カメラ発明記念日


 ~ 三月十九日(金)

   カメラ発明記念日 ~

 ※のぼり大名くだ乞食こじき

  意味:旅の前半、派手にお金を使って、

     帰りはみすぼらしくなること。




 バイト代。

 日払いにしてもらってよかった。


 財布に、それなり入っているだけで。

 心がこんなにも豊かになる。


「私には?」


 昨日、わけのわからないことに巻き込んで。

 きす釣りなんかに出かけさせたお詫び。


「ねえ、私には?」


 財布が厚くなって。

 優しさに満ちた俺は。


 それなり高価な品を準備して。

 王子くんへ手渡した。


「ねえ…………」

「なんでお前に買わなきゃいけないんだよ! そもそもお前がお詫びするのが筋だろうが!」

「あっは! けんかしないけんかしない!」



 駅前の個人経営ハンバーガーショップ。

 ワンコ・バーガー。


 春のキャンペーン企画、第一弾。

 『百花繚乱・桜色祭り!』。


 誰のせいとは言わんが。

 お客様にコントをお見せするキャンペーンだと世間に広まってしまったせいで。


 カンナさんによる英断。



 もう終了。



「あっは! それにしても可愛い制服だね!」

「おお。それには激しく同意」

「これが今日で見納めなんて、保坂ちゃんも残念なんじゃない?」

「正直に言おう。まったくもってお察しの通りだ」


 店内で休憩中の俺と。

 お詫びの品を受け取りがてら遊びに来た王子くん。


 俺たちにじろじろ見られて。

 トレー二枚で制服を隠そうと難儀しているのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 へたに胸とかスカートの裾とか隠そうとするもんだから。


「あっは! 余計エロいよ秋乃ちゃん!」

「いてっ! エロいって言ったのは王子くんだろうが! なぜ俺を叩く!」

「そ、そうだ。こうすれば隠せる……。二人とも、トレーを顔の前に持つように……」


 秋乃はトレーを俺たちに渡して。

 視界を奪う作戦に出たわけだが。


 そんな浅知恵でどうにかできる俺たちではない。

 今回は相手が悪かったようだな。


 こうして横向きに持てば丸見えだ。



 ぱしゃっ



「おわ!? カメラ?」

「あっは! 二人して間抜けなポーズ撮られた!」

「しかし、今時カメラって。急にどうしたんだよ」

「い、家で新商品開発して……、ね? これで撮影してきた……」


 携帯で撮れば事足りるだろうに。

 そう思いながら見せてもらった秋乃の作品。


 なるほど、確かに。

 ピントをうまく調整したり。

 明るさの加減とか工夫されていて。


「すげえ綺麗に撮れてるな」

「ほ、ほんと?」

「被写体はぶっさいくだけど」


 ソースが汚らしく零れてたり。

 なにやら黒いものがバンズからはみ出てたり。


 説明を聞く前に却下したくなる作品ばかり。


 膨れてみたってダメなもんはダメ。

 俺は、フグにレンズを向けて。

 記念にパシャリ。


 …………ん?


 そうか、この手があったか。


「カ、カンナさんに見せて来るから、返して……」

「その前に。これ、どうやって撮ったのか教えてくれ」

「こっちのダイヤルを左にまわして……。そう」

「こんな感じ?」



 ぱしゃっ



「うん。そんな感じ」

「じゃあ、もっと回せば……」


 ぱしゃっ

 ぱしゃっ


「逆に回すと……」


 ぱしゃっ

 ぱしゃっ


「……分かった?」

「おお、分かった。それでな? この写真だと、間違いなく却下される。だから俺が加工してやろう。データコピーするぞ?」

「うん……」


 こら、王子くん。

 肘で突くな。


 見ろよこいつの怪訝顔。

 バレちまうだろ?


 あとで画像あげるから。

 ちょっとおとなしくしてろ。


 そんな、違法的に秋乃の制服姿をゲットして。

 内心ほくそ笑む俺に。


 ドアから店内に入って来たカンナさんが。

 怒鳴り声を叩きつける。


「こら、バカ兄貴! バカ浜と遊んでねえで客寄せして来い!」

「俺、休憩中なんだけど」

「今日はコント無しって言ったら、客がみんな帰っちまう!」

「好評だったみたいだし。やってあげれば?」

「次、あれやったらひなこが辞めるって言ってんだよ」

「そんなことになったら厨房が破たんするな」


 そうか、もしものために。

 俺もキッチンの方、覚えようかな?


 そしたら、給料あがるだろう。

 財布がさらに膨らむぜ。


「なんかアイデアねえのかよ。このままじゃ衣装代が賄えねえ」

「そんなにしたのかよ、それ」

「そりゃあな。……絞りだせよ、アイデア」

「首を絞めんな! それじゃ、なんか思いついても口から出ねえだろうが!」

「お? 思い付いたか?」

「いやまったく。いててててて! お、王子くん! なんかアイデアない?」

「あっは! 簡単じゃない!」


 そう言いながら。

 俺が手にしたカメラを指差す王子くん。


 おいおい。

 容赦ないね。



 早速俺は、店の隅にステージを作って。

 その上に。



 いけにえを置いた。



「ふえ!?」

「写真撮影、一枚千円。バーガーとドリンクとセットで」

「よしそれだ!」



 こうして、アイデア料としてタダで『デラックス・チリミート・桜バーガー』のセットを手にした王子くんが帰る頃には。


 店の外には長蛇の列。


 衣装代を稼ぎ出したカンナさんの恵比須顔が福々しく膨れるのに合わせて。


 こいつの顔も、まあ見事に膨らんだこと。


「じゃあ、上がります」


 そんなふくれっ面の手をひいて。

 店を出ようとしたところで。


 カンナさんに封筒を渡される。


「今日の分の給料だ!」

「そうだった。助かるぜ」


 今日の給料。

 五千円なり。


 これ、ほんといい仕組み。


「スッカラカンだった財布が、たった一日でまたパンパンだ」

「わはははは! お隣りさんは、ほっぺたがパンパンだがな!」


 そうだな。

 こいつになにかお詫びしないと。


 財布に、それなり入っているだけで。

 心がこんなにも豊かになる。


「よし、なにかご褒美をやろう。何が欲しい?」


 ふてくされた秋乃に。

 優しい言葉をかけてやったら。


 こいつは間髪入れずに。

 手の平を出して。


「五枚撮影したから、五千円」

「うはははははははははははは!!!」


 いつものように。

 俺を爆笑させたんだが……。


「…………え? まじで?」


 秋乃のジト目は物語る。

 こいつ、どうやら本気らしい。


 仕方が無いから、封筒を秋乃に手渡して。

 俺はレジに立ってるカンナさんに。


 足りない分を要求した。


「バーガーとドリンク、五個くれ」



 今日の給金。

 食いきれるかな?


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