段は使わない筋肉を使ったら筋肉痛になるのと一緒なのかも、いや、詳しくは知らないけどさ。


 軽く鞘から治癒の短剣を出してみる。

 こっちは刃先が真っ白いな、対して毒の短剣は真っ黒い刃を持っている。自分に刺したら面倒なので毒の方はすぐに鞘に戻した。治癒の方は軽く左手で回してみたり、軽く壁に投げてみたりして扱いやすさを確認しておく。刺さるし切れるから治癒の力を秘めるとはいえ、短剣としての機能を失っているわけではないようだ。後、刻印のせいか手元に戻るイメージをすると一瞬で帰ってきた。ただし、MPを三、使ってだけど。


 あー、投げるのは安直だったかな。

 音が出てバレてしまうか。いや、どちらにせよ、外に出たらバレてしまうことには変わりない。どうやって手に入れたかの言い訳を考えておかないと。適当にアイテムとして持っていましたで済みそうだけどね。まぁ、渡せと言われても刻印の話を持ち出せば奪われることはないな。


 なら、気にせずに次だ。

 刻印の有用性がより分かったなら、見せても問題のないものを先に打っていこう。次は奪われたら困る腕輪だな。腕輪を取って魔力を流して刻印を打っておく。次いで指輪だ……おし、慣れてきたのか手際がよくなってきた。腕輪と指輪の効果の重複も無いし付けておいてっと。


 すごいな、付けた瞬間に吸い付いてきた。

 フィットするって言い方が正しいかな。シュって左手の人差し指の大きさになってくれた。軽く振ってみたけど落ちる様子が一切ない。こういうのも魔法の世界ならではなんだろうね。こんな機能が日本であれば幾つかの仕事が無くなってしまいそうだ。……体調の変化はなし、気怠さはまだ残っているけど問題は無いかな。


「あの……ショウさん……?」

「入って大丈夫だよ」


 終わってすぐにノックが響いた。

 その後に響いた優しそうな声に軽い感じで返しておく。入ってきてくれたけどキョロキョロしてどこか挙動不審だ。別に気にすることなんてなにもないのに。


「どうかした?」

「いえ……男性と二人っきりになったことがなくて」

「ああ、そういうことか」


 笑って手でベットの上を指しておく。

 これで察してくれたのか、素直に座ってくれて助かるな。俺は俺で備え付けの椅子を出して伊藤さんの対面に座った。入るのに躊躇があるのに来たのって何でだろうね。悩んでいる姿を見ると余計に気になってしまう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る