第49話 アイスクリーム

アイスクリームを目にするのはいつぶりだろうか。


ある朝、突如として自宅に現れた警察によって警察署へ連れていかれてから、

もう、1年は経つのではないだろうか?


娑婆から引き剥がされて以来、アイスクリーム等みていない。


まさか、刑務所でアイスクリームが拝めるなんて、思いもしなかった。


そして、アイスクリーム一つで、むさくるしい坊主頭の男達がこんなに興奮するなんて。


娑婆とは違って、刑務所では幸せをなんと簡単に作り出せる事だろう。


坊主頭の男達が笑顔になった所で世界平和が平和になる訳ではないけれど。


こういう小さな幸せが積み重なって世界平和が成るのならば、この坊主頭達の満面の笑みにも少しは意味が出来るのではないだろうか?


なぜだろう?


私も含めて、ここにいる坊主頭達の殆どは、娑婆にいた頃には、アイスクリーム一つでこんなにも笑顔になる事は無かったはずだ。


一部のアイスクリームガチ勢を除いては、喜びに胸を躍らせながらアイスクリームを食べる瞬間を今か今かと待ち侘びるなんて事は無かったはずだ。


ただ場所が変わっただけで、環境が変わっただけで、人間の心の動きはこんなにも変わるものなのか。


刑務所なんて入りたくないと、殆どの人間が考えるのだろうが、刑務所の方が娑婆よりよっぽど簡単に幸せを手に入れる事が出来る。


何も無い、無味乾燥とした日々の繰り返しが、幸せのハードルを下げるのだ。


だから、いい年をした坊主頭の男達は、たかだか100円のアイスクリームで幸せを感じる事ができるのだ。


アイスクリーム一つで狂喜乱舞する男達。


しかし、彼らの一番の望みは、もちろん食事で出されるアイスクリームを食べる事等ではなく、1日でも早く刑期を終えて娑婆に出る事なのである。


娑婆に出て、自分の好きな時に、好きなだけアイスクリームが食べたいと思うのである。


どうしてだ?


好きな時に好きなだけ食べれるアイスクリームでは、おそらく、これほどの喜びを生み出す事は出来ないのに。


物で溢れた娑婆では、幸せを感じるなんて殆ど無理ゲーであるという事を、この刑務所で学んだというのに。


なぜ娑婆を求めるのだろう。


物と欲に塗れた汚れた世界。


この世界の中で圧倒的醜さを誇る人間という猿が支配する腐れた世界。


なぜそんな所に戻りたいのか。


自由が欲しい?愛する人に会いたい?


何を言っているのだろう。


自由も愛も自分の中にしか無いというのに。


嫌でも他人というものを気にしながら生きなければならない娑婆という世界に、自由も愛もある訳がない。


自由は自分の心が作るものだし、愛だって愛した人が生み出すのではなく、自分の脳みそが作り上げるものだから。


現実の恋人や家族よりも、思い出の中の恋人や家族の方がよっぽど強い愛をくれるぜ?


娑婆の恋人や家族なんかよりも刑務所の中のアイスクリームの方がよっぽど大きな幸せを感じさせてくれるぜ?


天下なんて統一しなくていい、力も富も名声も何もいらない。


ただ、アイスクリーム一つで幸せになれるというのに。


なぜわざわざ娑婆なんていうくだらない腐れた世界に戻りたいんだ?


どうかしている。


娑婆に戻ったりなんかしたら、また狂ってしまうだけだ。


別に犯罪を正当化する訳ではないが、娑婆と刑務所を見比べたなら、刑務所の方がよっぽど正常な世界だと思う。


魑魅魍魎の蔓延はびこる娑婆のどこに魅力を感じるのだろう?


イカれた世界でいびつなダンスを踊るのがそんなに楽しいのか?


踏みつぶされる事が大好きなマゾヒストなのか?


もう娑婆なんかは忘れたらいいのではないか?


それとも、腐れた娑婆を創り直そうという志の下に、虎視眈々こしたんたんと出所の日を待ちわびているのか?


どちらにせよ、今日の昼食のデザートはアイスクリーム。


アイスクリームは坊主頭の男達を幸せにする。


その事実は変わらない。


娑婆という歪な社会をいつか正常な形に創り変える事も可能なのではないかと勘違いさせる程の高揚感を感じる坊主頭の男達は皆一様に笑顔を浮かべている。


アイスクリーム万歳。


あぁ本当に、刑務所という世界は新しい学びに溢れている。

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