魔女の心得

楸 茉夕

 

 かまどの上に大きなかめが据えられ、何やら粘度の高い液体がぐつぐつと煮え滾っている。

「んん~?」

「変わりませんわねえ」

 大瓶おおがめのぞき込んだ少女が二人、同じように首をひねっている。

 二人の見た目はそっくりで、まとうものも同じであるがゆえに、一目では見分けがつかない。

「アルフェが薬草を間違えたのでしょう?」

「そんなわけありませんわ。ラッツが量を間違えたのでしょう」

 二人の白い肌と金色の巻き毛が、瓶の中の赤い液体を反射してだいだいに染まって見える。明かりがランプと竈の炎しかない薄暗い部屋の中、黒いローブを着ているので、二つの顔だけが浮いているようにも見える。

「できたかしら?」

 背後から声をかけられ、二人は振り返った。

『シラー師匠』

 新たに現れた人物もまた、黒いローブ姿である。シラーと呼ばれた女性は、瓶の中を覗き込んで目を眇めた。

「あら、まだのようね。早く仕上げてしまいなさい」

「だって師匠、アルフェが薬草を間違えたのよ」

「違いますわ、ラッツが入れる量を間違えたのですわ」

 シラーは言い合いを始めた少女たちを片手で制する。

「喧嘩はおよしなさい。そうねえ……」

 もう一度瓶を覗き、くんくんと匂いを嗅いだシラーは、右手側にある棚へ呼びかけた。

「ドーリィ、起きているでしょう」

 応える声はない。一つ息をつき、シラーは繰り返す。

「ドーリィ。あなたが焚き付けになりたいというのであれば、わたくしは一向にかまわなくてよ」

 抵抗するような数拍の沈黙の後、植木鉢がごとりと動いた。生えている人参の葉に似た植物が動き、文字通り土を掻き分けて人の顔が出てきた。そして、不機嫌そうに言う。

「……なんだよ。さっきそいつらに片腕くれてやったぞ」

「結構。もう片腕か、片足をお出しなさい」

「ざけんな、生やすのにどれだけかかると思ってやがる。あとドーリィって呼ぶのやめろ」

「ですから、ドーリィ。あなたが焚き付けになりたいのであれば」

「わかったよ! 出しゃいいんだろ、出しゃ」

 まるで人のような舌打ちをして、ドーリィは土からい出てきた。人間で言うと足にあたる部分を引っこ抜くと、無造作に付け根から折り取り、シラーに投げつける。

「もう当分起こすんじゃねえぞ!」

 捨て台詞を残し、ドーリィは土へと潜っていった。

「師匠、マンドラゴラを『お人形さんドーリィ』と呼ぶのは些か悪趣味だと思いますわ」

 ラッツに言われてシラーは心外そうに目を瞬く。

「あら、どうして? 可愛いじゃない、ドーリィ」

「……可愛いですけれど」

 引き下がったラッツににっこりと笑い、シラーは人差し指ほどの大きさのマンドラゴラの足を瓶に放り込んだ。すると赤かった液体はみるみるうちに緑へと色を変える。二人は目を丸くした。

「すごい、師匠! どうしてそれが足りないってわかったの!?」

「レシピ通りに作ったはずですのに!」

「そこは、魔女の直観というものかしら」

 笑みを含んだシラーの言葉を聞いて、アルフェとラッツは顔を見合わせる。

「直観?」

「直感ではなくて?」

「その二つの違いはそのうちわかるようになるわ。両方とも大切なものよ、わたくしたちのような存在にとってはね」

 言いながらシラーはアルフェとラッツの肩を叩いた。

「さあ、薬ができたわね。小瓶こびんに詰めてしまいましょう」

「はーい」

「足りるか心配ですわ」

「これだけあれば大丈夫よ」

 三人で小瓶に薬を詰め終えると、シラーはそれを鞄に詰めて二人に持たせた。

「では、これを村まで届けてあげてちょうだい。今からなら夜明けに間に合うでしょう」

『いってきまーす』

「いってらっしゃい、気をつけてね」

 鞄を提げて元気よく出て行く二人を見送り、シラーは笑みを深くした。

 月光に照らし出されたその肌は、緑色をしていた。



 了

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魔女の心得 楸 茉夕 @nell_nell

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