秋乃は立哉を笑わせたい 第11笑

如月 仁成

靴の日


 アイデンティティー。


 社会に出ると、こだわりのある主義や主張を表す言葉になる事が多いと聞くが。


 学生の間は、これを表現するにあたって趣味や部活が引き合いに出されがちだ。


 つまり。

 お調子者とか。

 面白いとか。


 日によって結構変わりがちな特徴より。


 バスケ部の、とか。

 ITに詳しい、とか。

 より普遍性の高い言葉が良く使われる。


 これは、自己形勢途中の繊細な時期である俺たちが、お互いに相手を傷つけないようにする配慮から来るものなんだが。


 それでも、好まざるのにそうなったやつもいるわけで、これがなかなか難しい。


 とは言え。


 ありとあらゆることを体験し。

 自他ともに認めるアイデンティティーを獲得するための高校三年間。


 既に姓名につけるべき枕詞を見出した奴らもちらほら見かける中。


 俺は、果たして。

 俺自身というものを。


 いつになったら見つけ出すことができるのだろうか。



 ……いや。


 そんなこと無いぞと。

 お前は立派な個性を持っているぞと。


 今、口にした全員に告ぐ。



 は当人が認めてねえから却下だ。





 秋乃は立哉を笑わせたい 第11笑


 =気になるあの子と、

  趣味を探してみよう!=



 ~ 三月十五日(月) 靴の日 ~

 ※ないばらを立つ

  意味:大したことないことに怒る。




 三月。

 高校生にとって、ほとんど休みになる中途半端な月。


 すでに春休みのような生活をする奴も多く。

 授業も、もはや消化試合のごとき様相。


 そんな中。

 こいつだけは聞くべき授業を提供してくれる。


「難しいと感じる者がいて当然。これは昨年の大学受験で出題されたものだからな。だが、リサーチした大学のおよそ三分の一で同様の問題が出ていることから傾向的に……」


 登校する意味があるのかと首をひねっていた俺の。

 横面をはたくような、身になる授業。


 そんな貴重な講義が聞ける。

 大事な登校日だってのに。


「どうしてそこまで不機嫌なんだ?」


 黒板に書かれた高難度の問題について。

 近隣の者との相談を許可した先生が。


 自習の見張り席。

 窓際のパイプ椅子を軋ませたから。


 途端にクラスが騒めきだす。


 そんな中。

 俺がきけ子に声をかけたのは。


 当然。


 仲のいい大切な相手を。

 泣きそうな顔で見つめ続ける。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 こいつのせい。


 飴色のさらさらストレート髪を床に這わせるほど身を乗り出して。


 きけ子の顔色うかがいっ放しだった秋乃が。


 机の下で。

 俺に向けて、親指突き立ててるけど。


 ……グッジョブなら、上な。


 わたわたしてたからって。

 それじゃゴートゥーヘル。


「昨日、ホワイトデーのお返し貰ったのよん!」

「ほう。それが気に入らなかったと?」

「そういうんじゃないけど、何て言うか……」

「何て言うか?」

「気に入らなかったの!」

「聞けよ人の話」

「靴が欲しいって頼んでたのに……」

「違うものだったわけだ」

「そう! 優太、靴なんか渡してきたの!」

「聞けよ自分の話」


 相変わらずだなこの異次元殺法女め。

 ようやく肩まで伸びてきたくせっ毛、ブンブン振りながら騒ぐな。


「これから旅行とかシーズンだからさ、スニーカーとか欲しかったのに! 付き合ってる相手のことちゃんと見て、楽しませるのが男の甲斐性じゃない!?」

「ああ、なるほどな。おしゃれ靴だったわけか」

「楽しませる……。そう……、よね?」


 荒ぶるきけ子の止まらない文句を聞きながら。

 秋乃がなにやら考えこむ。


 しまった。


 俺のお返し。

 靴どころか。

 スープ一杯ご馳走してやっただけ。


 でも、オプション付けるのもムリだったんだ。

 凜々花と春姫ちゃんに奮発しちまったからな。

 財布がスッカラカン。


 そうだ、お袋にも。

 御礼言ってなかったっけ。


 俺は、今のうちに送っておこうと。

 こっそり携帯の電源を入れたんだが。


「おわっ!?」


 するっと飛び込むメッセージ。


 一つはお袋から。

 『とっとと旅行の行き先決めなさい!』


 もう一つは、甲斐から。

 『怒ってるやつをなだめるには旅行を勧めると良い』


「どっちも自分でやれ!」


 小さなことなのに。

 妙にイラついて文句を言ったら。


「旅行?」


 目ざとく携帯を覗き込んでたきけ子が。

 さっきまでの剣幕はどこへやら。

 噛みつかんばかりに顔を寄せて来た。


「ああ、家族旅行。春休み、出かける場所が決まってなくて……」

「あたしも行く! 舞浜ちゃんも行こ!」

「ふえっ!?」

「なに言ってんのお前!?」


 訳の分からねえこと言い出したきけ子が。

 わたわたする秋乃の手を取ってはしゃぎ始めると。


「あっは! じゃあ、みんなで行こうか!」

「なるほど。いいな」

「うそだろ!?」


 姫くんと王子くんまで乗ってきて。


「じゃあ~。場所決めないとな~」


 しれっと。


「こら! 騒がしいぞ貴様ら!」


 参加者が増えること増えること……?


「お前は来るな!」

「どういう意味だ?」


 岩みてえな顔で怒ってんじゃねえ。

 てめえ連れてくわけねえだろうが。


「自習と休み時間の区別もつかんのか。全員廊下に……」

「小さなことにそこまで目くじら立てんな、ちゃんと静かにさせるから。あとお前は連れてかねえ」

「さっきから何を言っとるんだ。……まあいい。では、お前らの中であと一人でも俺を怒らせたら連帯責任……?」


 そこまで口にした先生が。

 きけ子と秋乃の靴を見て、プルプルと震えだす。


「貴様ら! 下履きで校舎にはいるとは何事か!」

「これ? ここでおろしたてだから今日だけ上履きなのよん!」

「わ、私も、お父様から頂いた靴を履きたくて……」

「全員で立っとれ!」


 秋乃のは知ってたけど。

 きけ子も履いてたのね。


 それでも甲斐に文句を言う複雑乙女心にため息をつきつつ。

 廊下へ向かおうとしたら。


 秋乃が、足をぴたっと止めた。


「せ、先生も、ピカピカな革靴……」

「ん? これは娘から貰ってな」

「下履き……」

「うぐ。こ、校舎へ入る時におろしたものであってだな……」

「じゃあ……。先生も、立っとれ」

「うはははははははははははは!!!」



 こうして。

 怒りに震えた先生と。

 いつもの六人で。


 一緒に廊下に立っていると。

 秋乃が、くいくいと袖を引く。


「……なに」

「お、怒ってる人をなだめるには、旅行を勧めると良い……、の?」

「お前も覗いてたのか。甲斐がそう言ってたが」

「じゃあ……。先生も、来る?」

「うはははははははははははは!!!」


 こうして、旅行の参加メンバーは。

 もともと言われてた舞浜家以外に。


 パラガスときけ子。

 王子くんに姫くん。

 それに甲斐と。


 さらに……。


「ぜってえ来るな」

「だから何の話だ!」


 いや、さすがにそれはねえ。



 ……と、信じたい。

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