第50話 小倉あずきアイスクリームパン

『本当にやらないとダメですか?坂田さん』

私の部屋の4番手である石田 裕二が部屋の2番手の坂田さんへ不満を含んだ様な声音で問いかける。


『当たり前だろう、俺はお前の為に言ってるんだぜ?人生に悔いは残したくないだろう?ならやるべきだ』

坂田さんの言葉に、裕二はまだ納得いかないという表情を浮かべている。


『おい、ふてってんのかよ?ユウジ。ねぇツッキーはもちろんやるよねぇ?』

そう言いながら、坂田さんは裕二に向けていた目を私に向ける。


『ハイ、私は坂田さんの混ぜ飯の知識を心から信頼してるんで』

お世辞でもなんでもなく、これは私の本音、坂田さんは私にとって、ただの同房の先輩というだけの存在ではない。


坂田さんは私の混ぜ飯の師匠。混ぜ飯の神様なのだ。


刑務所に入ったのに混ぜ飯をしないなんてありえない。


だって、娑婆で白米にコーヒーゼリーをかけて食べる事があるか?


娑婆で白米に納豆と高菜と牛乳を混ぜて食べる事があるか?


刑務所でしか味わえない混ぜ飯。


いや、厳密に言えば刑務所だからこそ美味しく感じる混ぜ飯。


きっと娑婆で再現しようとした暁には失望する事必死なのだろうと思うから。


だから、今なんだ。


刑務所で受刑者をやっている今しかないんだ。


小倉あずきアイスクリームパン。


もしかしたら、娑婆の原宿辺りでは、コレの上位互換のスイーツが販売されているかもしれない。


でも、そんな事は関係ない。


今、ここは刑務所で、私の前には、コッペパンと小倉あずきとアイスクリームがある。


そして、信頼する先輩が、コッペパンにアイスクリームと小倉あずきを挟んで食べると美味いんだとよだれを垂らしながら嬉しそうに教えてくれる。


ならば私の選ぶ選択しはただ一つ。


小倉あずきアイスクリームパンを作る。


あぁ、デザートが楽しみで、メインディッシュのビーフンを食べた記憶が無い。


いつもなら、ビーフンが私に舌鼓したつづみを打たせるのだが、今日はあくまで脇役、いやモブ。


食事は全て片付けた。


さぁ、いざっ。混ぜ飯だ。


『はぁ~っ。アイスクリーム、普通に食べたい』

アイスクリームに未練たらたらの裕二が文句を言いながら小倉あずきアイスクリームパンを作る。


『お前、まだそんな事言ってるのかよ?いいから、さっさと作って口に放り込めよ、飛ぶぜ?』

そういうと、いち早く小倉あずきアイスクリームパンを作り終えた坂田さんがそれにかぶりつく。


『うんめぇ~。これこれこれぇ~。これだよぉ~。いいねぇ~』


『おい、坂田。静かにしろ』

坂田さんの上げる歓声のあまりの大きさに工場での昼食を監視している助勤のオヤジ(補助の刑務官)が坂田さんを注意する。


『すんません。あまりに美味かったもんで…、気を付けます』


『ちょっと坂田さん、何やってんスか?今日、部屋で浅野さんに報連相ほうれんそうですね』

やれやれとあきれ顔の裕二はどうやら小倉あずきアイスクリームパンを完成させた様だ。


『報連相は大丈夫だろう』

コッペパンを頬張りながら不適な笑みを浮かべる坂田さん。


『えっ?どういう事ですか?』

小倉あずきアイスクリームパンを手にしたまま呆けた表情を浮かべる裕二。


『まぁもう少しすればわかるよ。いいからお前は速くパン食っちまえ、アイス溶けるぞ』


その時だった。


『うめぇ~』

『これこれぇ~』

『生きててよかったぁ~』


部屋中から響き渡る歓喜の雄叫び。


『お前ら、静かにしろ』

声を荒げる助勤のオヤジ。


『いいよ、好きにさせてやれ。今日はアイスクリームなんだ。』

1工場のオヤジ(工場担当の刑務官)が助勤のオヤジをなだめる。


『坂田さん。なんスかコレェ?めっちゃ美味いじゃないですかぁ?』

パンを頬張りながら喜びの声を上げる裕二。


『だから言っただろう?人生に悔いを残したくなかったら受刑中は混ぜ飯に挑戦し続けるのが一番いいんだ』

へへんと鼻をこする坂田さんは何だかとっても嬉しそうだ。


『これ美味しい。』


『なんだよ、ツッキー。リアクション薄いなぁ、そういう時はもっとこう、うめぇ~って感じでさぁ、喜びを表現した方が美味しさもひとしおじゃない?』


『これ…美味しい。』


『まぁ、美味いんならいっか。表現の方法は人それぞれだからな』


その日の工場の食堂は喜びで溢れていた。


混ぜ飯って本当に素敵だなぁ。


心から…、ごちそうさまでした。

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