感動接客の日


 ~ 三月二十二日(月) 感動接客の日 ~

 ※八月の槍

  意味:ぼんやりってこと。

   八月=盆だから。ただのダジャレだ。




「春だからか?」

「……へ?」

「いや、いくらなんでもぼーっとし過ぎ」

 

 駅前の個人経営ハンバーガーショップ。

 ワンコ・バーガー。


 その二台のレジ。

 俺の隣で、ぼーっと惚けた顔をしてるのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 しょうがないから。

 お辞儀と共にレジを移って。


 困り顔したままだった。

 秋乃の正面に立っていたお客様にオーダーを聞いた。


「ご注文をどうぞ」

「このキャンペーンセット、何が入ってるの?」

「ライスバーガーにはバター醤油ソースでさわらのソテーが挟まってます。こっちの器はうずら入りの茶碗蒸しで、あと、たけのこのお吸い物が付いてきます」

「面白いね、和食なんだ」

「ドリンクにはキャンペーンの『冷やしときマッチャ』も選べます」

「じゃあそれで」

「ありがとうございます。五百円になります」


 春のキャンペーン企画、第二弾。

 『筍鰆鶉しゅんしゅんしゅん・旬の美味いもの祭り!』。


 それぞれ単品でも食べることができるが。

 セットにすれば、破格のワンコイン。


 しかも、安かろう不味かろうと思いながら。

 昼前の休憩で食べてみれば。


 千円って言われても払う気になる魅惑の美味さに思わず舌鼓。



 一度も会ったことが無い、商品開発本部長とやらが考え出したこのメニュー。


 俺は正直。

 その発想力に尊敬の念を抱いている。


 ネーミングセンスといい。

 この金額でこれだけの品を作り出す手腕といい。


 きっと有名大学出の秀才に違いない。


 それにひきかえ。


「三月だってのに。お前は八月の槍か」

「……やり?」

「八月には盆があるだろ?」

「ぼんやり……。うん、新商品考えてまるで寝てないから……」


 そう言いながら生あくびをした秋乃。

 抹茶と間違えてイチゴミルクをカップに注いでる。


 こりゃだめだ。


「発想力が素晴らしい商品開発本部長とは雲泥の差だな、主任」

「わ、私も負けてない……」


 こいつが、たまに発動する負けず嫌い。

 鼻息荒く、お客さんへ振り向いてるけど。


 どうする気?


「お、お客様。セットの方、六月のダクになさいますか?」

「は? えっと……、なんて?」

「ツユの、ダク」

「結構です」

「うはははははははははははは!!!」


 しょんぼりするな、あたりめえじゃねえか。

 ライスバーガーつゆだくにしたら大惨事だわ。


 でも、思わず大笑い。

 発想勝負じゃ負けてねえな、確かに。


 お客様へ筍鰆鶉しゅんしゅんしゅんセットを渡した後。

 眠気覚ましに頬を叩いた秋乃は。


 しっかりしなきゃとか独り言して。


「も、もう大丈夫。しっかりレジする……、ね?」


 そう宣言したんだが。


「全然大丈夫じゃねえ。もうお客様並んでるぜ?」

「あれ!?」


 ぼーっとしてるから気付かねえんだ。

 レジカウンターの向こうに、大きなリボンが見えてるだろうが。


 慌ててフロアーに回って。

 秋乃がご挨拶したのは。


「い、いらっしゃいませ……」

「あらちんせつね。めにゅうをいただけるかちら」

「はい、こちらになります」

「お? 久しぶりだな、少女。覚えてねえか?」


 いつぞや。

 駄菓子屋で出会った女の子。


 舌っ足らずなのにおしゃまで生意気なこの子に。

 俺はかつて、十円プレゼントしてあげたんだが。


「なんぱかちら? あたち、そんなにやすいおんなじゃないのよ?」

「前にも言われたな、同じこと。今日はお使いか?」


 カウンター越しに身を乗り出して話しかける俺に。

 ふふんとふんぞり返る大きな青いリボン。


 ドレス風の白いお出掛け服と。

 実にマッチしていて微笑ましい。


「ままにたのまれたのよ? あたちならおかいものできるわよねって」

「そうか、初めてのお使いか。じゃあ、お姉ちゃんに注文しな」


 するとしゃがみ込んだ秋乃が手にしたメニューも見ずに。

 おしゃまちゃんは、自信満々にオーダーした。


「きょうからしんはつばいの、しょいしょいしょいせっとを……」

「しゅんしゅんしゅんだ」

「……あら?」

「ど、どうしたの?」

「な、なんでもないわ? そちらをひとつくださいな」


 初めてのお使いだ。

 きっと、手汗でしっとりしているであろう五百円玉。


 それを秋乃に渡すのに。

 おしゃまちゃんは、一瞬躊躇したんだが。


 レディーに聞こえたら失礼だよな。

 俺はできるだけ小声で。

 秋乃に話しかけた。


「コインが汗で濡れてるんだろ? それで躊躇したんだろ」

「ほんとだ。…………あれ?」


 おいおい。

 おしゃまちゃんに続いてお前まで。

 五百円玉見つめて首傾げてどうした。


 その五百円玉。

 なにかおかしいのか?


「まあ、いいか。飲み物をそこから一つ選びな」

「……おとなののみものは、どれだとおもう?」


 おいおい。

 そんなに背伸びしたいのか?


「抹茶だろ、期間限定だから。でも、苦いぞ?」


 俺の説明を聞いたおしゃまちゃん。

 なにやら口ごもり始めちまったんだが。


 ちょっと意地悪が過ぎたかな?


「あたちじゃ……。いいえ? なんでもないわ? それをちょうだい」

「もう一個期間限定があってな。『冷やしミルク・一号』がお薦めだぜ? 大人だって美味しい、あまーいイチゴミルクだ」

「い、いらない……」


 あれ?


 なんだろう。

 急に元気なくなっちまったな。


 俺、子供の相手下手だから。

 なにかまずいこと言っちまったのか?


 仕方が無いからそれきり余計なことは言わずに。

 おしゃまちゃんの背中にバッグを背負わせる。


 これは、子供がお買いものに来た時用のサービス袋。


 『おつかい名人さん』


 こいつも本部長が発明したんだよな。

 確かに、子供に紙袋も手提げも酷だ。


 俺は注文が出来上がるまでの間。

 改めて、凄腕本部長のことを尊敬していたんだが……。


 その直後、ダメ主任の方に。

 深々とため息をつかされることになった。


「……お前」


 秋乃は。

 わたわたしながら商品をトレーで持ってきて。


 バッグへ入れる前に。

 おしゃまちゃんに確認し始めたんだが。


 どうして間違う?


「おねえちゃん。あの……」

「ご、ご注文の品です。筍鰆鶉しゅんしゅんしゅんセットを二つ。ドリンクは冷やしときマッチャと冷やしミルク・一号でよろしかったですね?」


 そんなぼんやり店員さんの。

 間違いを指摘するのかと思っていたら。


 おしゃまちゃんは、首をひねった後。


「う、うん……。よかった、ちゃんとあってたの? ちがってなかった?」

「はい。五百円玉二枚で千円。お買い上げありがとうございました」

「そう。……じゃああたち、おかいものできたのね?」

「もちろんですよ」


 秋乃の言葉に、子供らしいだらしのない笑顔を浮かべると。

 嬉しそうに店を後にした。


「…………あれ?」


 なんだそれ。

 俺が八月の槍?


 キツネにつままれた心地で。

 秋乃を見つめると。


 こいつは、おしゃまちゃんから受け取った五百円玉をカウンターに置きながら。


 やさしい笑顔を俺に向けて。

 答えを教えてくれた。


「ご、五百円玉……。湿ってたの、片側だけだったの」

「…………あ! じゃあ、ここに入る直前までは二枚持ってたってことか?」

「うん……」


 やれやれ。

 いくら俺が指摘したとはいえ。


 そいつは大した観察力。


 それに……。


「秋乃は、八月の槍だな」

「え? ……まだぼんやりしてる?」


 悲しそうな顔されても。

 答えは教えねえよ。


 俺は、秋乃がポケットから出してきた五百円玉を受け取らずに。

 自分のポケットからお金を出してレジを打つ。



 八月は、暑くてだるくて。

 体が

 そんな季節だからな。



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