春の睡眠の日
~ 三月十八日(木) 春の睡眠の日 ~
※寝耳に水
意味:不意なことにビックリ
化学、科学、物理、地学、数学、工作、工学、光学。
主に理数系と言われる分野では。
先生さえ舌を巻く。
そんな、強烈な個性を既に持っているというのに。
今度は料理を趣味にしたいと言いだしたのは。
趣味と呼べるものを決めかねている俺を。
心底悲嘆させるこいつの一言は。
俺に悶々と悩む時間を与えつつ。
それと同じ長さだけ、睡眠時間を奪い去った。
「ふわ……」
だから。
春のキャンペーン企画、第一弾。
『百花繚乱・桜色祭り!』
その、三人官女によるコスプレ爆笑コントを客席から見ながらついつい大あくび。
拍手もぞんざいになっちまう。
「お、面白くなかった……?」
「いや、すげえ面白かった。でも素直に笑えない理由が二つ」
「ふむふむ。それは?」
「一つ目は、寝不足でボーっとしてること。もうひとつは……」
「こらバカ浜! なんで毎度毎度コントに巻き込むんだ!」
「こっちは忙しいんだ! 厨房に戻るから、もう呼ぶな!」
「……俺が笑うと、明日の朝日を紫に腫れた目で拝むことになる」
そう。
この人たちは、やりたくてやってるわけじゃないからな。
巻き込み上手のボケ上手。
気付けば二人を相手にコントを始める秋乃だが。
昨日の、こけら落とし公演がwebにアップされたせいで。
今日は朝からお客様が列を作り。
開店から、たった二時間で三公演。
全てのステージで、客席から盛大な拍手をいただいていた。
今も、コントがお開きになると。
立ち見を含めた満員の客席から。
ぞろぞろとレジに行列ができる。
そんなお客様がすべてはけると。
代わりに、外に並んでいたお客様が御入店。
店内を満たした後。
誰もレジに並ばず。
無言のままに四ステージ目を要求する。
「ああ、わかった。映画館だ」
どこかで見た仕組みだなって、ずっと考えてたんだ。
それならとばかりにポップコーンを売ってみれば。
飛ぶように売れて行ったから間違いない。
しかし、誰が決めたわけでもないのに妙な仕組みが生まれたもんだ。
おそるべし、勝手に生まれたルール。
おそるべし、それを守る日本人。
「コントの間、暇だからな。先に休憩取るぜ」
「う、うん……」
頑張ってみたけど。
二時間が限界だった。
アラームをセットして。
休憩室のテーブルに右腕を投げ出して。
そいつを枕に。
おお、良い感じ。
一瞬で眠りにつき……、そう…………。
じょぼぼぼぼぼぼ
「ぎにゃああああああああああああ!!!」
先天的に備わった。
条件反射で緊急回避。
椅子から転げ落ちて、危険がもう迫っていないことを確認した俺は。
この時点でようやく。
俺の身に何が起こったのかを改めて知る。
「顔に大量の水かけてどうする気だ!」
「検証を……」
「なんの!」
「寝耳に水。……効果、絶大」
Lサイズのカップを手にした秋乃が。
先人が遺した言葉にいたく感激しているようだが。
「もっとまともな起こし方しろ! ばかやろう!」
「で、でも……。最後の手段……」
「え?」
困り顔の秋乃が指差す。
テーブルに乗ったグッズの数々。
メガホンに目覚まし時計。
フライパンにお玉。
「俺、これだけされても起きなかったの?」
目をつぶった次の瞬間に水をかけられたと思っていたんだが。
どうやら何分か眠っていたらしい。
一体どれだけ寝たのかと。
壁掛けの時計を見てみたが。
ん?
朝?
「あれ? 八時ってなんだ?」
「今、八時……」
「………………八時ぃいいい!? うわほんとだ外真っ暗!!!」
呆然自失。
俺、普段だって四、五時間しか寝ないのに。
八時間ここで寝てたの!?
「起こせよ!」
「ほぼ一時間おきにトライしたけど無理だった……。白雪姫を起こすために王子くんのキスが必要だって、西野さんに連絡もしたけど……」
「迷惑!」
「まだ一匹も釣れないって……」
「可愛そうだから今すぐそんな無茶ぶりから解放してあげて!」
今度手土産持って詫びに行こう。
もう、金ねえってのに……。
「そうだしまった。今日は給料もらえそうにねえな」
「うん。カンナさん、カンカン」
「しかし、全てがびっくりだ」
「寝耳に水……。そんなに驚くんだ」
「おお。一番驚いたのは確かにそれだがな」
「さすが先人の知恵……。実験結果に、私は大満足……、よ?」
冗談じゃねえ。
とうとう生物学にも興味持ち始めたのか?
人体実験なんてまっぴらだ。
急に体動かしたせいだろう。
首の後ろの筋が痛いが。
そんなこと口にしたら。
もっと激しい実験されそう。
俺は、何も言わずに痛むところを手で揉みながら。
休憩室から出て。
厨房の窓からレジを覗き見ると。
「……水よりもびっくりなことが起きとる」
ピンクの制服に猫耳つけた。
六本木さんがレジを打っていた。
「こら卒業生。ここに就職する気か?」
「なに言ってんのよ! 遊びに来ただけなのに、保坂君がいつまでも起きてこないから!」
「そりゃすまん。カンナさんに無理やり働かされたんだな?」
「ううん? 秋乃ちゃんに」
「秋乃が!? なんでそんなこと頼んだんだお前!」
失礼にもほどがある。
俺は秋乃をにらみつけたんだが。
こいつは腕を組んで、ふむふむと。
満足そうに頷いた。
「や、やっぱり、先人の教えはすごい……」
「なにが」
「びっくりするということが、判明」
「だから、なにが!」
いつの間にやら白衣を羽織って。
実験ノートに結果を書き込んでいた舞浜博士。
ノートをパンと閉じると。
俺にどや顔を向けながら。
実験結果について教えてくれた。
「びっくりするもの」
「おお」
「猫耳に
「ぎゃふん」
それは先人の教えじゃなく。
ただのダジャレ。
でも、あきれた俺に反して。
店内からは拍手喝采。
そして、本日最後の演目に満足したお客様は。
ぞろぞろとレジに並び始めたのだった。
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