財務の日


 ~ 三月十六日(火) 財務の日 ~

 ※憎まれっ子世にはばかる

  意味:舞浜軍団のこと。




 明日から自宅学習期間。

 でも、春休み開始はまだまだ先。


 結果。

 金が無いのにバイトが出来ない。


「くそう。大手を振ってバイトできるのは登校日だけとは……」


 俺には課題が二つほどあって。

 そのうち一つが。

 旅行の行き先を決めること。


 そしてもう一つは。

 この独白を聞いての通り。



 金がない。



 後者は自分で何とかするしかないから。

 せめて前者について手を貸して欲しいんだが……。


「なあ、手伝ってくれってお願いしただろ?」


 行き先について。

 参加予定者の意見を取りまとめておくようお願いしておいたんだが。


 そんな簡単な仕事もせず。

 実に複雑そうな基盤にはんだごてを向けるこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 飴色のさらさらストレート髪をなびかせながら俺に振り返ると。


 とってつけたように。

 慌ててノートをちぎって。


 皆から行き先の希望を募っ……、いや、そうじゃなく。


「中身も確認せずに全弾スルーって。お前はゴミカバーつけ忘れた掃除機か?」

「ど、どうやったらいいの……?」

「こういうのは、書いてある内容から各自の意図を汲みつつ、最大公約数的な場所を選んだっていう方便を振りかざしながら自分の行きたい場所をねじ込むもんだ」


 俺の指摘に、苦笑いで振り向く旅行参加者の面々。

 そんな連中が、秋乃の返事を聞いて。

 目じりと唇の端がくっつくほど幸せそうな顔になる。


「わ、私が行きたい場所……。これ、全部……」



 やれやれ。


 ほんとはわがまま。

 好奇心の塊。


 そんな秋乃は。

 我慢が上手。


 みんなの笑顔のためならば。

 自分の気持ちは後回し。


 どうしてそこまで相反する性格を。

 一つの体に押し込んじまったんだよ。


「……俺は、みんなの意見を取りまとめろって言ったんだ」

「うん。あとで、甲斐君の希望も聞いておく……、ね?」

「そうじゃねえ。お前がホントに行きたい場所も書いて出せって言ってるんだ」


 全員の気持ちの代弁。

 恥ずかしい思いして、ちょっと頑張ってやったのに。


 ひゅーひゅーうるせえぞギャラリーの四人。

 お前ら、凜々花が練習中のピアニカか。


 あいつ、いつホースの穴に気付くんだろう。

 おかげで『ソ』の音しか聞こえねえ。


「みんなの意見……、だから?」

「そう。お前の行きたい場所、書け」

「じゃあ……、はい」


 秋乃は。

 にっこりしながら手のひらを差し出してきたんだが。


 え?

 この仕草。

 どっちにとらえればいいの?


 普通の解釈。

 みんなの意見なんだから、俺の意見も出してくれ。


 自分に都合のいい解釈。

 俺が行きたいところが、秋乃の行きたいところって意味。


 いや、落ち着くんだ俺。

 どっちにしたって結果は同じ。


 だったら、秋乃が喜びそうな行き先を一瞬の間に必死に考えて。


 ノートをちぎって慌てて書き込んでみれば。


「い、意見を取りまとめたから、バイト代……」

「ふざけんな」

「「「わははははははははははは!!!」」」


 ……いつもなら。

 俺が笑うところなんだろうけど。


 みんなにやさしくしといて俺にはこの仕打ち。

 さすがにムッと黙り込む。


 そんな俺とは対照的に。

 はた迷惑な五人組。


 誰が呼んだか舞浜軍団。

 一同揃って大爆笑。


「こら、うるさいぞ! 保坂軍団の六人!」

「おおいまてこら! 俺は例えドラフト一位指名されても入団を拒否する!」

「だまれ最古参。大笑いしていた罰だ。メンバーを率いて廊下へ行け」


 なんてことだ。

 しかも旗印にされるとは心外極まりない。


「くそう。俺は笑ってねえのに……」

「文句は聞かん。きさまの不快な笑い声を聞き分けられん俺ではない」


 全員、ぞろぞろ廊下へ向かおうとしていたところ。


 先生の発言を聞いて。

 昨日と同様。


 秋乃が、ぴたっと足を止める。


「……どうした舞浜。とっとと廊下へ行け」

「た、立哉君は、笑ってない……」

「なんだと?」

「え、えん罪……」


 おいおい。

 一応あれでも教師だ。


 指差しちゃまずいだろう。


 ざわつく教室内で。

 石頭は顔を真っ赤にさせて秋乃をにらみつけていたんだが。


 野太いため息を吐くと。

 よく言ってくれたと秋乃を褒めてから。


「疑って悪かった。保坂は戻って良し。罰として、俺がお前の代わりに廊下へ行こう」


 なんとも。

 信じがたいほど素直なことを言い出した。


 だから、俺も素直に。

 先生を称賛することにした。


「すげえ。石頭がデレると滅茶苦茶気持ち悪い」

「貴様は両足を首に引っ掛けたまま尻で立ってろ」



 ……くそう。

 褒めてやったのに。


 俺は、舞浜軍団が笑いをこらえて見つめる中。

 できるはずのない姿勢にいつまでもトライしていたんだが。


 秋乃が、急にしゃがみ込んで。

 俺の目を見つめると。


 優しい笑顔と共に。

 右手を差し出した。


「バイト代……」

「払わねえよふざけんな! 俺だって金はねえ!」


 一瞬でも何かに期待した俺がバカだった!


 秋乃がびくっと固まるほどの声をあげたら。


 一番向こう端から。

 先生が話しかけて来た。


「……なんだ、保坂。金を稼ぎたいならアルバイトをすればよかろう」

「自宅学習期間が長いから稼げねえんだよ!」

「何を言っているんだ? バイトは社会勉強。学習としっかり両立させていれば自宅学習期間にやっても構わん」

「え? そうなの? でも全校集会で教頭が……」

「と、俺は考えている。だから、バレるなよ?」

「……おお」


 どうしちまったんだろう。

 昨日と今日と。

 一緒に廊下に立って。


 親近感でも湧いたのか?


 でも、そんなこたどうでもいい。

 バレたらこいつに責任を被ってもらうとして。


 明日から、目一杯働けば。

 かなり稼げるに違いない。


 廊下に座り込んだまま。

 スケジュールと金勘定を始めた俺の隣で。


 秋乃は姿勢を正して。

 先生にお辞儀をする。



 ……なんだよ。

 そんなことされたら。

 俺も習わなきゃいけねえじゃねえか。



 しょうがないから立ち上がって。

 下げたくもない頭を下げると。


 どうしてだろう。


 心が軽くなったような気がした。



 ――変化とは。

 その、一番の要因は。


 友達からの影響か。

 それとも、恋か。


 一体。

 どっちなんだろう。



 でも、はっきりと言えるのは。

 俺は今後、自分に都合のいい道を、体を張って切り開いてくれた人に。


 心から感謝することだろう。



 だって、その行為は。


 こんなにも清々しい。



「……あ、あの。先生……?」

「なんだ舞浜」

「そ、そんなに親切にしてくれるということは……、やっぱり……」


 秋乃は、一瞬言いよどむと。

 かぶりを振ってから。


 意を決したように。

 先生に問いただした。


「や、やっぱり一緒に旅行に行きたい……、の?」

「わはははははははははははは!!!」


 この、先生の大笑いは。

 職員室にも届いたせいで。


 教頭から。

 大目玉を食らったらしい。


 そんな顛末を話しながらの帰り道。

 秋乃は、楽しそうにくるっと一回りすると。


 前かがみの姿勢で俺を見上げながら。

 ニコニコ顔と共に、こう言った。


「ほ、保坂軍団に新メンバー加入……」

「うはははははははははははは!!!」



 おお、それは楽しそうだな。

 もし万が一、そうなったら。



 ……俺は脱退させてもらう。


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