第47話 熱い夏の幕開け。
「さぁ~めぇ~(作業止めの意味)」
工場にオヤジ《刑務官》の号令が響き渡る。
「どうっ(運動の意味)」
オヤジの号令に合わせて、受刑者達が運動の準備を始める。
今日の運動は水泳。
運動制限(持病等の関係で運動を制限されている受刑者)意外の受刑者はラックに掛けられた水着を手にとり次席へ戻ると下着と履き替えて再度受刑服のズボンをはく。
受刑者達は水泳が楽しみ興奮した心を何とか抑えて無表情で整列する。
ここで興奮を露わにしようものなら懲罰審査会にかけれて懲罰房行になる事必死、せっかくの水泳を楽しむ事なく夏が終わってしまう可能性もある。
刑務所とは興奮した時に喜びを表現する事も出来ない。
好きな時に歌う事も出来ない。
犯罪者なのだから、そんなのは当たり前ではないか。むしろ楽しみがある方がどうかしている。
犯罪とは無縁で、一生涯を娑婆で送る人々はそう感じるのも無理はない。
だが、この世界に生まれながらの悪など存在するのだろうか?
過酷な環境によってこの時代の悪にカテゴライズされる犯罪に手を染めざるを得なかった弱者や精神疾患の者もいるのではないか?
周りの人間の影響でこの時代に善とカテゴライズされる倫理や道徳を学べずに悪気なく犯罪行為に手を染めてしまった者もいるのではないか?
悪とは何か?
そして、彼らが悪だとして、全ての娯楽を取り上げて人権を制限された挙句に刑期を終えて社会に放出されたとしたなら、彼らはまた犯罪を繰り返すのではないか?
とにもかくにも受刑者も人間。
むしろ娑婆で家畜の様に暮らし必死で人間の振りをしているチンパンジーよりもよっぽど本気で今を生きている人間なのだと、自分が受刑者であるという
とにもかくにも、水泳は大多数の受刑者達にとっては夏の一番の楽しみなのである。
プールについて準備運動を終えると、受刑者たちは階段を使ってプールへ入る。
刑務官達の管理上の都合もあるのだろうが、昔に事故があったとかなんとかで、飛び込みは禁止されているのだ。
そんな訳で、プールに入ると半分は競泳とは関係のないプール遊びグループ。
もう半分は水泳大会のメンバー入りを目指す競泳グループ。
私はもちろん競泳グループ。
私の部屋からは部屋責任者の浅野さん、2番手の坂田さん、そして4番手の石田裕二が競泳グループに参加している。
そして、3番手の関根さんは水着には着替えているものの、プールサイドでK少年刑務所の伝説立花さんと共に筋トレに励んでいる。
「アレッ?立花さんは競泳チームじゃないんですか?」
「あぁ、立花さんは陸では化け物だけどカナヅチって話だ。海パンで筋トレしてるって事はどうやら本当らしいな」
私の問いに坂田さんが答える。
「という訳で、俺はビート版選手目指すから、ツッキーと裕二もリレーメンバー選ばれる様に頑張れよ‼」
グッと親指を立てる坂田さんに、
「いつもヘラヘラしてるのに、坂田さんってたまに熱いスイッチ入りますよね?」
やれやれという様に裕二が答える。
「何いってんだよ‼命ってのは燃やし尽くす為にあるんだろ?生きたくても生きられなかった人も生きたいと願いながら死んでいく人もいるんだ。特に夏は、そんな思いを感じないか?」
「まぁ…。そうですね。天下統一して太平の世を作る為に戦で果てた人とか、この国の為に命を懸けて果てていった若者は沢山いますもんね」
ゴーグルをつけた裕二の心は読めないが、声音からして何か思う所がある様だ。
それにしても…やっぱりだ。
ここの連中は今を本気で生きている。
命の重みを知っている。
取り戻せない過去の過ちを知っている。
今の大切さを知っている。
だから、今、この瞬間に全力を出し尽くすのだろう。
未来など知らぬ存ぜぬで、ペース配分なんか考えず今ここで全力を出し尽くす。
全てを出し尽くしたら限界の一歩先へ足を踏み出す。
こんな世界があったなんて私は知らなかった。
犯罪者の私がこんな言葉を吐く事が許される理由などあろうはずもないが、それでも私は心から思うのだ。
刑務所に収監されて良かったと。
ここで本気で生きる者達と切磋琢磨しながら命を燃やし尽くしたいと。
そして、あわよくば…もう一度、人間になりたいと。
血沸き肉躍る刑務所の夏。
あぁ、私は、どうしようもなく今を生きている。
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