いなりの日


 ~ 三月十七日(水) いなりの日 ~

 ※濡れ手であわ

  意味:簡単にぼろ儲け。




「二百円アップ?」

「うん……」


 テーブルに台ふきをかけながら。

 急に給金が上がったと。

 俺に教えてくれたのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 普段は帽子の中に押し込む。

 飴色のさらさらストレート髪。


 それを肩に滑らせながら。

 レジに立つ俺に困惑顔を向けていた。



 こっちは、日払いにしてもらうための条件として。

 ちょっと給金を下げられてるのに。


 秋乃ばかりずるいと。

 そう感じていたのも更衣室から出て来るまでの事。


「まあ、代償としちゃ安すぎる気もするけど、二百円分ちゃんと被れよ、ヘッドドレス」

「は、恥ずかしい……」



 駅前の個人経営ハンバーガーショップ。

 ワンコ・バーガー。


 春のキャンペーン企画、第一弾。


 『百花繚乱・桜色祭り!』と題して。

 店内も新メニューもピンク尽くし。


 もちろん。

 女子制服も特別仕様。


 ピンク色のカンナさんの萌えポイントはこちら。

 ネコの耳に、スカートで揺れる長い尻尾。


 ピンク色の雛さんの萌えポイントはこちら。

 ウサギの耳に、スカートで揺れる丸い尻尾。


「あん? なんだこっちばっか見やがって。そんなに可愛いか?」

「保坂。今度こっち向いたら桜の木の下に埋める」


 そう言われてもなあ。

 だって、フロアの方向いたら。


「みじか……」


 ついつい。

 目が行っちまうんだよ。



 一時間、たったの二百円アップ。

 そんな秋乃に比べれば。

 俺が貰えるご褒美の方が大きい。


 ピンクのスカートからこれでもかとのぞく秋乃の綺麗な足が。


 驚くことに。

 お試し期間は見放題。


「どこまで無料?」

「な、なにが……?」

「おっと、つい口が滑った。それより、被れよピンクのリス」

「わ、私、今のレベルだと厚顔無恥のパラメーターが足りない……」


 そんな気はねえんだろうが。

 なにげに先輩二人にひどいこと言った秋乃。


 そんなお姉さんを指さして。

 小さなお客さんが、お母さんへ自慢げに説明するには。


「あのね? ながいあしは、かもしかのようだっていうんだよ?」

「あら、よく知ってるわね」


 子供を褒めてあげつつも。

 恥ずかしそうにトレーで足を隠す秋乃に謝るお母さん。


 でもほんとに綺麗な足ねと。

 かもしかなんだよと。


 交互に褒められて。

 さらには店内中の視線を集めて。


 パニックを起こした秋乃は。

 顔と尻尾にアイテム装着。


 ピンク色の秋乃の萌えポイントはこちら。

 平べったいくちばしに、スカートで揺れる長いベロみたいな尻尾。


「それはカモシカじゃなくてカモノハシ」


 カモノハシのような足ってどんなだよ。

 股下、数センチしかねえだろあいつ。


 あわあわしすぎだ。

 何のコスプレしてやがる。



 そんな秋乃は、店内を笑い声で満たした後。

 楽しそうに笑いながら店を後にする親子に向けて。

 水かきのついた手袋を振ってお見送り。


 リスがNGでカモノハシならOKって。

 とんだ芸人体質だな、お前。



 ……笑いがおさまった、静かな春の昼下がり。

 お客もまばらな店内にかかる音楽は。

 いつもよりちょっぴりトーンダウン。


 そんな静かな空間に。

 平べったいゴムの音が響き渡ると。


 再び。

 堪え笑いが芽吹きだす。


「……いつの間に足ひれまでつけやがった」

「リ、リアリティーを追求……」

「ぺったぺったうるせえから脱げ。そして三番テーブルにアイスコーヒーのお代わり淹れたから、トレー持ってけ」

「はい……」



 こつん


 ばっしゃあ



「…………それも取れ」

「し、下が見えなくてすごく不便……。カモノハシさん、尊敬……」


 このコスプレキャンペーン。

 お客さんにコントを披露する期間らしい。


「しかし、そんなかっこで給料アップってなあ」

「ふ、服じゃなくて……」

「ん?」

「主任になったの」

「なんの」

「商品開発主任……」


 なんだそりゃ。

 このもの知らずに。

 なんという無茶振り。


「お前にゃ無理だろう。俺が主任になるから二百円よこせ」

「ううん……? が、頑張って考えて来た……」

「お? バカ浜ぁ、さっそく考えてきやがったってか? 見せてみろ!」


 フロアが暇なら厨房も当然暇。

 俺たちの与太話に耳を傾けていたカンナさんに。


 秋乃はほとんど時間もかけずに。

 バーガーを一つ作って差し出した。


「ん!? これ、レタスしか挟まってねえのか?」

「そ、そうじゃなくて。レタスの間に、薄切りのキツネ肉……」

「はあ!? なに言ってんだおめえ?」


 なあ、レジ前でそんなコント始めるなよ。

 そろそろお客さんが笑い疲れて苦しそう。


 文句をつけるカンナさんに。

 主任がパッケージを見せると。


 とうとう椅子から転げ落ちて笑い出したお客さんが現れた。



 ……いなりずしの皮って。


 確かに書いてあるけどさ。

 おいしそうに舌なめずりするキツネの絵。



「あ、味付き……」

「ぎゃははははは! キツネ肉、まさかの植物性蛋白質……!」

「ぷっ! ……先輩と違って知識がない分、発想がぶっ飛んでやがる」


 とうとうコントに雛さんまで混ざったから。

 俺がここに突っ立ってたら邪魔だろう。


 仕方が無いから、コーラを注いで。

 客席で観覧だ。


「まあ、味の想像は付くけどな。……ん!? これ、結構うめえぞ?」

「てりやきバーガー用のさっぱりマヨネーズを使ったのか」

「おうおう! レタスと相まって、甘じょっぱさが堪らねえ!」


 意外な評価に気を良くした開発主任。

 自分もぱくついてみたものの。

 どういうつもりか首をひねる。


「おい、主任。お前が首ひねってどうする」

「ひょ、ひょっとして、バンズじゃなくて酢飯の方が合うような……」



 どっ!



 おひねりすら投げそうなお客さんたちは。

 秋乃がボケる度に大笑いしているんだが。


 カンナさんと雛さんは。

 眉根を寄せて、主任をにらみだす。


「はっ!? も、もしかしたら、この中にご飯を詰めたら!」

「すげえなバカ浜。そこに自力でたどり着くとは恐れ入った」

「商品名はどうする気?」

「ハ、ハンバーガーの常識を覆す品だから……」


 そしてこの芸人さんは。

 二百円分のコントに。


 見事なオチを付けて。

 お客さんから盛大な拍手をいただいた。



「言いなりにならない寿司」



 おあとがよろしいようで。

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