第53話 職業訓練
「職業訓練ですか?」
「そう、天月はまだ受刑生活が始まったばかりだからさ、職業訓練を受けにいくのもありなんじゃないか?」
工場での昼休憩時間、私の指導係である仲根さんが話しかけてきた。
食堂の掲示板に貼られていた職業訓練というものに興味はあったのだが、仲根さんに話かけられるまでは、まさか自分が職業訓練を受けに行こう等とは考えてもいなかった。
「でも、私は性犯罪者の更生プログラムを受けなくてはならないので、この工場からでる事は出来ないのではないんですか?」
私が収監されているこのK少年刑務所では、性犯罪者は更生プログラムを受ける為に第一工場か第三工業に配役される事になっている。
しかし、今回の職業訓練が行われるのは第六工場なのだ。
「あぁ、大丈夫だよ。天月は工場に配役されたばかりだから、教育が始まるまではまだ時間がある。職業訓練は半年だから、全然受けに行けるよ。今回の応募で合格して第六工場に行けたらさ、そのまま、訓練を受け続けて教育が始まるまで六工場で受刑し続ける事も出来るし、なんといっても訓練を受けたら累進のポイントが付くから早く2類になる事も出来る」
「そうなんですね」
刑務所では第1種から第4種までの制限区分と1類から5類までの累進処遇という物がある。
制限区分も累進処遇もどちらも数字が若くなればなる程に受刑生活の自由度が上がるのであるが、累進処遇の方はポイント制で日々の生活態度や資格取得等様々な評価基準があるのだが、自分の努力次第で類を上げる事が出来る。
受刑生活が始まった当初は全員5類。
アカ落ち(受刑者となった日)してから6ヶ月間無事故(懲罰等を受けない事)で過ごせば自動的に3類に上がる事が出来るが、その上の2類と1類に上がるには普通に生活しているだけでは難しく、刑務作業を頑張って立役になったり刑務所で受験出来る各種の資格を取得したり、職業訓練を受けに行ったり(訓練によっては規制解除の都合上、訓練を受けた時点で1種1類になれるものもある)しなければ基本的に3類以上に上がる事はない。
「
「仲根さん、経済産業省でしたっけ?俺の省って凄いワードですね」
「まぁ、とにかくさ、立花さんも1類になってこの工場に来た訳だし、天月も訓練受けて2類になってこの工場に帰って来たらいいんじゃないか?その頃には俺も立役になって1類になっておくからさ、天月も立役として活躍してくれたらいいんじゃないかと個人的には思うけど、まぁ、お前の人生だから、最終的には自分で決めなよ」
「第六工場ですか、職業訓練興味はありますけど、9月からだから、10月の体育際には一工場として出場は出来ないって事ですよね」
「まぁ、そうなるな」
「わかりました。アドバイスありがとうございます。検討してみます」
「うん。受刑生活は変わり映えの無い日々だから、変化と少しでも自分の成長に繋がる様な環境へ身を置いてみるのはありだと思うよ。まぁ、何かあったら気軽に相談してきなよ」
じゃあなと言うと仲根さんは将棋盤置き場へ向かって歩き出した。
今日まで私の受刑生活の選択肢の中に存在しなかった職業訓練。
しかし、受刑生活の中で自分から環境を変えられるチャンス等そう無いはずである。
第一工場で一緒に過ごした仲間達と体育際に出たいという気持ちはある。
だけれど未知の世界に飛び出してみたいという気持ちがあるのもまた事実。
まさか、刑務所で自らの環境を自分で選び取る事が出来る等とは思ってもみなかった。
誰もが受けられる訳じゃない。
ただでさえ、犯罪を犯して人に迷惑をかけた犯罪者なのだ。
国民の税金を使って3食の食事付で雨風をしのげる建物に暮らしているというだけでもおこがましいというのに、働きもせずに国民のお金を使って勉強をして資格まで取得する等もってのほかだと言われても何も言い返せない。
だけれど、私は決めたのだ。
自分に都合のいい解釈かもしれないけれど、この刑務所で出会った少年達の熱にあてられて、私の心も命を燃やしたいと叫んでいるのだ。
チャンスがあるならば挑戦したい。
諦めるのは簡単だ。
自分の人生を捨てるのも簡単だ。
でもそれでは何も変わらない。
受刑する意味すらない。
だから私は挑戦したい。
職業訓練という未知の世界へ足を踏み入れたい。
今、私はたまらなくワクワクしている。
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