1章3話 最初のピンチ

「それでは勇者御一行様。ついてきていただけますか。皆様にやっていただきたいことがあるのです」


 さすがは王女様ってところか。

 あれだけ嬉しそうにイチャついていたのに一呼吸だけで表情を戻していた。まぁ、王女様方がどうであれイチャイチャタイムが長かったせいか、足で地面を蹴っている人もいるんだけど。見ていて不快だっただろうから、それでイラだっている人は一定数いそうだ。うん、気持ちはよく分かる。


 それでも相手は勇者様だ。

 いや、そもそもがクラスでの纏め役だったのか、誰も反論はしなかったな。これが親が金持ちであるイケメンの特権か。誰も何も言わないのならば俺も何も言わない。これが世渡り上手のコツらしいからね。本音? ぶん殴ってやりたいよ?


 でも、今は言う事を聞いておく。

 四十人弱を八人の兵士で牽引するなんて、もしも言う事を聞かない人達ならばどうしていたんだろう。異世界に来たてとはいえ、新島一人でも暴れれば兵士数人はフルボッコに出来そうに感じるけど。それだけ強いってことなのかな。逆らう気もないから興味が湧かない、今は、ね。


「ついてきていただきありがとうございます。ここに来ていただいのは他でもありません。この部屋に置いてあります水晶で皆様のステータスを確認し、個々でパーティを組んでいただきたいのです」


 メサリアの言葉にざわめきが起こる。

 俺みたいなライトノベル作品を知っている人からは「ステータス」と喜びを隠せない声が、主に女子の知らない人からは「能力ってことは格付けでもされるの」という的を射た声が出ていた。確かに優しく言ってはいるがメサリアがしようとしているのは『個々の価値を勝手に判断する』ということ。ライトノベルを知らなければ嫌な気持ちになるだろうなぁ。


 俺の当たり前が普通ではないってことだ。

 うーん、それにしても早速、腕輪を手に入れられて良かったって思えてきたよ。いや、腕輪の隠蔽能力では水晶に勝てない可能性もあるけどさ、無いよりはマシだと思う。説明欄曰く、とりあえずはイメージらしいからステータス画面のレベルとスキルだけ隠す感じで頭の中で念じてみる。オールFは隠さずともいいだろう。


 俺の目的はただ一つ。

 オススメにあった伊藤さんと同じパーティを組むことだけ。他に仲間にした方がいいってミカエルからの推しはないし、二人で組むのも悪くはないかな。その時は……諦めて俺が前衛に立とう。怖くても自分と合わない人と組むことになるよりはマシだ。だからこそ、わざわざ能力を低く見せることはしない。誘って断られる可能性の方が高くなりそうだからね。


 最初はもちろん新島からだった。

 水晶に手を置いた瞬間にそりゃあ、大きな歓声が響きましたよ。女子からは歓声の声が、俺と同じであろうライトノベルが大好きな人達は夢敗れたような声が漏れている。まぁ、こんな世界に来たら少しは期待してしまうよね。俺がチートを持って異世界で無双するんだ、って。多分、俺もミカエルに会っていなかったら落ち込んだ声を出していたと思う。勇者が出た時点で自身がチート持ちである可能性はかなり低いって考えてしまうよな。どのライトノベルでもチート持ちは一人か二人だ。


 ただ俺からしたら注目されないのは有難い。

 新島のおかげで、その後に続く人達はあまり見られていない。長時間、見せていたらボロが出そうだから流れに乗っておきたいかな。我先にと前へ出る人の流れに沿って割と前の方に行けた。俺の前には……四人いるだけだな。これなら注視される可能性も薄いだろう。


 それにしても……うん、アレだな。

 俺が言うのも何だけど散々だ。四人のステータスを見ることが出来たんだがスキルは無いわ、ステータスは低いわで可哀想に思えてくる。俺ってかなり恵まれていたんだな。ガチャはあるわ、ミカエルに加護を貰えるわで。


 結果は分かっている、けど、心臓が痛い。

 アレだ、本当に隠蔽が発揮出来ているのかが分からない。怖い、変に勘ぐられるのがすごく怖い。俺の夢を壊さないでくれ。俺は静かに、とまでは言わないけど楽しく生きていたいんだ。そのためには王国に目をつけられたくない。


 出てきたステータスはーー。




 ____________________

 名前 (セットしてください)

 職業 魔物使い

 年齢 17歳

 レベル 1

 HP 62/62

 MP 52/52

 物攻 F

 物防 F

 魔攻 F

 魔防 F

 速度 F

 幸運 F

 固有スキル

 スキル

 魔法

 ____________________




 俺のイメージした通りだった。

 一気に体の力が抜けていく。他の人からすれば予想よりも弱くて、という前の四人と同じ反応に見えるだろうな。それに職業も頼んでいた魔物使いになっている。これで勘繰られることはないだろう。助かった……まずは最初のピンチを……。


「おい、お前!」

「は、はい!」


 兵士の一人に大声を出された。

 待て、何か選択を間違ったか。もう少し隠しておくべきだっただろうか。新島に比べればかなり弱いステータスだし、何より前四人と変わらない数値だったと思うが。……もしやスキルが無いから弱い奴専用の場所へと移動させようとしているとか、腕輪の存在がバレたとか。


「なんで名前が無いんだ?」

「名前……あ」


 そ、それか! 確かに忘れていた!

 そういえば俺って記憶喪失だったんだもんな。名前だって知らないし。……なら、どうやって説明すれば分かって貰えるんだ。そのまま言って理解して貰えるんだろうか。それとも嘘をついて何か無いですって言った方が……いや、それは一番に無いか。確実にボロが出て終わりだ。


「実は転移した衝撃か記憶が無くて」


 仕方が無いから素直に言うしかないよな。

 それ以外に適切な選択肢が無いように感じられる。目をつけられたくないからこそ、素直に無いものは無いと突っぱねよう。……反応的にも悩んではいるが怪しまれてはいないし。間違いなく正しい選択だったと思、いたい……。


「なら、ステータス確認が終わるまでに決めておけ。呼ぶ時に困るからな」

「分かりました! では!」


 そそくさと列から出た。

 あっぶねぇ! 兵士から声をかけられた時には死んだと思ったわ! この死に関してはミカエルでも何とか出来ないし! でもまぁ……これで本当に最初のピンチからは抜け出せたな!


 自分で自分の名前を決めるのは面倒だが……どちらにせよ、パーティを組むのは決定事項だ。呼ばれ方は決めておかないと損が多いから付けないっていうのは出来ないか。でもなぁ、記憶は無くても俺が俺のセンスを信用出来ないんだよ。何となくだがネーミングセンスが無さそう。


 それに城にいる段階で名前を確定したくない。

 城から出る前提なのに今、決めてしまうと足がついてしまいそうだ。だから、呼ばれ方は決めておくけどステータス上で決めておくのはやめておきたいな。それなら日本人らしい名前にしておくのがベストかな。まさか太郎がエドモンドみたいに変わるとは到底、思わないだろ。


 日本人らしい名前かぁ。

 名前が無い……記憶が無いか。無い無い……分からないとか。ワカランとかは……いや、却下だ。それこそ意味が分からん、ナンチャッテ。うん、少しも面白くないね。やはりネーミングセンスの欠片もないなぁ。


 分からないかぁ……あ!

 それなら未詳から取ってショウとかはどうだろうか。ショウ君とかなら結構いそうだし、何よりもネーミングセンス云々に関係がない良い名前だ。悩んだら余計に変な名前が出てきそうだからショウにしよう。城にいる間、俺はショウだ。


 名字は……まぁ、異世界ならば貴族ぐらいしか持っていないだろうしね。考えなくていいだろう。どうせ付けるとしてもカッコいい道明寺とかにしそうだし。そこまでイケメンではないからやめておこう。記憶も無い状況で転移させたのであれば綺麗な顔にしてくれれば良かったのに……移動中に扉の硝子に映った顔は如何にも普通の造形だったぞ……。


 と、悲観するのはここで終わりだな。

 イケメンじゃなくとも運さえあれば幸せになれるはずだ。それに叶えるためのガチャもある。何だか気分が良くなってきたぞ。今ならURも簡単に出て……いや、それはさすがに無駄遣いか。悲観するのも楽観するのもやめて兵士に名前を告げておかないといけない。了承を貰えた後は他の人のステータスを流し見しないと。特に伊藤さんはじっくりと注視しないとね。


 うーん、まぁ、否定はされないか。

 兵士に告げてすぐに了承が貰えた。それでいいのかと思ったけど紙にメモしていたし、呼び方さえ決まれば後はどうでもいいんだろう。ってか、そういえば俺ってオールFのクソザコナメクジだったからね。新島達のような有望な存在ではない、ように見せている。実際は知らない。ただ相手をしてくれた髭面のおっさん兵士は少しも蔑むような感じが無かったし、そういう意図はなかったと思いたいかな。


 で、他の人のステータスだけど……。

 まぁ、何も言えることはないかな。それこそ、ピックアップに出ていた人達くらいしかE越えはいない。性別も関係しているのか分からないけど男三人は物理面で、女三人は魔法面で強いって感じ。名前は覚えきれなかったけど顔だけは大体、頭に入れておいた。……言わずもがな、性格は悪いな。伊藤さんのステータスの高さでも嫌な顔や舌打ちをしていたし。ちょっとだけ注意しないといけないかな。


 最悪は首すら飛ばす覚悟で。

 それは言い過ぎか、ただ、それ位の覚悟は生きるために必要だと思おう。俺の目的は伊藤さんと同じパーティになることだけ。それを達成するためには勇者と対立することだって辞さない。出来る限りはゴマをするつもりではいる。対立しないことに越したことはないし。一応、伊藤さんに近付いておく。


「御協力ありがとうございました。水晶のおかげで皆様はステータスを自在に見れるようになったはずです。これからは頭の中でステータスと念じれば何時でも見れるので是非とも御活用ください」


 ようやく全員のステータス開示が終わった。

 知らなかったけど俺以外はステータスを開けてはいなかったみたいだね。皆、メサリアの言葉に驚いているし。中には見ることが出来た人もいるかもしれないけど……そういう人がいたらミカエルがピックアップしてくれるか。全員が開けなかったってことにしておこう。


「それでは皆様にはパーティを組んで頂きたく思います。出来れば自分と同じくらいのステータスの人にして頂き最低でも二人以上、五人以下にしてください」


 メサリアの声と共に新島の周囲が埋まった。

 これも丁度いい、今のうちに一人でいる伊藤さんの所に行こう。早めに行かないと取られちゃいそうだからね。ステータスの開示によって有望株なのはバレバレだし早くアピールしないと。今更になって少し癪だけどミカエルの情報を無駄にしてはいけない。

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