魔女の心得
楸 茉夕
「んん~?」
「変わりませんわねえ」
二人の見た目はそっくりで、
「アルフェが薬草を間違えたのでしょう?」
「そんなわけありませんわ。ラッツが量を間違えたのでしょう」
二人の白い肌と金色の巻き毛が、瓶の中の赤い液体を反射して
「できたかしら?」
背後から声をかけられ、二人は振り返った。
『シラー師匠』
新たに現れた人物もまた、黒いローブ姿である。シラーと呼ばれた女性は、瓶の中を覗き込んで目を眇めた。
「あら、まだのようね。早く仕上げてしまいなさい」
「だって師匠、アルフェが薬草を間違えたのよ」
「違いますわ、ラッツが入れる量を間違えたのですわ」
シラーは言い合いを始めた少女たちを片手で制する。
「喧嘩はおよしなさい。そうねえ……」
もう一度瓶を覗き、くんくんと匂いを嗅いだシラーは、右手側にある棚へ呼びかけた。
「ドーリィ、起きているでしょう」
応える声はない。一つ息をつき、シラーは繰り返す。
「ドーリィ。あなたが焚き付けになりたいというのであれば、わたくしは一向にかまわなくてよ」
抵抗するような数拍の沈黙の後、植木鉢がごとりと動いた。生えている人参の葉に似た植物が動き、文字通り土を掻き分けて人の顔が出てきた。そして、不機嫌そうに言う。
「……なんだよ。さっきそいつらに片腕くれてやったぞ」
「結構。もう片腕か、片足をお出しなさい」
「ざけんな、生やすのにどれだけかかると思ってやがる。あとドーリィって呼ぶのやめろ」
「ですから、ドーリィ。あなたが焚き付けになりたいのであれば」
「わかったよ! 出しゃいいんだろ、出しゃ」
まるで人のような舌打ちをして、ドーリィは土から
「もう当分起こすんじゃねえぞ!」
捨て台詞を残し、ドーリィは土へと潜っていった。
「師匠、マンドラゴラを『
ラッツに言われてシラーは心外そうに目を瞬く。
「あら、どうして? 可愛いじゃない、ドーリィ」
「……可愛いですけれど」
引き下がったラッツににっこりと笑い、シラーは人差し指ほどの大きさのマンドラゴラの足を瓶に放り込んだ。すると赤かった液体はみるみるうちに緑へと色を変える。二人は目を丸くした。
「すごい、師匠! どうしてそれが足りないってわかったの!?」
「レシピ通りに作ったはずですのに!」
「そこは、魔女の直観というものかしら」
笑みを含んだシラーの言葉を聞いて、アルフェとラッツは顔を見合わせる。
「直観?」
「直感ではなくて?」
「その二つの違いはそのうちわかるようになるわ。両方とも大切なものよ、わたくしたちのような存在にとってはね」
言いながらシラーはアルフェとラッツの肩を叩いた。
「さあ、薬ができたわね。
「はーい」
「足りるか心配ですわ」
「これだけあれば大丈夫よ」
三人で小瓶に薬を詰め終えると、シラーはそれを鞄に詰めて二人に持たせた。
「では、これを村まで届けてあげてちょうだい。今からなら夜明けに間に合うでしょう」
『いってきまーす』
「いってらっしゃい、気をつけてね」
鞄を提げて元気よく出て行く二人を見送り、シラーは笑みを深くした。
月光に照らし出されたその肌は、緑色をしていた。
了
魔女の心得 楸 茉夕 @nell_nell
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